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干支盃  作者: 深月咲楽
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第6章

(1)


 隆弘が釈放されたという連絡が入ったのは、その1週間後のことだった。

『証拠不十分ですよ。まだ完全に疑いが晴れたわけではないですけど、ひとまずほっとしました』

 電話口から聞こえる保の声は、心無しか嬉しそうだった。

『また連絡しますね』

 そう言って電話は切れた。

「とりあえず、よかったわ。何人かの刑事さん達に、見張られてる状態ではあるらしいけど」

 私は、ソファで夕刊を読んでいる泰三に、保から聞いた話を伝えた。

「ああ。よかったなあ」

「何やの、もっと喜びなさいよ」

 私がそう言いながら隣に座ると、泰三は夕刊を畳んで私の方を見た。

「俺、ずっと考えとってんけど」

「何?」

 私は尋ねた。

「隆弘が犯人やないってことは、他に犯人がいるってことやろ?」

「当たり前やんか」

 私が答えると、彼は私の方を見て言った。

「そんなら、そのほんまの犯人って誰やねん?」

「そんなこと、私に聞いたかてわかるわけないやん」

 私は眉間に皺を寄せて答えた。

「せやけど、俺らの周りでばっかり事件が起こってるってことは、犯人は俺らの周りにいる可能性が高いわけやんか」

 泰三が腕を組む。

「3人共に共通する顔見知りの人ってことやからねえ」

 私は頷いた。

「お前、心当たりあるか?」

 泰三に聞かれ、私は首を振った。

「ないなあ」

 泰三はしばらく考え込んでいたが、やがてすっくと立ち上がった。

 電話の横に置いてあるメモを1枚破り、ペンを手にすると、再びソファに腰をおろす。

「犯人はまず、3人共と顔見知りの人物」

 メモに書き込みながら、泰三が言った。

「それから、橿原神宮の初詣に行くことができた人物」

 順に、箇条書きにする。

「少なくとも、97年から99年までの3年間ね」

 私が付け加える。

「なんや、わかってるんはこれだけか」

 泰三が気の抜けたような声で言った。

「でも、私達の周りであてはまる人物って少ないんちゃう?」

 私は彼の顔を見た。

「ほんまやな」

 泰三が、メモをペンのお尻で叩きながらつぶやく。

「会社関係の人やったら、康代さんとスピーカーとは知り合いかもしれへんけど、和田君を知っていたかどうかは疑問やし」

 私が言うと、泰三は頷いた。

「犯人がテレクラ関係の人やとしたら、スピーカーとの接点がわかれへんしねえ」

 私は言いながら溜息をついた。

「信文堂関係ってことはないか?」

 泰三がメモを見たままつぶやく。

「康代さんはたまに来てくれてたけど、スピーカーは一度も見かけてへんわ。まあ、私の勤務中はってことやけどね」

 私は答えた。

「そうか」

 泰三も大きく溜息をついた。しばしの沈黙。

「あかん、さっぱりわからんわ」

 泰三が、ペンとメモをテーブルに投げ出す。

「私もや」

 こんがらがった糸をほどくためには、まだまだ時間がかかりそうだった。


(2)


「おい、美沙子、美沙子!」

 泰三に叩き起こされ、私は不機嫌に目を開けた。

「何やのよ。日曜日くらい、ゆっくり寝させてえや」

「そんな呑気なこと言うてる場合とちゃうねん。このニュース見ろや」

 私は起き上がり、足元にあるテレビを見た。そして、瞬間、目が覚めた。

「これ、田口さんちゃうん?」

 画面には、田口の写真が映し出されていた。

「ゆうべ、殺されはったらしいねん」

 泰三が画面から目をそらさずに答えた。

「ゆうべ?」

 またしても、身近なところで事件が起こってしまった。また警察から呼び出されるんかな、そんなことをぼうっと考えながらテレビを見ていると、枕元で電話が鳴った。手を伸ばして受話器を取る。

