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干支盃  作者: 深月咲楽
9/20

第9章

(1)


 アパートの管理人に鍵を貸してもらい、私達は和田の部屋のドアを開けた。

 広島の両親によって部屋は引き払われた後で、中は空っぽの状態だった。家具が無くなった部屋は、思ったよりも狭く感じる。

「事件のお陰で、この部屋の借り手が見つからなくてねえ」

 一緒に部屋に入ってきた管理人がぼやく。

「終わったら、管理人室まで鍵を戻して下さい」

 そう言って泰三に鍵を手渡すと、管理人は出て行った。

「殺人があった部屋なんて、滅多に借りる人はいてへんやろうなあ」

 泰三が、鍵を見つめながらつぶやいた。私達も頷く。

「さて、何も無くなってしまっていて雰囲気も違うでしょうけど、和田さんの倒れてはった所とか、思い出せますか?」

 保が弁護士の顔に戻る。私は頷いた。

「大体の位置やったら、見当はつくけど……。この奥にある部屋で倒れてはったんよ」

 この間とは対照的にゴミ一つない台所を通り、奥の部屋へと進む。後ろを2人が付いてきた。

「布団の上に、うつ伏せの状態で倒れてはったんですね?」

 保が手帳を広げながら尋ねた。警察で仕入れた情報が書き込まれているのだろう。

「そう。布団は多分、この辺やったと思うねんけど」

 私は、和田の倒れていた辺りを指差して言った。

「掛け布団は掛けられてへんかったんやな?」

 泰三に確認され、頷いた。

「うん。たしか、掛け布団は敷き布団の上に広げられてて、その上に和田君が寝転がってたはずやわ」

「布団のどの辺に遺体はありましたか?」

「どの辺って?」

 保の質問の意味がわからず、私は聞き返した。

「体の上半身だけが布団に載っていたとか、手だけが布団から出ていたとか」

 私は目を閉じて、あの時の状況を思い出そうと努力した。

「体はほとんど布団の上に載ってたように思うけど……。あ、足首の辺りだけ、布団から出てたかなあ」

 私の答えに、保は少し考え込んでいたが、やがて口を開いた。

「僕が和田さんの役をやりますから、泰三さん、犯人の役、お願いできますか?」

「わかった」

 泰三が頷いて外に出ていく。私はその様子を、部屋の中から見守っていた。


(2)


 泰三がドアをノックし、保がドアを開ける。泰三が中に入ると、保が先に立つ形で部屋に入ってきた。そして、保が部屋に足を踏み入れたとたん、泰三は後ろから保の首を絞めるふりをした。

「そして、敷いてあった布団の上にうつ伏せに倒れ込んだ」

 泰三が説明を付け加える。

「布団の手前でいきなり首を絞められたとしたら、足首だけ布団から出た状態で倒れ込むことは可能やな」

「和田さんが殺された時の状況は、こんな感じなんやろね」

 私は頷いた。しかし、保はなぜか顎に手を当てたまま、考え込んでいる。

「何かおかしなことでもあるん?」

 私が訪ねると、保は私の方を見た。

「和田さん、身長は何センチくらいありましたか?」

「そうやねえ、保君より少し高いくらいかなあ」

 私は、保を見ながら答えた。

「それやったら、180くらいはあったんかなあ。僕が177センチありますんで」

「かなりでかいなあ」

 170そこそこの泰三が、感心したように言う。

「それが何か関係あるの?」

「ええ」

 私の質問に、保は頷いた。

「和田さんの首に付いていたネクタイの痕から見て、かなり上から締め上げられたらしいって話なんですよ」

「180の人間を上から締め上げれる奴なんて、2メートル越すくらいの背がないとあかんのちゃうか?」

 泰三が腕を組んだ。

「もしくは、座っているところを絞められたかどちらかね」

 私が付け加える。

「お客さんが来たとして、座る場所はありましたか?」

 保が私に尋ねた。

「ううん。布団の上か、布団を上げへんことには座る場所なんてなかったわ」

 私が答えると、泰三が口を挟んだ。

「客を布団の上に座らせるとしたら、普通、掛け布団は剥ぐやろ?でも、そのままやったってことは、布団の上に座らせようとしたわけではなかったんちゃうかな」

「それに、よっぽど仲がよくないと、敷き布団の上にかって座らせませんよねえ」

 保が頷きながら泰三を見た。

「となると、お客さんのために、和田君は布団を上げようとした可能性が高いわね」

「犯人を台所で待たせておいて、掛け布団と敷き布団を一緒に畳もうとした」

 保が続ける。

「布団を畳むためには、当然かがみますよね。和田さんは、犯人に背を向ける形で布団に手を掛けた」

「そこを、犯人が後ろから締め上げる」

 泰三が引き継いで結論を出した。

「それなら、高い位置から首を絞められていた理由も、掛け布団の上に、足首を出した状態で倒れ込んでいた理由も説明できるわね」

 私はそう言いながら、和田の笑顔を思い出していた。


(3)


 私達は、次に野間の遺体発見現場に向かった。殺害された順番で言うと次はスピーカーの家なのだが、間取りはよくわかっているので、後で見取り図によって検討することにしたのだ。

