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干支盃  作者: 深月咲楽
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第5章

(1)


「美沙子、大変やで。隆弘、警察に連れて行かれよったらしい」

 泰三から電話をもらったのは、その日の午後だった。

 警察から帰った後、彼は会社へ行ったのだが、そこで大騒ぎになっていたそうだ。

「どういうこと?」

「重要参考人やて。ようわからんけど」

 私は目を閉じた。

「橿原神宮の盃の件やろか。私が、康代さん達、毎年あそこへ初詣に行くなんて言うたから……」

「いや、俺がうっかり、柳井課長とトラブルがあったなんて言うたせいかもしれへん」

 短い沈黙が流れた。

「とにかく、仕事、早めに切り上げるし、また警察に行ってみよう。何か情報が得られるかもしれへん」

 泰三がわざと明るい声で言った。

「そうやね。せやけど、スピーカーのお通夜はどないするの?今晩やって、連絡あったわよ」

 ついさっき、門倉から電話があったのだ。よそよそしい態度で、用件だけを言ってさっさと切れてしまったが。

「ああ、せやったなあ。でも、隆弘が気になるわ。お葬式だけではダメやろか?」

 確かに私も、隆弘が気になって仕方ない。

「ええんちゃうかな。お通夜には、私だけ寄せてもらうわ。何となく責任も感じるし……。なんぼ嫌いやったからって、夫婦揃って顔出さんわけにはいかへんでしょ?」

「悪いなあ」

 泰三が申し訳なさそうに言う。

「ほんなら、俺、会社の帰りに警察に寄ってみるわ。お通夜、終わったら連絡してくれや。迎えに行けたら行くし」

「わかった。気をつけてね。じゃあ」

 受話器を置くと、私は溜息をついた。橿原神宮のこと、言わなければよかった。子供の頃からいつも、一言多いと怒られてきたが、その悪い癖がこんなところで出てしまうとは。

 私は後悔しながら、出かける準備を始めた。


(2)


 色々嫌味を言われながらも、何とか無事お通夜を切り抜け、私は泰三の携帯に連絡を入れた。

 彼はまだ警察にいたが、こちらに向かうという返事をして、電話は切れた。

「早く来えへんかなあ」

 葬祭場の前で車を待っていると、暗闇の中から見慣れた白いファミリアが姿を現す。

「ありがとう」

 言いながら助手席に座ろうとして、後部座席に人がいることに気付いた。

「今晩は。その節はありがとうございました」

 それは康代の弟、高橋保だった。

「警察で一緒になったんや。隆弘のことで呼ばれてはったらしいねん。ホテルまで送って行ってあげよう思ってな」

「色々、ご迷惑をおかけしてしまって」

 保が頭を下げる。私は微笑んだ。ドアを閉めると、車が走り出す。

「それで、隆弘さんは?」

 シートベルトを着けながら、私は尋ねた。

「3人を殺した犯人やと思われているらしいわ。俺は会わせてもらわれへんかったけど」

 泰三が眉間に皺を寄せながら言った。

「僕は会わせてもらえたんですが、義兄はもちろん否定していましたよ。ただ、かなり疲れている様子で。義兄、ああ見えて結構弱い部分があるから……。僕も心配なんで、しばらくこちらに滞在することにしました」