「もしもし」

 我ながらひどい声だ。電話をかけてきたのは、保だった。

「お休み中でしたか? すみません」

「あ、ううん、今起きたとこよ。それより、田口さん……」

「そうなんですよ」

 保が、私の言葉を遮って続けた。

「それで、今、義兄がまた警察に連行されたんです」

「え? 隆弘さんが? 何で?」

 私は大声で尋ねた。

「おい、かわってくれ」

 それまで横で大人しく話を聞いていた泰三が、私から受話器を取り上げる。

「もしもし、俺やけど、隆弘がどうしたって?」

 彼は険しい顔をして頷いていたが、やがて受話器を置いた。

「隆弘さん、何で連れて行かれたん? 昨日の今日やんか」

 私は、掛け布団を剥ぎながら聞いた。

「田口さん殺害の重要参考人やて」

 泰三は、険しい顔のまま答える。

「はあ?」

 私は聞き返した。

「せやけど、ゆうべは刑事さん達、何人か見張ってたんやろ? 殺しに行けるわけがないやん」

 泰三は目をつぶり、首を横に振った。

「死亡推定時刻の午後10時から11時頃、隆弘、家にいてへんかってんて。なんや、9時半頃に車を急発進させて、どこかに出掛けたらしいねん。刑事達、途中で見失ってもうてんて。本人は、誰かわからんヤツから電話があったって言うてるみたいやわ。康代さん殺した犯人を教えてやる言われたんで、刑事をまいて出掛けたって」

 そんなことがあるのだろうか。私は尋ねた。

「で、その電話の主は?」

 泰三は目を開けた。

「現れへんかったらしいで。指定された場所で、明け方まで待っとったみたいやけどな」

「そんで、戻って来たところを御用ってわけ?」

 私は髪をかき上げた。

「ああ」

 泰三は溜息をつく。

「今までと同じように、田口さんも特に抵抗した様子はなし。後ろからネクタイで首を絞められてるところも同じ。現場になった自宅の鍵も、こじ開けられた形跡はなかった」

「また、顔見知りってことやねえ」

 私は首を傾げた。

「でも、家族は?」

「一人暮らししてはったみたいやで」

「ふうん」

 私が頷くと、泰三が続けた。

「ただなあ、妙なことがひとつだけあってん」

「何?」

 私は思わず身を乗り出した。

「置かれていた盃の絵、ヘビやったらしいわ」

 私は泰三の顔を見た。

「丑、寅、卯の次は辰、タツよねえ」

「ああ。1年とんだっちゅうわけや」


(3)


 とばされていたタツの行方がわかったのは、その次の日のことだった。

 信文堂を尋ねて来た飯塚刑事によって、その情報はもたらされた。

「お早うございます」

 開店直後だったこともあり、店内にお客はいなかった。

 私はレジで予約表の確認をしていたのだが、聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには飯塚刑事が立っていた。

