番外編 バレンタインSS
更新できなくてすいません。せっかくなのでバレンタインショートストーリーを書きました。楽しんでいただけたら幸いです。
朝登校したばかりの俺を襲ったのは、小次郎のニヤニヤ顔だった。
「おっす海斗。今日は楽しいバレンタインだな!」
何がそんなに嬉しいのか小次郎は得意顔をしていた。
無性に腹がたつのはなぜだろうか。
「朝から嬉しそうだな」
「そりゃそうよ。今日は年に一回のバレンタインなんだ。準備は万端だぜ!」
「年に二回も三回もあったらびっくりだけどね」
「またいつにも増してクールだねお前も。楽しくないのか?」
「バレンタインの何を楽しめと? ただの平日じゃないか」
「そうかそうか。わかったぞ俺は」
一人納得した顔をしている小次郎。
より一層うっとうしさが増した気がした。
「お前はもう貰えるあてがあるもんな。羨ましいなぁ~。あの牧野先輩からチョコ貰えるんだもんな」
「何を勘違いしているのか知らないが、牧野先輩から貰えるってのはお前の妄想だ」
「またまた~。もう約束してるんだろ?」
「してないよ」
「えっ? 本当に?」
「だから言ったろ。それはお前の妄想だって」
「でも……いや……まさか……」
俺の横でぶつぶつ独り言を言う小次郎。
本当に何を根拠に勘違いをしているのか。
牧野先輩がチョコをくれるなんて、それは夢物語の話だ。
俺は最初から何も期待していない……というか期待以前に牧野先輩とは別に何でもないのだから。
「納得したなら席に戻れよ。そろそろ授業始まるぞ」
「あ、うん。何か悪かったな」
小次郎はバツの悪そうな顔をしながら席へ戻って行った。
大概あの友人も変に気を使う所があるなと思った。
そして始業開始のチャイムが鳴り、いつもと変わらない一日が始まる。
* * *
午前の授業も終わり昼休み。
俺は小次郎と共に中庭のベンチに座り昼食を食べていた。
「はぁ~~~。未だにチョコゼロとはどうなってんだ……」
大きな溜息と共に愚痴る小次郎。
二酸化炭素を撒き散らすこの友人が少し憐れに思えてきた。
「なぁ小次郎。どうして最初から貰えると思ってるんだ?」
「だってバレンタインにチョコがゼロなんておかしいだろ!」
「ちなみに聞くけど、今まで貰ったことは?」
「ないっ!!!」
「悪いけど、その時点で察しろよ」
現在進行形で貰えないやつが、貰える確率はどれくらいなのか。
それは子供でも解ける簡単な問題なのではないだろうか。
「俺は朝から準備してたんだ……。机の中を綺麗にしたり、下駄箱を綺麗にしたり……」
「無駄な努力に終わりそうだな。ご愁傷様」
「お前だってまだゼロだろ? 仲間だな!」
「俺は最初から気にしてないって言ったろ。仲間意識を持つのはやめてくれ」
「冷たいなー。あぁ冷たい。海斗にはもう少し優しさが必要だと思うね」
「小次郎に優しさを向けるのは無駄だからな」
「それはひどくない!? 俺達友達だよね!?」
「さぁ。それはどうだろう」
ひどいだの何だの喋っている友人を無視し、昼食を胃の中に収める。
自販機で買っておいたお茶を喉に流し込んでいると、周りがざわつき始めた。
それだけで察しがつくのだから、牧野先輩という人は迷子とか無縁そうだなと思った。
「あっ、海斗くんだ! お昼食べてたの?」
俺の予想通り牧野先輩が中庭にやってくる。
途端に肌を突き刺すような視線が飛んできた。
どうしてこう、皆俺を敵視するのだろうか。
別に俺は何もしていないというのに。
「もう食べ終わりましたけどね」
「なんだ残念。一緒に食べようと思ってたのに」
「それは良かった。俺はまだ死にたくないですからね」
「え~~なにそれ。ひどい」
全然残念そうな顔をしていない牧野先輩。
むしろ笑顔さえ浮かべ俺の座っている横に陣取る。
「あの……近くないですか?」
「お話するんだから、近くないと意味ないでしょ?」
抗議のつもりだったのだが通じていないらしい。
相変わらずマイペースな人だなと思った。
「ちょっと俺飲み物買ってきます!」
「いってらっしゃーい」
牧野先輩に見送られ去って行く小次郎。
お前さっき飲み物買ってただろ。変な気を使うのはあいつの長所であり、短所でもある。
「佐々木くん喉渇いちゃったのかな?」
牧野先輩が天然で良かった。普通の人なら、きっと勘違いしているところだ。
「そうかもしれないですね。それで話ってなんですか?」
牧野先輩に乗っかり、早く会話を終わらせようと自分から話題を振る。
「そうそう。今日ってバレンタインじゃない?」
「そうみたいですね」
「みたいって、海斗くんは気にしないの? もしかして……甘いモノ嫌い?」
どうしてそこで寂しそうな顔をするのか。
まさか……ここでチョコを渡すとか自殺行為しないよな?