 保が低い声で言う。

「そう。でも、お仕事の方は大丈夫なの?」

 保は東京で弁護士をやっている。彼は頷いた。

「ボスが、あ、あの、僕が世話になってる法律事務所の所長なんですが、できる限りやってみろ言うてくれはったんです」

「そうやったの。それなら、安心やね」

 私は頷いた。

「ええ。ボスにも言われたんですけど、義兄の疑いを晴らすことが、姉への恩返しになるんちゃうかと……」

「その通りや」

 泰三が力強く頷く。

「でも、警察も、何の証拠があって隆弘さんを?」

 私は尋ねた。

「実は義兄は、姉がテレクラを利用していたこと、知っていたようなんです」

 保が言いにくそうに話し始めた。

「知っていた?」

 私は振り返って確認した。

「興信所に、康代さんの素行調査、依頼しとったらしいわ」

 泰三がハンドルを切りながら説明する。

「警察は、康代さんの素行を知った隆弘が、逆上して彼女を殺したって言うてるみたいや」

 泰三が、忌々しそうに言い捨てる。

「アリバイは?」

 私が尋ねると、保が答えた。

「ないんですよ。その日は一日、外回りやったらしいんですけどね。死亡推定時刻の午後5時頃、義兄は休憩をしにファーストフード店に立ち寄っていたって言うてるんです。でも、ファーストフード店って、出入りが激しいでしょ? 店員も、義兄のことは覚えてないって」

「営業の悲しい宿命やな」

 泰三が溜息をついた。


(3)


「それなら、和田君は? 隆弘さんとは、何の関係もあれへんやろ?」

 私は尋ねた。

「それが、興信所が撮った証拠写真に一緒に写っていたのが、和田さんやったんですよ」

 保が答える。

「そうやったん?」

 車の中で和田が言っていた女性は、やはり康代だったのか。私は天井を見上げた。

「でも、興信所ってすごいねえ。和田君の身元まで調べ上げてるなんて」

「いや、和田君と康代さんが会っていたのは1回きりやったし、身元までは調べてへんかったらしいで」

 泰三が右のウィンカーを出しながら答えた。

「それやったら、隆弘さんは、何で写真の人物が和田君やってわかったん?」

 私は不思議に思って尋ねた。

「たまたま信文堂で和田さんを見かけて、後でも付けたんやないかって」

 保の答えに、私は首を傾げた。

「その写真が撮られたのって、いつ頃なの?」

「2ヶ月程前らしいですよ」

 保が言う。私は腕を組んだ。

「なんや、何か不思議なことでもあるんか?」

 泰三が、横目で私を見ながら聞く。

「ここ半年くらい、隆弘さん、お店には来てはらへんような気がするけど……」

 短い沈黙が流れる。

「そら、私が休みの日に来てはったら、わかれへんけどねえ」

「実は、僕も疑問に思ってることがあるんですよ」

 保が身を乗り出してきた。

「何?」

 振り返って尋ねる。

「和田さんを殺害した犯人、顔見知りやってことでしたよねえ」

 私は頷いた。

「警察の言うように、義兄がたまたま和田さんのことを見かけたとしても、和田さんの方は義兄のことを知らないわけやないですか」

 保の言葉に、泰三が口を開いた。

「知らない人をすんなり家に上げたりせえへんよなあ、普通」

「和田君の部屋、台所の奥にあんねん。彼はそこに倒れてたんやけど、抵抗した痕がないってことは、台所を通って部屋まで上げたってことでしょ? 初対面やとしたら、考えにくいわね」

 私は顎をさすりながら答えた。

「やっぱり、義兄が和田さん殺害の犯人とは思えませんよねえ」

 保が腕を組んだ。

「そうや、スピーカーを殺した件については?」

 私の質問に、泰三が答える。

「そもそも、隆弘達が社宅を出たのも、あの人から虐められてのことやんか。隆弘、康代さんをテレクラ通いにまで追い込んだんはスピーカーのせいかもしれへんって、興信所の人に漏らしてたらしいねん。そこに持ってきて、あのおばさん、亡くなった後も色々言うて回ってたやろ? ついに積年の恨みが爆発したんちゃうかって」

「ふうん」

 私は腕を組んだ。

「義兄は運動会には出席してへんかったみたいですからね。アリバイもないし」

 保が付け加える。重苦しい空気が流れた。

「で、例の盃はどうなったの?」

 泰三に尋ねる。

「ああ、何で盃が置かれてたんかってことやろ?」

 私は頷いた。

「ウシの盃は1997年に配られたもんやったそうやけど、ちょうどその年の3月に2人は結婚したそうやねん」

 泰三の説明に、保が口を挟んだ。

「姉は子供の頃から毎年、橿原神宮に初詣に行ってました。97年は、結婚の報告をせなあかんって、義兄を連れて詣でたんですよ。義兄にとっては、初めての2人一緒の初詣やった。その時にもらったんが、あのウシの盃やったそうです」

