第2話 お礼の気持ち
昨日から一夜明けて翌日。
現在進行形で俺は自己嫌悪に陥っていた。
結局朝起きても昨日のことが忘れられず、気分は鬱々としていた。
それを見かねた友人の小次郎が元気づけようと朝から頑張ってくれていたが、次第に諦めたのか俺の近くにくることもなくなった。
そんな状態で迎えた昼休み。
未だに机の上でぐてーっとへこんでいる俺に、友人の焦ったような声が頭上から降ってきた。
「海斗。お前なにしたんだよ」
「ん? なにが?」
「お前に会いに、牧野先輩が来てるんだけど」
「……えっ!?」
ぐるっと首がもげるんじゃないかという程の俊敏さで教室の入り口を見る。
すると確かに牧野先輩が気まずそうにして立っていた。
しかも大勢のギャラリーを引き連れて。
それはそうだろう。三年生の先輩が一年生の教室に来ること自体が異常なのに、よりにもよって“あの”牧野先輩だ。
(最悪だ。あんなに目立ってあの人は天然なのか?)
とにかくこの状況を何とかしなければならない。
俺は急いで立ち上がると、好奇の視線に晒されながら牧野先輩の元へ向かう。
俺に気付いた牧野先輩は、ほっと安心したような顔をする。
おいおい。それじゃ勘違いされるだろ。
案の定それを見ていた生徒達、主に女子生徒が、キャーっと色めき立つ。
そして向かい合う先輩と俺。
なんだこれ。公開処刑もいい所だぞ。
「あ、あの……。昨日のことなんだけど……」
牧野先輩は視線を下に向け、恥ずかしそうにモジモジとしている。
そして色めき立つ女子生徒。男子からは敵意の視線。本当勘弁してくれ。
「先輩ちょっと来てください」
俺が牧野先輩の腕を掴み歩き出すと、我慢できなくなった女子生徒の悲鳴が爆発した。
人気のない場所まで来ると、掴んでいた先輩の腕を離す。
そして開口一番。
「先輩はバカなんですか!?」
「ば、バカってなによー! 人がせっかく──」
「あのですね。先輩みたいな有名人があんなことしたらこうなることくらい、わかりますよね?」
「え……? あ、その、ごめんなさい」
牧野先輩はしゅんとして項垂れてしまった。
そんな先輩の様子に昨日のことがフラッシュバックした俺は、言いすぎましたと言って謝る。
そして訪れる沈黙。気まずいことこの上ない。
「それにしても先輩。よく俺の教室が分かりましたね」
「う、うん。それはね。ネクタイの色で一年生っていうのは分かってたから。でも探すの大変だったんだよ~」
「もしかして……しらみつぶしに探した。何て事はありませんよね?」
俺は恐る恐る聞いた。もしそんな事実があるなら、俺の学園生活は終わったようなものだ。
「探したよ? だってどこのクラスか分からないじゃない」
どうやら俺の学園生活は脆くも崩れ去ったらしい。
「先輩は本当にバカですね。はぁ~」
「だ、だって~。どこのクラスか分からないし、しょうがないじゃない」
「もういいですよ。それより用件はなんなんですか?」
「そうだった! あの実はね、これ……」
そう言って先輩が取り出したのは、可愛らしくラッピングされた袋だった。
「なんですかそれ?」
「あの、昨日助けてもらったお礼にって。あっ、でも別にいらなかったら捨ててもいいからね!」
そう言って押し付けるように袋を渡すと、脱兎の如く去って行こうとする先輩。
「待ってください。その、俺も昨日は言いすぎました。すいません」
そう言って謝った。恐る恐る先輩の方を見ると、先輩はきょとんとした顔をしていた。
「別に気にしてないよ。それに、昨日のは心配して言ってくれたんだよね?」
そう言って優しい笑顔を浮かべる先輩。
ああ……。この人は優しい人なんだ。
「別にそういうわけでもないですけど」
天邪鬼な俺はぶすっとした態度で照れ隠しする。
「ふふ。そういえば、きみの名前聞いてなかったね」
「鳴沢です。鳴沢海斗」
「鳴沢海斗君。うん! 覚えたよ。昨日は本当にありがとうね!」
そう言って最後は笑顔で立ち去る先輩。
不思議な人だな。怒ったり笑ったり表情がコロコロと変わる。
ただ心臓に悪いので、急な来訪は止めていただきたいと思うのだった。
昼休みが終わってクラスに戻ると、予想していた通りの展開になった。
男女関係なく俺の席に殺到すると、根掘り葉掘り質問大会が始まる。
それを何とか躱している内に、気付けば放課後になっていた。
今日は体力的にも精神的にも満身創痍なので、とっとと帰ることにした。
自宅に着いてからまずベッドにダイブ。
一休みしたら先輩から貰った袋を鞄から取り出す。
開けてみると、そこには不格好なクッキーが入っていた。
「はは。先輩不器用なんだな。意外」
サクッと小気味いい音を立てるクッキーは、しかしちょっとしょっぱかった。
「味も微妙だし。無理して作らなくてもいいのに」
そういいながら食べる手は止まらない。
そして気が付けば完食していた。
それにしても変な先輩だったな。
正直学園一の美少女だともてはやされて、お高くとまった嫌なやつかと思っていた。
しかし全然そんなことはなくて。逆に──ってどうでもいいか。もう会う事もないと思うし。
また明日からは普通の学園生活だ。
やっと解放された喜びと少しの寂しさを感じながら、眠りにつくのだった。