「甘いモノは嫌いじゃないですよ。ただ、俺にとってバレンタインは、ただの平日ですから」
「海斗くん……なんだか可哀想」
「勝手に同情しないでください。俺は気にしてませんから」
「ふーん。でもチョコ貰えるといいね! 海斗くんならきっと貰えるよ!」
「何を根拠に……」
俺は会話の流れ上仕方なく牧野先輩に聞く。
「ちなみに、牧野先輩は誰かにチョコあげたんですか?」
「うん? あっ……もしかして、気になる?」
途端牧野先輩がニヤニヤと破顔した。
しまったと思ったときには遅く、更に身を寄せてじゃれてきた。
「教えてほしい? 海斗くん気になるんでしょ?」
「結構です。あと、近いです」
「もぅ~。私わかるんだからね」
わかってないのはあなたです。肩が触れ合い先輩の熱が伝わってくる。
花のような香りが鼻腔をくすぐり、一瞬意識が飛びそうになる。
「とにかく離れてください。皆が見てますよ」
「えっ? ご、ごめんね!」
指摘すると牧野先輩は頬を赤く染め、パっと離れた。
相変わらずこういったことに免疫がない先輩。
自ら近づいて自爆すること多数。いつの間にかそれに慣れてしまった。
「先輩は少し自覚した方がいいですよ。先輩は人気者なんですから」
「え~。そんなことないよ。私は普通だよ?」
「普通じゃないから言ってるんです。迷惑する人だっているんですから」
「海斗くんは……その、迷惑に思ってる?」
涙目になりながら不安げに聞いてくる先輩。
そんな顔をされたら迷惑とは言えない。
「別に思ってないですよ」
結局いつも受け入れてしまう辺り、俺もダメなんだろうなと思いつつ。
「俺はそういうの気にしませんから」
フォローしてしまうのが意志の弱さだろうか。
「よかった。海斗くんに嫌われたら私泣いちゃうよ、きっと」
どうして? と薮蛇をつつくことはしなかった。
だって、それを聞いてしまったら、きっと何かが変わる気がしたから。
俺はまだ変化することを望んでいない。
結局一番の悪者は自分なんだと心に刻む。
「大げさですよ。ただの後輩なんですから」
「そうだね。海斗くんは私の後輩だね」
そこで会話が途切れる。少し肌寒い風が頬を撫でた。
「それじゃあ私戻るね。ちょっと寒くなってきちゃった」
「そうですね。俺も戻ります」
「佐々木くん待ってなくていいの?」
「いいんです。きっと……いや、何でもないです」
「そう? それじゃあバイバイ」
手を振って去って行く先輩を見送る。
タイミングを見計らったかのように小次郎が戻ってきた。
「悪い悪い。自販機見つからなくて」
「白々しい。お前さっき飲み物買ってただろ」
「ははっ。それでどうだったんだよ?」
「お前が想像してるようなことは何も起こってないよ」
「そっか。まぁなんだ、チョコの一つや二つ貰えなくても、死にはしないさ!」
「何でお前が慰めてるんだよ。俺は気にしてないって言っただろ」
「まあまあ。帰りにどっか寄ってくか?」
「仕方ない。付き合ってやるよ」
本当にこの友人は気を使いすぎる。
ただ、そういうところも含めて良いやつではあるのだが。
調子に乗るから本人には言わないけど。
* * *
放課後小次郎に付き合い、一人で歩く帰り道。
思い返すのは昼間の牧野先輩とのやり取り。
別に期待していたわけではないが、少しだけその可能性は考えていた。
しかし、終わってみれば以外とあっさりしたものだ。
別にショックを受けるわけでもなく、いつもと変わらない日常が終わるだけ。
「バレンタインなんて縁遠いイベントだし。最初から貰えるなんて思ってなかったさ」
誰に聞かせるでもなく言い訳めいた言葉を口にする。
吐き出した言霊は風にさらわれ、誰に届けるでもなく霧散した。
「遅いよ海斗くん。ずっと待ってたんだよ」
「えっ? 牧野先輩?」
なぜか自宅の前に牧野先輩がいた。
どれくらいの時間待っていたのだろう。
先輩の手は赤くなっており、それだけで俺の心は揺れてしまう。