「思い出の盃やったから、供養のつもりで康代さん傍らに置いたんちゃうかって、警察は考えてるみたいやで」

 泰三が言う。

「ほんで、その他の殺人現場に置いて行ったんも、康代さんの死と関係があることを強調しようとしてたんやないか、みたいな感じやわ」

「康代さん、盃、返してへんかったんかな?」

 私は保に尋ねた。

「いえ、返してたはずですよ。僕も最近のことはよくわかりませんけど、姉、独身の頃は次の年の初詣の時に、持って行ってましたから」

「それやったら、手元に盃は残らへんやんか。何で隆弘さんが置いたと思われてんの?」

 私が疑問を口にすると、泰三が苦笑しながら言った。

「神宮に盃を返した証拠がないってさ」

「なんや、いい加減なもんやなあ」

 私は呆れてつぶやいた。

「こじつけもいいとこやん」

「ええ。はっきりした証拠は、警察もまだ何も掴めてないんですよ。今なら絶対、義兄の無実を証明できます」

 保が断言する。私も頷くと言った。

「何かお手伝いさせてもらえることがあったら、何でも言うてね。私も、隆弘さんが犯人とは、どうしても思われへんねん」

 思いたくないと言う方が正しいかもしれない。

「ありがとうございます」

 保が頭を下げる。

「その時にはよろしくお願いします」

 ホテルが前方に見えて来た。


(4)


