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干支盃  作者: 深月咲楽
10/20

第10章

(1)


 私達が最後に向かったのは、田口の家だった。

「でかい家やなあ」

 田口の家の前で車を降りながら、泰三がつぶやいた。

「どんな仕事をしてはったんやろ」

 私が言うと、保が答えた。

「無職やったみたいですよ。なぜ、こんなに金回りがよかったのか、警察も調べているところらしいです」

 私達は頷いた。

「中に入るんは、ちょっと無理やろなあ」

 泰三が保の顔を見ながら言う。

「ご家族はいてはらへんかったみたいですし……。今は空家の状態になってるんと違いますかねえ」

 保が腕を組む。と、その時、いいタイミングで家のドアが開いた。

 私達が驚いて見ていると、中から出て来たのは、飯塚、安岡の2人の刑事だった。

「あれ、どうされたんですか?」

 気付いた飯塚刑事に声をかけられ、保が答えた。

「現場を見て回っていたんです。中に入れていただけますか?」

 2人の刑事は、困ったように顔を見合わせた。

「何のためにですか?」

 飯塚刑事が尋ねる。

「義兄の無実を証明するためです」

 保が答えた。2人の刑事は何やら小声で話し合っていたが、やがてこちらの方を向いた。

「私達もご一緒させていただけるのなら、結構ですよ。どうぞ」

 飯塚刑事がドアを開ける。私達は小走りにそちらの方へ向かった。


(2)


 家の中は薄暗く、ひんやりとしていた。

「田口さんが倒れておられたのは、その食器棚の前です」

 安岡刑事が指を差しながら説明する。居間とキッチンの間には、かなり立派な食器棚が置かれていた。

「またうつ伏せの状態やったんですよね?」

 泰三が尋ねる。

「ええ。状況から見て、食器棚の方向に歩いて行こうとした時に、背後から首を絞められたようです」

 安岡刑事が答えた。

「お茶でもいれようとしたんかなあ」

 私は泰三を見ながら言った。

「実は、とんでもない事実がわかりましてね」

 飯塚刑事が口を開いた。

「この食器棚の引き出しのひとつに、荒らされた痕があったんですよ」

 私達が頷くと、彼は続けた。

「田口さんの血液中から、微量の覚醒剤が検出されたこともあり、私達は麻薬犬を投入して調べました」

「覚醒剤?」

 保が聞き返す。飯塚刑事は頷くと、先を続けた。

「やはりその引き出しには、覚醒剤が入れられていたことがわかりました」

「田口さんの遺体が発見された時には、覚醒剤はなかったんですね」

 保が確認する。

「ええ。恐らく、犯人が持ち去ったものと思われます」

 安岡刑事が頷いた。

「それやったら、それが動機やっていう可能性がありますよねえ」

 泰三が言う。

「一連の事件とは、少し趣が異なるような気がしますけど」

 飯塚刑事が泰三の顔を見た。

「別の事件である可能性もあります。ただ、盃がねえ」

「盃の件は、まだ公表されていないんでしたよね?」

 私は尋ねた。

「ええ。その通りです」

 安岡刑事が答える。それならばやはり、同一犯と考えるべきなのかもしれない。

「死亡推定時刻は、やはり田口さんの方が先なんですか?」

 私が聞くと、刑事達は頷いた。

「でも、ここに置かれてたんはヘビの盃でしたよねえ」

 泰三が腕を組ながらつぶやいた。

「何でヘビとタツが入れ替わってもうたんやろう」


(3)


