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干支盃  作者: 深月咲楽
7/20

第7章

(1)


「まったく、何で隆弘は、そんな無茶なことをしたんや」

 隆弘が再び警察に連れて行かれた翌日、私と泰三、保の3人は、保の宿泊するホテルのロビーに集まっていた。

「電話の主に、姉の死の真相を教えてやると言われ、居ても立ってもいられなくなったようですね」

 私達の向い側に座っている保が、溜息混じりに答えた。

「しかし、警察をまいてもうたというのは、かなりマイナスイメージやなあ」

 泰三が頭を抱える。

「今更、そんなことを言っても仕方ないやろ? 今は、これからどうするかってことを考えないと」

 私の言葉に、泰三は顔を上げた。

「たしかに、そうやねんけどなあ」

「それにしても、野間さんを殺害した理由が、田口さんの殺害現場で目撃されたからなんて、納得できへんわ」

 私は、昨日感じたことを口にした。

「せやなあ。盃は野間さんの方がタツやったわけやし」

 泰三が頷く。

「せやけど、田口さんが野間さんよりも先に殺されたことは、間違いないらしいんですよ」

 保が手帳を広げながら言った。

「え? でも、飯塚刑事は野間さんの死亡推定時刻、はっきりしないって言うてはったわよ」

 私は驚いて尋ねた。

「あれから後で、証言した人がいたらしいですわ。夜の11時半頃、あの農道を通った時、野間さんの車は停まってへんかったって」

 保が答える。

「つまり、野間さんは11時半以降に殺害されたってことやな」

 泰三の言葉に、保は頷いた。

「他の場所で殺害されたって可能性はないの?」

 私は聞いた。

「もし、どこか他の場所で殺害されたとすれば、あの車は犯人が運転しなくてはなりませんよね? 当然、野間さんの遺体は違う座席に置かれていて、あの場所に到着した後に運転席に移動されたことになる。

 でも、彼の遺体には全く、移動された形跡はなかったそうなんです」

 保が鼻の頭を掻く。

「田口さんが殺害されたのは、午後10時から11時の間。野間さんが殺害されたのは午後11時半以降。となると、やはり殺された順番は田口さん、野間さん、ということになるでしょう」

「盃は、どう説明するの? 順番、逆やんか」

 私は首を傾げた。

「そこのところが、どうにもねえ」

 保が腕を組む。私達は皆、押し黙ってしまった。


(2)


「あっ、梶本先生」

 少しして、顔を上げた保が、驚いたように立ち上がった。

 私と泰三が振り返ると、そこには初老の男性が立っている。考えることに集中していたせいか、人の気配には全く気付かなかった。

「僕の勤めている弁護士事務所のボスです」

 保に紹介されて、私達も慌てて立ち上がった。

「梶本一郎といいます」

 彼は、名刺入れから名刺を取り出すと、泰三に渡した。泰三も急いでカバンから名刺入れを取り出し、名刺を抜く。

「水谷泰三です。こちらは妻の美沙子です」

 言葉に合わせて頭を下げる。梶本は、差し出された名刺を受け取りながら、優しく微笑んだ。

「先生、こちらへどうぞ」

 保が自分の隣の席を手で示す。梶本は頷いて、そちらの方へ回った。

「今日はどうして?」

 梶本が座るのを待って、保が尋ねた。

「いやいや、今日の夕方、土浦で交通事故被害者の会があるんだよ。それで、その前にちょっと、君の様子を見ておこうと思ってね」

 保は手帳を見ると、頷いた。

「そうか、今日は第2土曜日でしたね。お疲れ様です」

 梶本は微笑むと、私達の方を向いた。

「その後、進展はありましたか?」

「いえ、さっぱりです。何から手をつけたらよいものやら」

 泰三が苦笑する。

「今、どういう状況なんだね?」

 梶本の問いに、保が今までの経緯をかいつまんで話した。

 彼は腕を組んで、うんうんと聞き入っていたが、やがて口を開いた。

「隆弘さんが呼び出された場所には、行ってみたのかい?」

 保は首を振った。

「いえ、まだ行っていません。昨日は一日、警察署で事情を聞くのが精一杯やったんで」

 梶本は頷きながら言った。

「とりあえず、目撃者がいないかどうか捜すんだ。隆弘さんが本当にそこにいたことがわかれば、アリバイが成立するんだから」

「なるほど」

 保が神妙に頷く。

「それから、殺害現場も、もう一度見直してみた方がいいだろう。現場百回って言葉があるくらいだからね。違う目でもう一度見たら、前に見落としていたものが見えてくるかもしれない」