「おかえり」
「ただいまです」
そんな間の抜けた会話を交わしつつ、先輩を自宅へとあげる。
「とりあえず部屋に行っててもらえますか。今暖かい飲み物持っていきますから。それと、エアコンつけていいですからね」
「ふふっ。そんなに気を使ってくれなくていいよ」
「ダメです。寒い中待たせてしまった俺が悪いんですから」
「海斗くんは真面目だな~。勝手に待ってた私が悪いのに」
「それでもです。風邪でもひかれたら俺が困ります」
「そこは心配ですからって言って欲しかったな~」
残念そうに笑う先輩を部屋に行かせ、俺はホットココアを準備する。
家にあるのがココアだけなので、先輩にはこれで我慢してもらおう。
準備を整え自分の部屋のドアを開ける。
先輩はテーブルの前に座って部屋を眺めていた。
「そんなに見ても何もありませんよ」
「何か見られて困るモノはないのかな? うん?」
「期待している所申し訳ないですが、その手のモノはありませんよ」
「海斗くんってばおじいさん?」
「れっきとした高校生ですよ俺は」
「あっ、なんか甘い匂いがする~」
すんすんと鼻を鳴らす先輩。なんだか犬みたいだなと益体のないことを思った。
「ホットココアなんですけど、よかったですか?」
「私ココア大好き! ありがとう~」
「まあ嫌いって言われても家にあるのこれだけなんですけどね。どうぞ」
先輩の前にマグカップを置く。先輩はマグカップを手に持つと、しばらく口を付けずに手を温めていた。
改めて先輩に頭を下げる。
「すいませんでした。寒い中、長々とお待たせしてしまって」
「もう気にしないでいいよ~。さっきも言ったけど、勝手に待ってたのは私なんだから」
先輩は笑顔でそう言うが、赤く染まった手を見ると、どうにもいたたまれない気持ちになる。
「そうかもしれないですけど、それでも待たせてしまったことには変わりありませんから」
「本当に真面目だね海斗くんは。そんなところが、海斗くんの良い所でもあるんだけどね」
「褒めてもココア以外出ませんよ」
「ココアで充分だよ。ありがと」
一旦会話が止まる。嫌な静寂ではないのが不思議だ。
何だかんだで先輩とも長い付き合いになったなと思っていると。
「あっ、大事なこと忘れるところだった」
先輩が鞄をゴソゴソと弄り、中から可愛らしいラッピングの施された箱を取り出す。
「はい! これ海斗くんへのプレゼント」
「俺の誕生日は今日じゃありませんよ」
「知ってるよー。いいから開けてみて」
なぜ俺の誕生日を知っているのか疑問だが、とりあえず今は脇に避けておく。
言われた通りラッピングを綺麗に剥がし、箱を開ける。
「これ……チョコですね」
予想だにしない出来事に、そんな当たり前の発言が口を突いて出た。
箱の中にはハート型のチョコが入っていた。
シンプルながらも、たぶん市販品ではないのだろう。
少し不恰好な形をしている所が先輩らしい。
「これって……手作りですか?」
「そうだよ。友達にあげる分を作ってたら材料が余ってね、それで海斗くんの分も作ったの」
「そういうことですか。義理チョコってやつですね」
「もしかしたら本命かもよ?」
「顔がニヤついてますよ。それに本命だったら、本命とは言わないでしょう普通」
「ちぇー。海斗くん動揺しなさすぎっ!」
「びっくりはしてますよ」
「本当に?」
先輩が顔を綻ばせて楽しそうにしている。
「はい。正直驚きました。まさか先輩から貰えるとは思っていなかったですから」
「本当に驚いてる? 顔がいつもとおんなじだけど……」
「いや、本当に驚いてますよ」
ただ顔に出ないよう気をつけてはいるけど。
顔に出そうものなら先輩はからかってくるだろう。
それが分かっているだけに、意地でもポーカーフェイスを貫き通す。
「ならよかった。本当は昼間渡そうと思ってたんだけど、人目があったでしょ? だから、こっそり家の前で待ってたの。どっきり大成功だねっ!」