 時間的には田口が殺された方が先のようだが、私達はどうしてもタツの盃が気になっていた。

「この辺ですね」

 六号線から農道に入り、少し行ったところで車を停めた。本当に2台の車がすれ違えるのだろうかと心配になる程、細い道だ。ここが一方通行にならないのは、かなり交通量が少ないからであろう。

 私達3人は、状況を考えるため車から降りた。

「しっかし、えらいところやなあ」

 車を降りると、見渡す限りの田圃が広がっている。稲刈りはもう済んでいるので、かなり見晴しもよくなっていた。

「関東平野は広いなあ」

 私も周りを見回しながら言った。私達はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて泰三が保に尋ねた。

「田口さんの家はどっちやったっけ?」

「あちらやと思うんですけどねえ」

 保が車の進行方向を指差して、バッグから印を付けた地図を取り出した。

「ええっと、この道を道なりに行ったところですねえ」

 地図で確認しながら、保が答える。

「そうなんや」

 泰三が頷いた。

「車は、どっち向きに停められてたん?」

 保は地図を泰三に渡すと、今度は手帳を取り出した。

「西側に頭を向けていたようですから……」

 泰三が持っている地図を見る。

「この車と同じ方向に停まっていたみたいですねえ」

 保の答えに、私は首を傾げた。

「それって、おかしいんちゃう?」

 2人が私の方を見る。

「犯人は、田口さんの家からここまで、野間さんを追いかけて来たって考えられてるんやろ? それやったら、車は田口家にお尻を向けてなあかんのんちゃう?」

 私の言葉に、2人は顔を見合わせた。

「そうやなあ。その通りやわ」

 泰三が頷く。

「ここまでの脇道は全部細くて、大きい改造車が通るにはちょっと厳しそうですし……。ぐるぐる逃げ回って、ここに辿り着いたってことはなさそうですねえ」

 保が、地図で確認しながら言った。

「Uターンも、この道幅では無理やしなあ……。ということは、追いかけてここに来たっていう説は、かなり怪しくなってくるなあ」

 泰三が腕を組んでつぶやく。

「犯人に遭遇した時には既に、野間さんの車は、田口さんの家の方に向かって走っていたってことですね」

 保も腕を組んで首を傾げる。

 私達は、しばらく黙り込んでいた。


(4)


「泰三さん、野間さんの役をやってもらえますか? 僕が犯人役をやりますので」

 腕を組んで考え込んでいた泰三に、保が声をかけた。

「わかった。運転席に座ったらええねんな?」

 言いながら、泰三が車のドアを開ける。保は頷いた。

 準備ができたのを見計らい、保がドアを叩いた。

「何ですか?」

 また下手くそな芝居をしながら、泰三がパワーウィンドを下ろす。 保が、その隙間から手を入れようとしたが、首を横に振った。

「ドアを開けないことには、首を絞めることは難しそうですね」

「それに後ろから絞められた痕があったんでしょ? 今のでは、正面から絞めることになってしまうしね」

 私は腕を組んだ。

「ドアを開けて背中を向けるって、どういう場合が考えられる?」

 泰三がドアを開けて顔を出す。

「さあ。さっぱり見当がつきませんねえ」

 保も溜息をついた。

「助手席に誰か乗っていて、その人の方を向いたとか」

「道尋ねられたりして、『お前知ってる?』とか聞いたっちゅうことか?」

 私の言葉に、泰三が聞き返す。

「助手席に人が乗っていた可能性は、低いみたいですよ」

 保が口を挟んだ。

「車の停められていた位置は、道の端っこすれすれのとこやったそうですから、助手席の人が降りることは無理でした。道の下にある田圃にも、足跡はなかったそうですし。野間さんは1人の状態で発見されてますから、助手席には初めから人が乗っていなかったとしか、考えられないようです」

「そうなんや」

 泰三が首をひねる。

「他に背を向けることなんてあるんかな?」

「『あれ、何ですか?』とか、助手席の方向を指差されて見たとか」

 私が言うと、泰三が呆れたように言った。

「『アホは見るブタのケツ』でもあるまいし」

「助手席に荷物が置いてあって、何か取り出そうとしたとか」

「それなら、あり得るやんなあ」

 今度は泰三も賛成してくれた。

「でも、車の中から、荷物は発見されてないみたいですよ。もともと、あまりカバンなんかも、持ち歩かないタイプやったようですし」

 保が言いにくそうに言う。

「ああ、そうなんや」

 私は溜息をついた。じっと助手席を見つめる。どうして彼は、この席の方を向いたのだろうか。

「ダッシュボードはどうですか?」

 保が思い付いたように言う。私と泰三は顔を見合わせた。

「ダッシュボードか。なるほどなあ」

 泰三が何度も頷く。

「野間さんのダッシュボードには何が入ってたんか、わかる?」

 私の質問に、保は首を横に振った。

「そこまではわかりませんねえ。でも、警察に聞いたら、教えてもらえるはずですよ」

「そう」

 私は頷いた。

「後ろを向いた理由はそれで説明がつくとして、ドアまで開けるってどんな時やろう?」

 泰三がつぶやく。保は眉間に皺を寄せて答えた。

「やっぱり、わかりませんねえ」

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