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幸せの大樹  作者: 高崎司
9/17

番外編 バレンタインSS

更新できなくてすいません。せっかくなのでバレンタインショートストーリーを書きました。楽しんでいただけたら幸いです。

 朝登校したばかりの俺を襲ったのは、小次郎のニヤニヤ顔だった。


「おっす海斗。今日は楽しいバレンタインだな!」


 何がそんなに嬉しいのか小次郎は得意顔をしていた。

 無性に腹がたつのはなぜだろうか。


「朝から嬉しそうだな」

「そりゃそうよ。今日は年に一回のバレンタインなんだ。準備は万端だぜ!」

「年に二回も三回もあったらびっくりだけどね」

「またいつにも増してクールだねお前も。楽しくないのか?」

「バレンタインの何を楽しめと? ただの平日じゃないか」

「そうかそうか。わかったぞ俺は」


 一人納得した顔をしている小次郎。

 より一層うっとうしさが増した気がした。


「お前はもう貰えるあてがあるもんな。羨ましいなぁ~。あの牧野先輩からチョコ貰えるんだもんな」

「何を勘違いしているのか知らないが、牧野先輩から貰えるってのはお前の妄想だ」

「またまた~。もう約束してるんだろ?」

「してないよ」

「えっ? 本当に?」

「だから言ったろ。それはお前の妄想だって」

「でも……いや……まさか……」


 俺の横でぶつぶつ独り言を言う小次郎。

 本当に何を根拠に勘違いをしているのか。

 牧野先輩がチョコをくれるなんて、それは夢物語の話だ。

 俺は最初から何も期待していない……というか期待以前に牧野先輩とは別に何でもないのだから。


「納得したなら席に戻れよ。そろそろ授業始まるぞ」

「あ、うん。何か悪かったな」


 小次郎はバツの悪そうな顔をしながら席へ戻って行った。

 大概あの友人も変に気を使う所があるなと思った。

 そして始業開始のチャイムが鳴り、いつもと変わらない一日が始まる。


 * * *


 午前の授業も終わり昼休み。

 俺は小次郎と共に中庭のベンチに座り昼食を食べていた。


「はぁ~~~。未だにチョコゼロとはどうなってんだ……」


 大きな溜息と共に愚痴る小次郎。

 二酸化炭素を撒き散らすこの友人が少し憐れに思えてきた。


「なぁ小次郎。どうして最初から貰えると思ってるんだ?」

「だってバレンタインにチョコがゼロなんておかしいだろ!」

「ちなみに聞くけど、今まで貰ったことは?」

「ないっ!!!」

「悪いけど、その時点で察しろよ」


 現在進行形で貰えないやつが、貰える確率はどれくらいなのか。

 それは子供でも解ける簡単な問題なのではないだろうか。


「俺は朝から準備してたんだ……。机の中を綺麗にしたり、下駄箱を綺麗にしたり……」

「無駄な努力に終わりそうだな。ご愁傷様」

「お前だってまだゼロだろ? 仲間だな!」

「俺は最初から気にしてないって言ったろ。仲間意識を持つのはやめてくれ」

「冷たいなー。あぁ冷たい。海斗にはもう少し優しさが必要だと思うね」

「小次郎に優しさを向けるのは無駄だからな」

「それはひどくない!? 俺達友達だよね!?」

「さぁ。それはどうだろう」


 ひどいだの何だの喋っている友人を無視し、昼食を胃の中に収める。

 自販機で買っておいたお茶を喉に流し込んでいると、周りがざわつき始めた。

 それだけで察しがつくのだから、牧野先輩という人は迷子とか無縁そうだなと思った。


「あっ、海斗くんだ! お昼食べてたの?」


 俺の予想通り牧野先輩が中庭にやってくる。

 途端に肌を突き刺すような視線が飛んできた。

 どうしてこう、皆俺を敵視するのだろうか。

 別に俺は何もしていないというのに。


「もう食べ終わりましたけどね」

「なんだ残念。一緒に食べようと思ってたのに」

「それは良かった。俺はまだ死にたくないですからね」

「え~~なにそれ。ひどい」


 全然残念そうな顔をしていない牧野先輩。

 むしろ笑顔さえ浮かべ俺の座っている横に陣取る。


「あの……近くないですか?」

「お話するんだから、近くないと意味ないでしょ?」


 抗議のつもりだったのだが通じていないらしい。

 相変わらずマイペースな人だなと思った。


「ちょっと俺飲み物買ってきます!」

「いってらっしゃーい」


 牧野先輩に見送られ去って行く小次郎。

 お前さっき飲み物買ってただろ。変な気を使うのはあいつの長所であり、短所でもある。


「佐々木くん喉渇いちゃったのかな?」


 牧野先輩が天然で良かった。普通の人なら、きっと勘違いしているところだ。


「そうかもしれないですね。それで話ってなんですか?」


 牧野先輩に乗っかり、早く会話を終わらせようと自分から話題を振る。


「そうそう。今日ってバレンタインじゃない?」

「そうみたいですね」

「みたいって、海斗くんは気にしないの? もしかして……甘いモノ嫌い?」


 どうしてそこで寂しそうな顔をするのか。

 まさか……ここでチョコを渡すとか自殺行為しないよな?


