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幸せの大樹  作者: 高崎司
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第6話 戸惑い

 そして梅雨も明けると、もうすぐ夏休みがやってくる。

 しかし学生としてはその前に一大イベントを乗り越えなくてはならない。

 つまる所、中間考査が近いのである。

 そんな気分も鬱々としてくる日の放課後。

 友人の小次郎に誘われて学園内の図書館に足を運んでいた。

 図書館は試験勉強目的の生徒でいっぱいである。

 館内にはノートをめくる音と、それを書き写すカリカリとした音が響いている。

 俺達も適当な席を見つけ、着席すると試験勉強を始めた。

「今回の中間考査の範囲ってさ、どっからどこまでだっけ?」

 小次郎は赤点組か。俺は心の中で合掌した。

「今更な質問だな。授業聞いてなかったのか?」

「実は部活で疲れて寝ちゃっててさ。わりい! ノート見せてくれ!」

 目の前で手を合わせると、小次郎は頭を下げた。

 まあ小次郎はサッカー部でレギュラーを張っている。だからと言って授業中に眠るのもどうかと思うが、今回は初めてなので大目に見てやることにした。

「しょうがないな。今回だけだぞ」

「恩に着るよ。サンキュー、海斗」

 嬉しそうにノートを受け取ると、さっそく小次郎は写し始めた。

 俺も自分の勉強をすることにした。文系は得意なのだが、理系はあまり自信がない。

 なので今日は理系科目を中心にやることにした。

 そして一時間ほど過ぎた時。にわかに館内がざわめきだす。

 喧騒の中心には予想通り牧野先輩と榊先輩がいた。

「あっ! 牧野先輩と榊先輩じゃん。こっち来ないかな~」

「向こうは気付いてないだろ。いいから勉強しようぜ」

 騒がれても困るので小次郎に釘を刺しておく。

 しかし、牧野先輩がこちらに気付いてしまった。榊先輩に耳打ちすると、二人揃ってこちらへやってくる。

「隣いい?」

 にこやかな笑顔で隣に座る牧野先輩。向かい側の小次郎の隣には榊先輩が座った。

「なんかイヤそう~。いま露骨にイヤな顔したでしょー?」

「してませんよ。言いがかりです」

 正直なんでこっちに座るんだと思ったが、今更言ってもしょうがない。

「せっかくだから勉強教えてあげようか?」

 こちらへくっ付くようにして身を寄せる牧野先輩。

 途端にふわっと甘い香りが鼻孔をくすぐった。

 ロングの黒髪の毛先が頬に触れ、少しくすぐったい。

 距離を開けるように背中を仰け反らせると、向かい側に座る榊先輩と目が合った。

 榊先輩はニヤニヤすると口パクで伝えてきた。

『よかったね』

 完全に勘違いしている。俺にそんな気はない。

 俺が榊先輩に否定の念力を送っていると、横からグイっと腕を掴まれた。

「ねえ聞いてる? ここ、間違ってるよ」

 牧野先輩が指差したのは、先程俺が解き終わったばかりの問題だった。

「え? 本当ですか?」

 間違いを指摘されたことより、牧野先輩に指摘されたという事実の方が青天の霹靂だった。

 正直いつもの天然ぶりをみていると、そんなに頭がいいようには見えない。

「ほんとほんと。ここはこの公式を使って──」

 すらすらと淀みなく動く手は答えを導き出す。

「ほんとだ……。先輩って頭よかったんですね」

「どういう意味かな? ねえ、鳴沢くん?」

「え、いや、ちょっと先輩?」

 据わった目でこちらを睥睨し、いまにも飛びかからん獣のような殺気。

 俺は生命の危機を感じた。

「まあいいや。ちゃんと教えてあげるから見せて」

 殺気を引っ込めると先輩は丁寧に教えてくれた。牧野先輩の教え方はとても分かりやすく、閉館するまで集中して勉強することができた。


 その帰り道。

「今日はありがとうございました。おかげで助かりました」

「鳴沢くん熱でもあるの?」

 そう言って額と額をコツンと合わせる牧野先輩。

 突然のことに反応できなかった俺は、咄嗟に身を引こうとしたのだが。

「ダメ。ちょっと待って」

 と、牧野先輩に頬をガシっと掴まれ、しばらくの間黙って熱を計られた。

 俺は小次郎や榊先輩のいる前でされるがままになっていた。

 小次郎が「いいなー」と羨ましそうに見ている。変われるものなら変わってくれ。

 榊先輩は「あらあら~」といつものニヤニヤ笑顔。もうこの人は放っておこう。


「熱はないみたいだね。よかったぁ」

「ないですよ。どうしていきなりこんなことしたんですか?」

「だって~。鳴沢くんが素直にお礼を言うなんて、熱でもあるのかと思って」

「俺だってお礼くらい言いますよ。失礼ですね」

「ごめんね。怒った?」

「怒ってませんよ」


 しつこく謝る先輩を引っぺがし、俺は小次郎と一緒に帰った。

 その帰り道。

「海斗ってさ、牧野先輩と仲いいよな」

「あれをどうみたらそう思うんだよ」

「だって牧野先輩と親しい男子って、海斗くらいのもんだぞ?」

「うそつけ。あれだけモテるんだから、男友達の一人や二人いるだろ」

「いやいや。それがそうでもないんだって。牧野先輩が男と喋ってるの見たことねーもん」

「……。たぶん小次郎がみたことないだけだよ。本当そんなんじゃないから」

「あっ! 海斗!」


 小次郎の声を後ろに、俺はすたすたと先を歩く。

 やがて追いついた小次郎が、突拍子もないことを言った。


「あのさ……牧野先輩って、海斗のことが好きなんじゃない?」

「だからそんなんじゃないよ。ただの先輩と後輩だから」

「じゃあさ。何で海斗はそんなつらそうな顔してるわけ?」

「──ッ!」


 思わずビクッと反応した俺は、小次郎の制止を振り切りその場から逃げだすのだった。

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