それで待っていたのか。やっと解消された疑問に思わず破顔する。
「あっ! 海斗くん笑った! せっかく笑うと可愛いんだから、もっと笑った方がいいよー」
ああ。やっぱり先輩は天然だ。
さらっとそんなことが言える辺り、計算より性質が悪い。
「余計なお世話です。先輩こそ無闇にそういうこと言わない方がいいですよ」
「えー? そういうことって、どういうこと?」
「分からないならいいです。せっかくなので、食べてもいいですか?」
「うん! 食べて食べて」
先輩が見つめる中、一口齧ってみる。
口の中にほんのりと甘さが広がり、チョコの香りが鼻を抜けていく。
「おいしいです。ココアとも合いますね」
「本当に!? ちょっと甘さ控えめにしたんだけど、平気?」
「ええ。俺甘いの苦手なので、丁度いいです。本当に」
「よかったぁ~。男の子は甘いの苦手かなーって思って、甘さを抑えておいて正解だったね!」
「本当においしいですよ。ありがとうございます」
改めてお礼を言うと、先輩は嬉しそうに笑ってくれた。
「あっ、私も食べていい?」
俺の返事を待たずに、先輩が齧りかけのチョコを食べる。
「味見したんじゃないですか?」
「味見はしたよ~。でも見てたら食べたくなっちゃって」
えへへと恥ずかしそうに笑う先輩。
恥ずかしいのは俺も同じだ。何せ、間接キスされたのだから。
この後どう食べようか思案していると。
「海斗くんが食べ終わるまで待ってるね」
そんな風に退路を断たれてしまった。
先輩が口を付けた部分を回避しつつ食べ進めていると、いよいよ残ったのは先輩が口を付けた場所だけ。
俺が一思いに齧り付いた瞬間────
「間接キス……しちゃったね」
「ぶはっっ!! ごほっ、ごほっ!」
絶対今のは確信犯だった。
俺が食べる瞬間を見計らって言ったに違いない。
「先輩……いまのはわざとですね?」
「え~、なんのことかわからないよ~」
とぼける先輩に恨みがましい視線を送りつつ、ココアを口に含む。
すると、先輩が人差し指を唇に押し当てながら、ちゅっと音を立て、頬を朱色に染める。
恥ずかしいならやらなければいいのにと思いつつ、顔が上気するのを感じた。
「……甘かったね」
「ビターでしたよ……」
照れ隠しにそう言うのが精一杯で、まともに先輩の顔を見ることができなかった。
その後は他愛もない会話をして、先輩が帰るのを見送り一日が終わる。
「あっ……。ホワイトデーのお返ししないと……」
牧野先輩のことだ。普通のお返しでは満足してくれないだろう。
来るべきホワイトデーに備えて頭を悩ませていると、携帯電話が鳴った。
ディスプレイを確認すると、牧野先輩の名前。
通話ボタンを押し電話に出ると、先輩の弾んだ声が聞こえた。
「ホワイトデーのお返し、期待してるね」
「丁度考えてた所ですよ。先輩は何が欲しいですか?」
「それは海斗くんが考えないとダメだよ~。でも、私は海斗くんから貰える物だったら何でも嬉しいよ」
「そうですか……。考えておきますね」
「うん! 楽しみにしてるね!」
「あまり期待はしないでくださいよ?」
「海斗くんなら大丈夫。自信持っていいよ!」
「何ですかその根拠のない自信は。切りますよ?」
「あっ、待って! 海斗くん、まだ外にいるの?」
「はい。そうですけど」
「空が綺麗なの! 見える?」
先輩に言われ見上げると、空が綺麗な茜色に染まっていた。
「見えますよ。綺麗な茜色ですね」
「でしょ! 海斗くんと同じ景色が見れて良かった~」
「大げさですよ。先輩って本当に不思議な人ですね」
「そう? 自分では普通だと思ってるんだけど」
「変な人は大抵みんなそう言いますよ」
「あーー! いま、変な人に格下げされた!」
否定はしないんだと苦笑しつつ、切りますねと言って通話を終了する。
「本当、不思議な人だな……」
気が付けば近くに居て、それが当たり前になりつつある。
そんな日常がいつまで続くかわからないけど、大事にしようと思えた一日だった。