「甘いモノは嫌いじゃないですよ。ただ、俺にとってバレンタインは、ただの平日ですから」

「海斗くん……なんだか可哀想」

「勝手に同情しないでください。俺は気にしてませんから」

「ふーん。でもチョコ貰えるといいね! 海斗くんならきっと貰えるよ!」

「何を根拠に……」


 俺は会話の流れ上仕方なく牧野先輩に聞く。


「ちなみに、牧野先輩は誰かにチョコあげたんですか?」

「うん? あっ……もしかして、気になる?」


 途端牧野先輩がニヤニヤと破顔した。

 しまったと思ったときには遅く、更に身を寄せてじゃれてきた。


「教えてほしい? 海斗くん気になるんでしょ?」

「結構です。あと、近いです」

「もぅ~。私わかるんだからね」


 わかってないのはあなたです。肩が触れ合い先輩の熱が伝わってくる。

 花のような香りが鼻腔をくすぐり、一瞬意識が飛びそうになる。


「とにかく離れてください。皆が見てますよ」

「えっ? ご、ごめんね!」


 指摘すると牧野先輩は頬を赤く染め、パっと離れた。

 相変わらずこういったことに免疫がない先輩。

 自ら近づいて自爆すること多数。いつの間にかそれに慣れてしまった。


「先輩は少し自覚した方がいいですよ。先輩は人気者なんですから」

「え~。そんなことないよ。私は普通だよ?」

「普通じゃないから言ってるんです。迷惑する人だっているんですから」

「海斗くんは……その、迷惑に思ってる?」


 涙目になりながら不安げに聞いてくる先輩。

 そんな顔をされたら迷惑とは言えない。


「別に思ってないですよ」


 結局いつも受け入れてしまう辺り、俺もダメなんだろうなと思いつつ。


「俺はそういうの気にしませんから」


 フォローしてしまうのが意志の弱さだろうか。


「よかった。海斗くんに嫌われたら私泣いちゃうよ、きっと」


 どうして? と薮蛇をつつくことはしなかった。

 だって、それを聞いてしまったら、きっと何かが変わる気がしたから。

 俺はまだ変化することを望んでいない。

 結局一番の悪者は自分なんだと心に刻む。


「大げさですよ。ただの後輩なんですから」

「そうだね。海斗くんは私の後輩だね」


 そこで会話が途切れる。少し肌寒い風が頬を撫でた。


「それじゃあ私戻るね。ちょっと寒くなってきちゃった」

「そうですね。俺も戻ります」

「佐々木くん待ってなくていいの?」

「いいんです。きっと……いや、何でもないです」

「そう? それじゃあバイバイ」


 手を振って去って行く先輩を見送る。

 タイミングを見計らったかのように小次郎が戻ってきた。


「悪い悪い。自販機見つからなくて」

「白々しい。お前さっき飲み物買ってただろ」

「ははっ。それでどうだったんだよ?」

「お前が想像してるようなことは何も起こってないよ」

「そっか。まぁなんだ、チョコの一つや二つ貰えなくても、死にはしないさ!」

「何でお前が慰めてるんだよ。俺は気にしてないって言っただろ」

「まあまあ。帰りにどっか寄ってくか?」

「仕方ない。付き合ってやるよ」


 本当にこの友人は気を使いすぎる。

 ただ、そういうところも含めて良いやつではあるのだが。

 調子に乗るから本人には言わないけど。


 * * *


 放課後小次郎に付き合い、一人で歩く帰り道。

 思い返すのは昼間の牧野先輩とのやり取り。

 別に期待していたわけではないが、少しだけその可能性は考えていた。

 しかし、終わってみれば以外とあっさりしたものだ。

 別にショックを受けるわけでもなく、いつもと変わらない日常が終わるだけ。


「バレンタインなんて縁遠いイベントだし。最初から貰えるなんて思ってなかったさ」


 誰に聞かせるでもなく言い訳めいた言葉を口にする。

 吐き出した言霊は風にさらわれ、誰に届けるでもなく霧散した。


「遅いよ海斗くん。ずっと待ってたんだよ」

「えっ? 牧野先輩?」


 なぜか自宅の前に牧野先輩がいた。

 どれくらいの時間待っていたのだろう。

 先輩の手は赤くなっており、それだけで俺の心は揺れてしまう。


「おかえり」