「昨日、興信所に行って話を聞いて来ました」

 保が話を切り出した。水曜日。泰三の会社は、創立記念日ということでお休みだった。私達は隆弘の罪を晴らすため、保の宿泊するホテルのロビーで話し合いを持っている。

「康代さんの素行調査を依頼していた興信所ね?」

「ええ。そうです」

「それで、何かわかったことはあったんか?」

 泰三が先を促す。

「姉と和田さんが写っていた写真を見せてもらいました。それが、喫茶店で話しているものなんですよ」

「喫茶店?」

 私は聞き返した。

「ええ。調査員の話では、姉と和田さんは1時間程話をした後、それぞれバラバラに帰ったというんです」

 保が説明した。

「話をしただけ? それで、そのこと、隆弘には伝えたって?」

 泰三の質問に保は頷いた。

「ええ。義兄はもう少し調査を続けてくれと依頼したようです」

 ふうん、と言いながら、泰三は腕を組んだ。

「それで?」

 私が尋ねる。

「その後も姉は、何人かの男性と会っていたようですが、全員、喫茶店で話をしただけで別れたってことです」

 保が私達の顔を交互に見る。何か意見を求めているようだった。

「話し相手が欲しかっただけなんかなあ」

 泰三が思い付いたことを口にする。私はよくわからず、黙ったまま首を傾げた。

「義兄も、泰三さんと同じようなことを言っていたそうです。そして、調査は打ち切られた」

「浮気ってこともなさそうやし、もういいと思ったんやろな」

 保の言葉に、泰三が頷いた。

「それなら、隆弘さんが康代さんを殺す動機は無くなるわね」

 短い沈黙が流れた。

「それで、他の男性と写ってる写真はあったんか?」

 泰三の問いに、保は答えた。

「1枚だけありました。ただ、どこの誰なのか、警察の方でもまだ捜し切れずにいるようです。テレクラのような匿名性の強いものになると、どうしても難航しますよね」

 そう言いながら、彼はカバンから1枚の写真を取り出した。

「この男性なんですよ」

 康代の正面に座ったその男性の顔を見て、私は驚いた。

「田口さんやんか」

「え?」

 驚いたように、泰三と保が私の方を見る。

「知り合いなんか?」

「知り合いっていうか、うちの本屋の常連さんによう似てるわ。田口尚人っていう人やねんけど……。ちょっと、いいかな?」

 私は保から写真を受け取り、じっと見つめた。そこには、男が、康代の手に握られた何かを受け取ろうとしている瞬間が写されてている。

「やっぱり、間違いないわ。この指輪、でっかい石が付いてるやろ? めっちゃ高かったんやって自慢してはったから、よう覚えてるわ」

 私は、テーブルの上に置かれた彼の手元を指差して答えた。

 この田口という男は、何をやっているのか知らないが、相当の金持ちらしく、指輪だのブレスレットだの、アクセサリーをじゃらじゃらと身に着けていた。成り金特有の品の無さがあって、私にはどうにも好きになれないタイプだ。

「住所とか、わかりますかねえ」

 保が尋ねる。

「よう予約注文しはるし、注文票見たらわかるんちゃうかなあ」

 私は考えながら答えた。

「ほんなら急いで店に電話して、聞いてみいや」

「聞いてどないすんのよ?」

 泰三の言葉に、私は驚いて彼の顔を見る。

「どないするって、連絡つけて直接話を聞くんやないか。ほら、早く早く」

 泰三に携帯電話を渡され、私はしぶしぶ信文堂の電話番号を押した。忙しい時間帯だというのに。

 呼び出し音が3回鳴ったところで、店長が電話に出る。

「あ、水谷です。お忙しいとこ、すみません。実は……」

 田口の住所と電話番号を聞き出すと、私はお礼を言って電話を切った。

「信文堂の近くやわ。連絡してみる?」

「うん。してみよう」

 私は、田口の家の電話番号をダイヤルした。


(5)


 田口は、近所の喫茶店まで出て来てくれるということだった。

 私達が田口の指定した喫茶店に到着した時、彼は既に座ってコーヒーを飲んでいた。

「こんにちは。せっかくのお休みに、お呼び立てしてすみません」

 彼がいる丸テーブルの前まで行き、私が声をかけると、彼はちらっとこちらを見上げた。今日も相変わらず、これでもかとアクセサリーをぶら下げている。

 注文した品が揃うと、私達は本題に入った。

「この写真の女性なんですけど、会われた時、何のお話をされましたか?」

 保が尋ねる。田口はその写真をじっと見つめていたが、やがて口を開いた。

「こんな写真を撮られてたなんてねえ。悪いことはできないねえ」

 彼は胸のポケットから葉巻を取り出すと、ゆっくりと火を付けた。

「別に、田口さんにご迷惑をおかけするつもりはないんです。ただ、この時、どんなお話をしはったのかということを、お伺いしたいだけなんですよ」

 田口の吐き出す煙に不快感を抱きながらも、私はつとめて冷静に話しかけた。

「どんなことだったかなあ」

 田口が、もったいぶってつぶやく。私の隣では、泰三がテーブルの下で拳を握りしめていた。

「彼女は、何かをあなたに渡そうとしているようですが……。それが何だったか、憶えはありませんか?」

 私は再び尋ねた。

「さてねえ。何だったっけねえ」

 田口は、天井を見てうそぶいている。

「何でもいいんです。どんな些細なことでも」

 保が食らいついたが、彼はただとぼけるばかりで、一向に埒が開かない。

 何度か同じやりとりが繰り返された後、ついに保が音を上げた。

「わかりました。何か思い出されましたら、ここにご連絡下さい」

 名刺の裏に自分の携帯の番号を書く。田口はそれを受け取ると、葉巻をくわえたまま、さっさと喫茶店を出て行ってしまった。

「何やあれ?」

 泰三が吐き捨てるように言う。

「ほんまにイヤな男やわ」

 私は、冷め切ってしまったミルクティを一口すすった。

「あんまり期待はできませんね」

 保が残念そうにつぶやいた。

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