 梶本のアドバイスは、いちいち尤もだった。

「被害者の近辺を洗い直すことも必要だ。表向きは何の関係もないように思えても、どこかで接点があった可能性もあるからね」

「さすがですね」

 泰三が感心したように言う。

「いえいえ、私は当たり前のことを申し上げているだけですよ。何かの役に立てればいいんだが」

 梶本はあたたかい目で保の方を見ると、封筒を手渡した。

「少しだけだが、調査費用の足しにしてくれ」

「いえ、先生、それは……」

 遠慮する保に、彼は微笑みながら言った。

「わかった。じゃあ、これは君に貸したという形をとっておこう。弁護料が入ったら返してくれ。これなら、文句はないだろう?」

「ありがとうございます」

 保は頭を下げる。

「さて、私はそろそろ行かないと。この辺は電車が少ないから、1本逃すとえらいことになる」

 梶本はよっこらしょと腰を上げた。

「あまり無茶はしないで下さいね。犯人は、5人も殺しているわけですから」

 彼は私達に向かってそう言った。

「わかりました。ありがとうございます」

 私達も立ち上がり、頭を下げる。ロビーの外まで送って行こうとする私達を、梶本は押さえた。

「ここで結構ですよ。じゃあ、高橋君、何かわかったら、私にも連絡してくれ。協力できることは協力させてもらうからね」

 梶本は保にそう声をかけ、軽く右手を上げて去って行った。


(3)


「いい上司を持って、保君も幸せやねえ」

 梶本の姿が消えると、泰三はしみじみとそう言った。

「ええ。いつも助けていただいています」

 保が、手渡された封筒を上着の内ポケットにしまいながら、微笑む。

「梶本先生、色々言うてはったけど、何から手を付けたらいいんかな?」

 私は、2人の顔を交互に見ながら尋ねた。

「義兄の言う待ち合わせ場所には、僕が行ってみます。同じ曜日の同じ時刻に行ってみた方が、目撃者に出会える確率が高いですからね。今度の水曜日にでも、張り込んでみます」

 保が、手帳に何か書き込みながら言った。

「そうか。じゃあ、それは保君に頼むとして、今日は現場をもう一度見に行ってみたらどうやろう」

 泰三が提案する。

「そうですね。どういう順番で回るか、決めましょうか」

 保がカバンから地図を取り出した。この辺りを示すページを広げる。

「まず、姉のマンションはこの辺り」

 保が、赤いペンで地図に印を付ける。

「和田君のアパートはこの辺やったな」

 泰三が指を差した所に、保がペンを入れた。

「スピーカーのおった社宅はここ、それから田口さんの家はここ」

 次々と印が付けられていく。

 最後に野間の殺害現場の印が付けられた時、私はあることに気が付いた。

「全部、六号線に繋がってへん?」

 それぞれの現場は全て、六号線から枝別れした道沿いにあるのだ。

「まあ、この辺は六号線沿いに開発が進んでるから、偶然ってことはあるやろうけどな」

 泰三が腕を組んだ。

「しかし、これは何かを示唆しているかもしれませんよ」

 地図をじっと見つめていた保が、顔を上げた。

「とりあえず、行ってみようや」

 泰三が立ち上がる。

「ホテルに近いところから行きますか?」

 保が地図を手にして尋ねた。

「そうやなあ。やっぱり、殺害された順番で行った方がええんちゃうかな」

 泰三が答える。

「そうですね。順番にも、何か理由があるかもしれへんし」

 保は同意すると立ち上がった。

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