「お早うございます」

 予約表を閉じて頭を下げる。私の隣にいた店長夫人の逸子も、不思議そうに会釈をした。

「こちら、橘署の飯塚刑事さんです。一連の事件を担当されていて」

 私が説明すると、逸子は頷いた。

「今日は何ですか?」

 私の質問に、飯塚刑事は口を開いた。

「野間さんという男性をご存じですか? 野間信介さん。二十代前半の青年なんですが」

「さあ」

 その名前に心当たりはなく、私は首を傾げた。逸子もわからない様子である。

「この方なんですがねえ」

 写真を見せられ、私達は顔を見合わせた。この金色の髪には見覚えがある。

「ええ。存じています。この方なら、何回か来られたことがありますよ」

 逸子が答えた。

「予約や配達を頼まれたことはないので、お名前までは存じませんでしたが……」

 飯塚刑事は頷いた。

「所持品の中から、こちらのブックカバーをかけた本が見つかったので、もしかしてと思ったんですよ」

「その方が何か?」

 私は尋ねた。

「殺害されました。今朝、遺体が発見されたんです」

 その言葉に、私達は驚いてお互いを見つめた。

「何か、うちのお店と関係があるんでしょうか?」

 逸子が心配そうに尋ねる。店員1人と常連客が亡くなっているのだ。不安になるのも無理はない。

「いえいえ、そういうわけではありません。ただ、何か思い当たることはないかと思いましてね」

 飯塚刑事が優しい口調で言った。

「思い当たることと言われましても、たしかここ1ヶ月ほどの、新しいお客様ですからねえ」

 逸子が困ったように答えた。

「そうですか。野間さんは、工事現場で働いておられましてね。ひと月程前から、この近くの現場で仕事されていたという話ですよ」

 飯塚刑事は微笑んだ。

「でも、立派な車に乗ってはりましたよねえ」

 私の言葉に、彼の微笑みは苦笑に変わる。

 国道沿いにあるこの店には、ほとんどの人が車でやってくる。凄い車から彼が降りるのを見て、驚いたことがあったのを思い出したのだ。

「立派と言うか何と言うか……。いわゆる改造車というやつですわ。暴走行為なんかも時々やって、捕まったこともあるようですが」

「そう言えば、クラクションの音も凄かったわ。ぱらららぱらららって、危ない運転で他の車を追い越しちゃって。外の倉庫にいて、何ごとかと思いましたから」

 逸子が胸に手を当てて、驚いた仕種を見せる。

「他に何か、気が付かれたことはありませんかねえ」

 飯塚刑事の質問に、私達は首を振った。

「特にありませんねえ」

 逸子が答える。

「そうですか。ありがとうございました」

 飯塚刑事は軽く頭を下げると、店の外へと消えて行った。


(4)


 私はもう一度、予約表を開いてみたが、今の事件の詳細が気になり、集中できそうになかった。

「すみません」

 逸子に一言声をかけ、飯塚刑事の後を追いかける。

 店の外に出ると、彼は車のドアにキーを差し込もうとしているところだった。

「飯塚さん」

 大声で呼ぶと、飯塚刑事は手を止めてこちらを見た。

「どうされましたか?」

 私は小走りに彼のそばまで行くと、呼吸を整えて尋ねた。

「野間さんの事件、今までの事件と関係はあるんですか?」

 彼は少し考える素振りを見せたが、やがて口を開いた。

「首にはネクタイで絞められた痕があり、遺体のそばに、タツの絵が描かれた橿原神宮の盃が置かれていました」

「タツですか?」

 思わず聞き返す。

「ええ、タツです。2000年に配られたものでした」

 飯塚刑事が答える。

「とりあえず、同一人物の犯行と見ていいんですね」

 飯塚刑事が頷くのを見て、私は微笑んだ。

「それやったら、隆弘さんは犯人やありませんね。昨日の朝から警察にいてはるんですから」

「ところが、そうはいかないんです」

 飯塚刑事は私の方を見て言った。

「どういうことですか?」

 私が驚いて尋ね返すと、彼は苦笑しながら答えた。

「野間さんが死亡したのは、田口さんが亡くなったのと同じ一昨日。腐敗が始まっていることもありましてね、どうもはっきりしないんですが、時刻は午後10時から午前12時の間と考えられます。つまり、隆弘さんが、我々の監視の目を盗んで出かけられた間に行われた犯行であることは、間違いないんですよ」

「場所は? 場所はどこなんですか?」

 思わぬ展開に、私の頭は混乱していた。

「田口さんのお宅から車で10分程のところにある、農道です。路肩に停められた車の中から発見されました」

 車とは、あの改造車のことだろう。私は少し違和感を覚えた。

「車の中って……。それやったら、今までとは状況が少し違いますねえ」

「いや、場所が違うだけで、状況は同じなんですよ。野間さんは、運転席に座ったまま、助手席に倒れ込むようにして亡くなられていました。ドアロックはされておらず、無理矢理こじ開けられた形跡もなかった」

 家が車に変わっただけ。飯塚刑事はそう言いたげだった。

「抵抗した痕とかはなかったんですか?」

 少しでも情報を引き出そうと、私は粘った。

「ええ。後ろから絞められている点も同じです」

 その答えに、私はしばし考え込んだ。

「その野間さんっていう人と隆弘さん、何のつながりがあるんですか?」

 私の質問に、彼は少し困ったような表情を浮かべた。

「その点は目下、捜査中です。現段階では、田口さん殺害後、家から出て来るところを見られ、追いかけて殺害したのではないかと考えていますが」

「それやったら、辰と巳の順番が逆になってしまうやないですか。それに、後ろを追いかけて来た人と接する時に、鍵を自ら開けたりしますか?」

 飯塚刑事は頭を掻いた。

「理由は他にあるのかもしれません。しかし、伊藤隆弘さんが重要参考人であることに変わりはありませんよ。それでは」

 彼は軽く片手を上げると、車のドアを開けた。

 走り去る車を見送りながら、私は割り切れないものを感じていた。

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