表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
干支盃  作者: 深月咲楽
3/20

第3章

(1)


 翌朝、ぼうっと信号を待っていると、目の前にパトカーが停まった。

「水谷さん」

 声をかけられ、顔を上げる。パトカーの助手席からは、見知った顔が微笑んでいた。

「あら、お早うございます」

 それは、以前、康代がひったくりに遇った際、被害届を受理してくれた安藤という年配の警官だった。

「お仕事ですか?」

 彼の隣では、若い警官がハンドルを握っている。

「ええ。そうなんです」

 私は微笑んだ。

「そうそう、先日のひったくりの犯人が捕まりました。そのことを報告させていただこうと思っていた矢先に、とんでもないことになってしまって……」

 康代のことを言っているのだろう。私は頷いた。

 信号が青に変わったが、尋ねたいことがあったので、渡るのを止めた。

「それで、康代さんを殺した犯人のことは何か?」

「全力で捜していますよ。実は、一報を受けて現場に駆け付けたのは、自分達だったんです。なあ、鈴木」

 安藤が運転席の若い警官に声をかける。鈴木と呼ばれたその警官は、私の方を見て軽く頭を下げた。

「知っている方だっただけに、悔しい思いをしました」

 安藤は神妙な面持ちでそう言った。

「今のところ、犯人は顔見知りの可能性が強いと思われますね」

「顔見知りですか?」

 安藤が頷く。

「ドアをこじ開けられた様子はありませんし、部屋の中も荒らされていませんでした。抵抗した様子もありませんでしたしね」

「そうなんですか」

 そう言われてみると、彼女の家では、ソファのある応接間に行くのに長い廊下を通らなければならない。知らない人物を奥まで通すとは考えにくかった。

「それから、首を絞めるのにはネクタイが使われたようです。絞められた痕と付着していた繊維から、そう判断されました」

 私は首を傾げた。

「さっき、抵抗した痕はなかったっておっしゃいましたけど、首を絞められた時にも、抵抗しなかったってことですか?」

「後ろから絞められたんじゃないでしょうか。ソファには、うつ伏せの状態で倒れておられましたから」

 安藤は辛そうにそう言った。

「後ろからですか」

 犯人の卑劣さを感じて、私は唇を噛んだ。

「犯人は、絶対に捕まえますよ。水谷さんも、何か思い出されたことがありましたら、すぐにご連絡下さいね」

 安藤が表情を少し和らげて私の顔を見る。

「わかりました。よろしくお願いします」

 そう言ったところで、再び信号が青に変わった。

「それじゃあ、私、行きますので」

「ええ。お引き止めしてしまって、申し訳ありませんでしたね。では」

 パトカーが去って行く。私はバス停をめざして、横断歩道を渡り始めた。


(2)


「配達の前に和田のアパートに寄ってみよう」

「ええ」

 私は頷いた。午前11時。書店はとっくに始まっている。

「和田が無断で休むなんてこと、今まで一度もなかったんだけどなあ」

 ハンドルを切りながら、店長が首を傾げる。

「昨日は何にもおっしゃってなかったんですけどねえ」

 私は顎をさすりながらつぶやいた。

「携帯電話もつながらないんだ。家に電話をしても出ないしねえ」

「おかしいですね」

 和田は、のんびりしてはいるが責任感は強く、時間にもきちんとしていた。

「酒でも飲んで、ぐっすり寝込んでいるのかもな」

 店長が微笑む。私もつられて微笑んだ。

 道を曲がると、正面に古いアパートが見えてくる。

「相変わらずボロいなあ」

 店長が呆れたように言った。

「こんな所に住んでちゃあ、彼女もできないわけだ」

「あはは、確かにそれは言えてますねえ」

 笑っているうちに、車はアパートの駐車場に着く。

「車はあるなあ」

 和田は車にはお金をかけているらしく、黒い外車はピカピカに磨き上げられている。

「ということは、やっぱり家にいるんだね」

 車を降りながら店長がつぶやく。

「みたいですね」

 私も答えながら車のドアを閉めた。


(3)


「ああ、ここだ、ここだ」

 厚紙で出来ている表札を見て、店長が言う。そこには手書きで「和田」と書かれていた。

「おい、和田、俺だよ」

 店長がドアを叩く。古いアパートは、呼び鈴さえ付いていなかった。

「あれ、ドアに鍵がかかってないぞ」

 店長が私の方を見ながら言った。

「1階やっていうのに、不用心ですね」

 胸騒ぎがして店長の顔を見返す。

「和田、いるのか」

 店長がドアを開けて中に声をかけるが、何も応答はない。

「入ってみよう」

 言われて頷くと、私達は中へと足を踏み入れた。

 入ってすぐの小さいキッチンは、足の踏み場もないくらい散らかっていた。生ゴミの嫌な臭いも漂っている。男の一人暮らしなんて、こういうものなのだろう。

 私が、半ば呆れ気味に辺りを見回していると、突然大声が聞こえた。

「わ、和田!」

「どうされたんですか?」

 声が聞こえた部屋を覗く。そして、店長が差した指の先を見た。

「えっ、和田君……嘘……」

 膝が震えて立っていられない。私は、その場に座り込んだ。

 店長の指先には、既に事切れた和田が、万年床の上にうつ伏せの状態で横たわっていた。


(4)


 家に帰ると、私はどさっとソファに座り込んだ。

 あれから警察に連れて行かれた私達は、根掘り葉掘り、色々なことを質問された。

「同一犯って、ほんまかなあ」

 首に巻いていたスカーフを外してソファの背に掛けると、目を閉じた。警察で飯塚刑事に言われた話を思い出す。

 和田は、何者かに背後からネクタイ様のもので首を絞められたそうだ。部屋は荒らされておらず、ドアの鍵もこじ開けられた様子はなかった。

 死亡推定時刻は、昨日の午後9時頃。特に抵抗した様子もなく、顔見知りの犯行である可能性が高いとのことだった。

『後ろから首を絞められている点や、ネクタイを利用している点から考えて、伊藤康代さん殺害と同一犯である可能性が高いですね』

 飯塚刑事は、そう説明した。顔見知りという点も考え合わせると、犯人は康代と和田に共通する人物ということになる。

『私しかいませんね』

 私がそう言うと、彼はいやいやと手を振った。

『あなたのアリバイは、私自身が保証しますよ。ちょうど、我々がお宅を訪ねた頃に殺害されていますからね』

 たしかにそうだ。私はほっと胸をなでおろした。

『何か気がつかれたことがありましたら、ご連絡下さいね』

 前と同じようなことを言われた後、私は無事釈放された。

 それにしても、何で私の身近な人達が次々と殺されていくんだろう。

 やり切れない思いで、足を抱え込み、テーブルに置かれた新聞に目をやる。週刊誌の広告に書かれた見出しを見て、私は思わず抱えていた足を下ろした。

「どういうことよ」

 新聞を手にして見出しを見直す。そこには「殺害された『不貞妻』の本性」と書かれており、目に黒いラインを引かれた康代の写真が載せられていた。

「不貞妻って……」

 思いも掛けない言葉に愕然とする。

「康代さんが、そんなわけないやん」

 悔しさのあまり、私は新聞を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