「実は、さっき、野間さんの殺害された現場に行って来たんですよ」

 保が刑事達に話しかけた。

「それで、目撃された犯人が野間さんを追いかけたというのが、実際には無理なのではないかと、そう考えたんです」

 彼は、先程私達が考えた事柄を、かいつまんで説明した。2人は頷きながら聞き入っている。

「なるほどねえ」

 しばらく黙っていた飯塚刑事が口を開いた。

「車の方向については、我々の中でも問題にはなっているんですけどねえ」

「ダッシュボードを開けた、か」

 安岡刑事も眉間に皺を寄せてつぶやく。

「中に何が入っていたか、教えていただけませんか?」

 保が飯塚刑事に頼んだ。彼はしばらく迷っていたが、やがて手帳を広げた。

「CDが数枚とガソリンスタンドのカード、それから地図ですね」

「地図?」

 泰三が聞き返す。

「ええ。この近辺のものでした」

 私達は顔を見合わせた。

「野間さん、やっぱり道を聞かれたんかなあ」

 泰三が口を開いた。

「わざわざ車を停めてまで、道を教えてあげるようなタイプではなさそうですけどねえ」

 安岡刑事が苦笑する。

「免許証も不携帯でしてね、車のナンバーを照会してやっと身元がわかったくらいですから」

「まあ、見た目でこんなこと言うのもアレですけど……たしかにそういうタイプではなさそうですよねえ」

 不機嫌そうな金髪の青年の顔を思い出し、私も頷いた。

「田口さんと野間さんに、何か接点はありましたか?」

 少しでも情報を得ようと、保が刑事達に尋ねた。

「いえ、直接の接点はありませんでした。強いて言うなら、信文堂を利用していたことくらいでしょうか」

 飯塚刑事が言った。

「ただ、この辺の人達は、ほとんどの人が信文堂を利用してますからねえ。それを接点と考えるのは難しいかもしれません」

「野間さん殺害が偶発的なものではないとすると、どう考えるべきなんですかねえ」

 安岡刑事が腕を組んだ。


(4)


 田口家を出た時には、日はすっかり沈んでいた。

「晩飯でも食いながら、今日の結果を考えようか」

 泰三の提案に私達は頷いた。

「そういえば、柳井さんの状況、まだ確認していませんでしたね」

 しばらくして、保が後部座席から話しかけて来た。

「ほんまやわ。麻薬やら何やら、ごちゃごちゃしてきて訳わからんようになってしまって。すっかり忘れてた」

 私は溜息混じりに言った。

「柳井さんの家、俺らの住んでたとこと、間取りは一緒やったよなあ」

 泰三が前を向いたままつぶやく。

「うん。あの人の家は502号室やろ? うちは204号室やったし」

 社宅は、偶数と奇数の部屋同士が左右対称の作りになっていた。

「スピーカー、どこに倒れてたって言うてたっけ?」

 私は保に尋ねた。

「居間の絨毯の上やそうです。なんや、リビングに入ってすぐのところで、足首は廊下に出ていたらしいですよ」

「あの社宅、玄関入ってすぐに廊下があるやろ?」

 信号で停まり、泰三が私の方を見る。

「それから、その奥にリビングダイニングがあったよなあ」

 信号が青になり、車が走り出した。

「ああ、そう言えば私、一度、用事があって中に入らせてもらったことがあってんけど」

 私はその時のことを思い出しながら、話した。

「私らは、廊下から入ってすぐの方をダイニングにして、応接セットを部屋の奥においてたやんか」

 泰三の横顔に話し掛ける。彼は黙ったまま頷いた。

「あそこ、反対にしてはってん。せやから、手前に絨毯を敷いてて、奥にダイニングテーブルが置かれてたんよ。変わったことしはるなあと思ったし、覚えてるわ」

「ほんなら、廊下からリビングに入ろうとした時に、首を絞められたっちゅうことやな」

 泰三が頷いた。

「後ろから首を絞めるのは、さほど難しくないでしょうね」

 保も納得したように言った。

「あの人、結構用心深かったし、そう簡単に人を家に上げるかなあって思うんやけど」

「せやから、犯人は顔見知りやって、初めから言うてるやろ?」

 泰三がちらっと私の方を見て言う。

「それはわかってるけど。なんかなあ……」

 このまま話し合っても、堂々回りになるような気がする。続きは食事をしてからということになった。


(5)


