第7話 きちゃった
小次郎から逃げ出した翌日。
俺は学園を欠席していた。登校する気分にもなれず、小次郎から言われた言葉が頭から離れなかった。
ここ最近牧野先輩に近づきすぎたかもしれない。そんな後悔ばかりが胸の奥を締め付けていた。
もう二度と関わらないと決めたのに……。
あんなみじめな思いをするくらいなら、初めから関わらなければいいのだから。
気が付くと、外は茜色に染まっていた。
窓から差し込む夕日が俺の心を映しているようだ。
鬱々とした気分のままベッドから起き上がると、途端にインターホンが来客を告げる。
重い身体を起こすと、二階の自室から玄関先まで応対しに行く。
「どちら様ですか?」
がチャッと扉を開けると、そこに居たのは牧野先輩だった。
「えへへ。きちゃった」
どうしてこのタイミングでこの人は来るのだろう。
俺は会いたくないのに。
「どうして家が分かったんですか?」
「いきなりごめんね。住所は佐々木くんに聞いたの。あの、風邪大丈夫?」
心配そうに見つめる牧野先輩。
風邪とはなんの話だろうと思ったが、たぶん今日の欠席理由だろう。
それにしても小次郎は余計なことをしてくれる。
しかし来てしまったものを、無理に追い返すことも俺にはできなかった。
「立ち話もなんなので、どうぞ」
「お邪魔します」
そう言って牧野先輩は、家の敷居を跨ぐのだった。
正直本当にお邪魔だと思ったのは内緒だ。
牧野先輩は興味深そうに家の中をきょろきょろと見回している。
「俺の部屋二階なので、先に上がっててください。上がってすぐの部屋ですから」
牧野先輩を先に行かせ、俺は飲み物と貰い物のお菓子を持って上がる。
自分の部屋のドアを開け、テーブルに飲み物とお菓子を乗せる。
牧野先輩は床に座り、きょろきょろと部屋を観察していた。
「そんなに見ても大して面白くもないですよ」
「あっ、ごめんね。男の子の部屋に入るのって初めてだから、ちょっと興味が湧いちゃって。失礼だよね」
「いや、別にいいですけど。そんなに見ても何もないですよ?」
「えー。ちょっとえっちな本とかないの?」
「あるわけないじゃないですか」
「いつも私にえっちなことするくせに?」
「……」
何を思い出したのか頬を紅潮させて、一人でうんうんと唸り始めてしまった。
だから恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。
「結局先輩は何をしにきたんですか?」
「鳴沢くんのお見舞いだよ? 風邪ひいてるんでしょ?」
「先輩すいません。それはたぶん嘘です。今日はただのズル休みです」
「えー! 心配して損しちゃったー。でもズル休みはダメだよ?」
「ちょっと考えたいことがあって」
「悩み事? 私でよければ聞くよ!?」
喜び勇んで身を乗り出す牧野先輩。
悩みの種を前にして、直接言えるはずもなかった。
「気にしないでください。大したことじゃありませんから」
「そう? 私ならいつでも相談に乗るからね」
どうしてこの人はこんなにも優しいのだろう。
どうしてこの人は、こんなにも綺麗なのだろう。
だから俺は──
「じゃあ相談に乗ってもらってもいいですか? 牧野先輩。もう俺に話かけないでくれませんか?」
先輩を傷つけた。自分の意志で、自分の言葉で先輩を傷つけた。
「え……?」
先輩の目から一筋の光がこぼれる。
次第にそれは止めどなく溢れ、そして先輩は涙を流したまま帰って行った。
先輩の居なくなった部屋で、ぼーっとしていると、すっかり空は暗くなっていた。
「ねよ……」
ベッドに倒れ込むと、仰向けに寝転がる。
腕を瞼に押し付け、嗚咽を漏らす。
「これでよかったんだ。これで……」
俺は最低なのかもしれない。それでもこの選択を、後悔することはしたくなかった。