「ただいまです」


 そんな間の抜けた会話を交わしつつ、先輩を自宅へとあげる。


「とりあえず部屋に行っててもらえますか。今暖かい飲み物持っていきますから。それと、エアコンつけていいですからね」

「ふふっ。そんなに気を使ってくれなくていいよ」

「ダメです。寒い中待たせてしまった俺が悪いんですから」

「海斗くんは真面目だな~。勝手に待ってた私が悪いのに」

「それでもです。風邪でもひかれたら俺が困ります」

「そこは心配ですからって言って欲しかったな~」


 残念そうに笑う先輩を部屋に行かせ、俺はホットココアを準備する。

 家にあるのがココアだけなので、先輩にはこれで我慢してもらおう。

 準備を整え自分の部屋のドアを開ける。

 先輩はテーブルの前に座って部屋を眺めていた。


「そんなに見ても何もありませんよ」

「何か見られて困るモノはないのかな? うん?」

「期待している所申し訳ないですが、その手のモノはありませんよ」

「海斗くんってばおじいさん?」

「れっきとした高校生ですよ俺は」

「あっ、なんか甘い匂いがする~」


 すんすんと鼻を鳴らす先輩。なんだか犬みたいだなと益体のないことを思った。


「ホットココアなんですけど、よかったですか?」

「私ココア大好き! ありがとう~」

「まあ嫌いって言われても家にあるのこれだけなんですけどね。どうぞ」


 先輩の前にマグカップを置く。先輩はマグカップを手に持つと、しばらく口を付けずに手を温めていた。

 改めて先輩に頭を下げる。


「すいませんでした。寒い中、長々とお待たせしてしまって」

「もう気にしないでいいよ~。さっきも言ったけど、勝手に待ってたのは私なんだから」


 先輩は笑顔でそう言うが、赤く染まった手を見ると、どうにもいたたまれない気持ちになる。


「そうかもしれないですけど、それでも待たせてしまったことには変わりありませんから」

「本当に真面目だね海斗くんは。そんなところが、海斗くんの良い所でもあるんだけどね」

「褒めてもココア以外出ませんよ」

「ココアで充分だよ。ありがと」


 一旦会話が止まる。嫌な静寂ではないのが不思議だ。

 何だかんだで先輩とも長い付き合いになったなと思っていると。


「あっ、大事なこと忘れるところだった」


 先輩が鞄をゴソゴソと弄り、中から可愛らしいラッピングの施された箱を取り出す。


「はい! これ海斗くんへのプレゼント」

「俺の誕生日は今日じゃありませんよ」

「知ってるよー。いいから開けてみて」


 なぜ俺の誕生日を知っているのか疑問だが、とりあえず今は脇に避けておく。

 言われた通りラッピングを綺麗に剥がし、箱を開ける。


「これ……チョコですね」


 予想だにしない出来事に、そんな当たり前の発言が口を突いて出た。

 箱の中にはハート型のチョコが入っていた。

 シンプルながらも、たぶん市販品ではないのだろう。

 少し不恰好な形をしている所が先輩らしい。


「これって……手作りですか?」

「そうだよ。友達にあげる分を作ってたら材料が余ってね、それで海斗くんの分も作ったの」

「そういうことですか。義理チョコってやつですね」

「もしかしたら本命かもよ?」

「顔がニヤついてますよ。それに本命だったら、本命とは言わないでしょう普通」

「ちぇー。海斗くん動揺しなさすぎっ!」

「びっくりはしてますよ」

「本当に?」


 先輩が顔を綻ばせて楽しそうにしている。


「はい。正直驚きました。まさか先輩から貰えるとは思っていなかったですから」

「本当に驚いてる? 顔がいつもとおんなじだけど……」

「いや、本当に驚いてますよ」


 ただ顔に出ないよう気をつけてはいるけど。

 顔に出そうものなら先輩はからかってくるだろう。

 それが分かっているだけに、意地でもポーカーフェイスを貫き通す。


「ならよかった。本当は昼間渡そうと思ってたんだけど、人目があったでしょ? だから、こっそり家の前で待ってたの。どっきり大成功だねっ!」


 それで待っていたのか。やっと解消された疑問に思わず破顔する。