 さっぱりしたものが食べたいということで、私達はうどんのチェーン店に入った。

「いらっしゃいませ」

 店員に案内され、席に着く。

「禁煙席でよかった?」

 私は保に尋ねた。泰三は大の嫌煙家で、食事は必ず禁煙席でと決めている。

「僕もいつも、禁煙席にしてもらうんですよ」

 保がおしぼりの袋を破りながら答えた。

「昔は吸ってたんですけどね。肺炎で入院して以来、やめてるんですよ。今は、むしろ嫌煙派って感じですわ」

「それはええことや」

 泰三が偉そうに言うので、私達は吹き出した。

「さて、今日のまとめをしておきますか?」

 保が微笑みながら言う。

 食事時ということもあって、客はかなり多かった。注文の品が来るまでには、少し時間がかかりそうだ。

「今日、調べて回った目的は、義兄の無実の証拠をつかむためでしたよね」

 保が交互に私達の顔を見る。私達は頷いた。

「康代さんが殺された現場では、隆弘に有利な状況はなかったやんなあ」

 泰三が、水の入ったグラスを持ち上げながら言った。

「そうやね。むしろ、不利かもねえ」

 私も水を持ち上げる。

「和田君の時は、どうやったかな?」

 泰三が、私達の顔を見た。

「布団を上げて座らせようとしてはったんやから、そこそこ知り合いやったってことでしょう?」

 私は泰三に言った。

「隆弘は、和田君と知り合いと言える間柄やったんか、っちゅうことやな」

 泰三がおしぼりを弄びながら答えた。

「義兄と和田さんの接点は、姉と一緒に撮られた写真だけですからねえ」

 保が腕を組む。

「そうやろ? 康代さんの夫やって名乗られたとしたら、和田君は隆弘をすんなり家に上げたかなあ」

 泰三が首を傾げた。

「和田君、康代さんのこと気にしてはったみたいやから、隆弘さんに詳しく話をしようと考えた可能性はあるかもしれんけど」

 配達中の車の中で色々尋ねられたことを思い出しながら、私は答えた。

「なるほどなあ」

 私達が黙り込んだところに、注文の品が運ばれて来た。


(6)


 全員の前にうどんが並ぶと、箸を割りながら保が口を開いた。

「柳井さんの場合はどうですかねえ」

「あの日、体育祭でみんながいなくなることは、隆弘も知っていたやろうなあ」

 泰三は七味をうどんに振り掛けながら、保の方を見た。

「話があるとか言えば、柳井さんもきっと上に上げはったでしょうしねえ」

 保は、海老の天ぷらを汁の中に沈めている。

「せやけど、スピーカーはみんなよりかなり早くに家に戻ったんやろ? 隆弘さんは、そのことを知ってはったんかな?」

 私は顔を上げて尋ねた。

「知らんかったやろうなあ」

 泰三も顔を上げる。

「そうか。社宅に誰もいないと思えば、その日に訪ねることはしなかったでしょうね」

 保が少し嬉しそうな声を出した。

「平日の方が、スピーカーが1人で家にいてる可能性は高いねんで。体育祭なんて、いてへん可能性が高い日を、わざわざ狙うなんておかしいんちゃう?」

 我ながらいいところに気付いたと、私は嬉しくなって身を乗り出した。

「せやけどあの時、スピーカーだけが家にいてたことは、ちょっと知ってる人やったら、外からでもわかったはずやで」

 泰三が冷めた目をして言う。

「何で?」

 私は少し憤慨して尋ねた。

「車や、車」

「車、ですか?」

 保が聞き返す。

「あの日、社宅のみんなは出払っていて、駐車場はほとんど空っぽの状態やったはずや」

 私達は頷いた。

「柳井家には、課長の分とスピーカーの分、2台あったやろ? 彼女の車が早くに戻って来て、空っぽの駐車場にぽつんと置かれとったら、誰かて彼女が家に1人でいてることは、わかったんちゃうかってことや」

 そう言うと、泰三は汁を一口すすった。

「何やのよ。泰三は隆弘さんを犯人に仕立てたいの?」

 私は箸を置いて、彼の方を見た。

「そんなわけないやろ。せやけど、客観的に見なあかんって、俺は言いたいんや」

 保は黙ったまま、何度も頷いている。

「確かに、その通りですね。ただ、それやったら逆に、義兄以外の人にも、柳井さんが1人で在宅しているのはわかったってことですよね」

「その通りやわ」

 私は頷いた。

「これだけでは、隆弘はシロともクロとも言われへんな」

 泰三が溜息混じりにつぶやく。

「田口さんと野間さんとの関係もわかれへんしなあ」

「なんや。結局、何にも収穫はなかったってことやんか」

 私は少しふてくされながら、箸で油揚を突いた。

「そんなことはないですよ。田口さんの死が、覚醒剤がらみやったことも、野間さんの死が偶発的なものではなかったことも、わかったやないですか」

 保が慰めるように言う。

「とにかく、最後の2人が亡くなった時に、公園で義兄を見た人がいないかどうか、頑張って捜しますよ」

「頼むわね」

 私は微笑んだ。

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