「あっ! 海斗くん笑った! せっかく笑うと可愛いんだから、もっと笑った方がいいよー」


 ああ。やっぱり先輩は天然だ。

 さらっとそんなことが言える辺り、計算より性質が悪い。


「余計なお世話です。先輩こそ無闇にそういうこと言わない方がいいですよ」

「えー? そういうことって、どういうこと?」

「分からないならいいです。せっかくなので、食べてもいいですか?」

「うん! 食べて食べて」


 先輩が見つめる中、一口齧ってみる。

 口の中にほんのりと甘さが広がり、チョコの香りが鼻を抜けていく。


「おいしいです。ココアとも合いますね」

「本当に!? ちょっと甘さ控えめにしたんだけど、平気?」

「ええ。俺甘いの苦手なので、丁度いいです。本当に」

「よかったぁ~。男の子は甘いの苦手かなーって思って、甘さを抑えておいて正解だったね!」

「本当においしいですよ。ありがとうございます」


 改めてお礼を言うと、先輩は嬉しそうに笑ってくれた。


「あっ、私も食べていい?」


 俺の返事を待たずに、先輩が齧りかけのチョコを食べる。


「味見したんじゃないですか?」

「味見はしたよ~。でも見てたら食べたくなっちゃって」


 えへへと恥ずかしそうに笑う先輩。

 恥ずかしいのは俺も同じだ。何せ、間接キスされたのだから。

 この後どう食べようか思案していると。


「海斗くんが食べ終わるまで待ってるね」


 そんな風に退路を断たれてしまった。

 先輩が口を付けた部分を回避しつつ食べ進めていると、いよいよ残ったのは先輩が口を付けた場所だけ。

 俺が一思いに齧り付いた瞬間────


「間接キス……しちゃったね」

「ぶはっっ!! ごほっ、ごほっ!」


 絶対今のは確信犯だった。

 俺が食べる瞬間を見計らって言ったに違いない。


「先輩……いまのはわざとですね?」

「え~、なんのことかわからないよ~」


 とぼける先輩に恨みがましい視線を送りつつ、ココアを口に含む。

 すると、先輩が人差し指を唇に押し当てながら、ちゅっと音を立て、頬を朱色に染める。

 恥ずかしいならやらなければいいのにと思いつつ、顔が上気するのを感じた。


「……甘かったね」

「ビターでしたよ……」


 照れ隠しにそう言うのが精一杯で、まともに先輩の顔を見ることができなかった。

 その後は他愛もない会話をして、先輩が帰るのを見送り一日が終わる。


「あっ……。ホワイトデーのお返ししないと……」


 牧野先輩のことだ。普通のお返しでは満足してくれないだろう。

 きたるべきホワイトデーに備えて頭を悩ませていると、携帯電話が鳴った。

 ディスプレイを確認すると、牧野先輩の名前。

 通話ボタンを押し電話に出ると、先輩の弾んだ声が聞こえた。


「ホワイトデーのお返し、期待してるね」

「丁度考えてた所ですよ。先輩は何が欲しいですか?」

「それは海斗くんが考えないとダメだよ~。でも、私は海斗くんから貰える物だったら何でも嬉しいよ」

「そうですか……。考えておきますね」

「うん! 楽しみにしてるね!」

「あまり期待はしないでくださいよ?」

「海斗くんなら大丈夫。自信持っていいよ!」

「何ですかその根拠のない自信は。切りますよ?」

「あっ、待って! 海斗くん、まだ外にいるの?」

「はい。そうですけど」

「空が綺麗なの! 見える?」


 先輩に言われ見上げると、空が綺麗な茜色に染まっていた。


「見えますよ。綺麗な茜色ですね」

「でしょ! 海斗くんと同じ景色が見れて良かった~」

「大げさですよ。先輩って本当に不思議な人ですね」

「そう? 自分では普通だと思ってるんだけど」

「変な人は大抵みんなそう言いますよ」

「あーー! いま、変な人に格下げされた!」


 否定はしないんだと苦笑しつつ、切りますねと言って通話を終了する。


「本当、不思議な人だな……」


 気が付けば近くに居て、それが当たり前になりつつある。

 そんな日常がいつまで続くかわからないけど、大事にしようと思えた一日だった。

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