第16話 幸せの大樹
教室の窓から吹き込む風は、春の匂いがした。
文化祭以降先輩と話す機会もなく、気がつけば先輩の卒業が近づいていた。
そんなある日。
俺はひとつの決意を固め、放課後の廊下を歩いていた。
帰宅する生徒の波に逆らい、先輩のいる教室まで辿り着く。
教室の扉は開いており、俺はばれないようにこっそりと中を覗く。
先輩は一番後ろの席に座り、クラスメイトと談笑していた。
俺は覚悟を決め足を踏み出す。そして、教室の中へと入っていった。
上級生の教室を闊歩する俺の顔に、チクチクと突き刺すような視線が向けられる。
俺が迷わず先輩の席に向かっている途中で、先輩が俺の存在に気付いた。
そして、先輩の目の前に立った俺は、
「結衣先輩。いまお時間いいですか?」
と、一息に言い切った。
先輩はといえば、最初こそきょとんとした顔をしていたのだが、すぐに気を取り直すと、何も言わずに立ち上がる。
そして、俺は早足になりながらも、先輩を連れ出す事に成功した。
俺は無言で先輩を先導し、廊下をどんどん進んでいく。
途中、先輩が「どこまで行くの?」と聞いてきたが、「付いてきてください」とだけ答えて歩き続けた。
そして────一本の樹の元へと辿り着く。
そこは……先輩と出会った始まりの場所だった。
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俺は樹を背にして先輩と向かい合い、ゆっくりと話し始める。
「結衣先輩。俺たちの出会いを覚えてますか?」
「もちろん覚えてるよ。あの時は本当にありがとう。海斗くんが助けてくれなかったらって思うと、いまでも怖くなる時があるの」
「いえ。あの時は誰であろうと同じ事をしたと思いますよ」
「それでもだよ。改めて、ありがとうって言わせてほしいな」
先輩が微笑むと、柔らかな風が頬を撫でた。
とても穏やかな時間だと思った。
でも、俺はいまからそれを、自分の手で壊そうとしている。
スーッと息を吸い込み、深呼吸をする。
春の匂いが混じった空気を胸一杯に吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
やっとここまでこれた気もするし、遅かった気もする。
そして、俺は意志を乗せた瞳で先輩を見つめた。
先輩も真剣な眼差しを返してくれる。
準備は整った。
あとは、俺の想いを言葉に乗せるだけ……。
その時、背中を押すように風が吹き、
そして俺は言の葉を紡いだ。
「結衣先輩が好きです。俺と……付き合ってください!」
俺の見つめる先。先輩は驚いたように顔を歪め、そして大粒の涙を流した。
俺はそっと先輩に近づくと、ハンカチを取り出して手渡す。
「うっ、ぐす……ありがとう。またハンカチ借りちゃったね」
先輩が涙を拭いながら泣き笑いのような表情を浮かべる。
「そんな事気にしないでください。先輩が泣いちゃったのは俺のせいなんですから」
「これはね……違うの。嬉しくて泣いちゃったんだよ。まさか、海斗くんから告白してくれるなんて思ってなかったから。あのね……本当に私でいいの?」
先輩が不安そうに上目遣いで見つめてくる。
俺はそっと笑いかけながら、素直な気持ちを吐き出した。
「先輩じゃなきゃだめなんです。俺がずっと一緒にいたいのは、先輩だけなんですよ」
「うん……。うん! 海斗くん!!」
そして、先輩が勢いよく抱きついてきた。
俺の首に腕を回し、肩に顔を押し付けて泣きじゃくる。
その涙は喜びの涙だと、俺はもう知っている。
だから俺は、先輩の頭をそっと抱き寄せた。
「ぐす……ぐす……。海斗くんはさ、この樹の伝説って知ってる?」
「もちろん知ってますよ。そのためにここまで付いてきてもらったんですから」
この樹は『幸せの大樹』と呼ばれ、古くから学園に伝わる、言い伝えみたいなものがあった。
曰く────
【この樹の下で愛を誓った二人は、永遠の幸せを手に入れる】
というものだった。
「そっか……。でもいいの? これで一生離れられないんだよ?」
「なに当たり前の事を言ってるんですか。俺だって離す気はありませんよ。先輩が嫌だって言っても、離したりしませんからね」
「ふふ。海斗くんって意外と男らしい所があるんだね」
「真剣に言ってるんですから茶化さないでくださいよ」
「ごめんごめん。でも、言葉だけなのかな?」
先輩が何かを求めるように見つめてきた。
俺はそんな先輩に向かって、そっと顔を近付けていく。
そして……先輩の唇へとそっとキスをした。
「んっ……」
先輩の甘い吐息が鼻腔をくすぐり、幸せな気分になる。
「んっ……ぷぁ……」
唇を離すと、もう一度先輩が抱きついてきた。
今度は俺の腰に手を回し、がっちりとホールドしてくる。
「結衣先輩。ほかの人に見られたらどうするんですか?」
「いいの。海斗くんとなら、誰に見られても平気だから」
今まで見たことのない側面すらも愛しいと思えた。
これが恋なんだと、俺は理解する。
それから陽がどっぷりと暮れるまで、俺達はお互いのぬくもりを感じていたのだった。
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────それから少しの時間が経ち、今日は旅立ちの日。
結衣先輩の卒業式だった。
体育館に全校生徒が集まり、恙無く卒業式が進行していく。
俺は体育館の中程に座りながら、一番前に座っている先輩の後姿を眺めていた。
そして、下級生の送る言葉が終わり、校長の閉めの挨拶が終わると、あとはおもいおもいの時間を過ごすのみとなる。
俺は小次郎と軽く喋ってから、そっと体育館を後にした。
そして大樹の元へ歩を進める。
そこには、大樹を見上げる先輩の姿があった。
俺はそんな先輩の後姿に声をかける。
「ご卒業おめでとうございます」
俺の声に振り返った先輩は笑顔だった。
「ありがとう海斗くん。でも、私が卒業した後が心配だなー」
「何か心残りでもあるんですか?」
俺は不思議に思い、問いかける。
先輩は頬を膨らませると、少し機嫌の悪い素振りを見せた。
「だって……葵ちゃんだっているし。それに……海斗くんモテるし」
「葵は関係ないですし、俺がモテるなんてありえませんよ」
「海斗くんって人気あったんだよ? 私の友達でもいいなって言ってた子多かったし」
それは初耳だった。
しかし、今の俺には関係のないことだ。
目の前には大好きな先輩がいて、これ以上は何もいらないとさえ思える。
「でも、告白とかされたことないですよ?」
「それはたぶん……」
言いにくそうにしている先輩。
俺は続きを促す。
「何を言われても気にしませんから、教えてくださいよ。ここで止められたら逆に気になりますよ」
「そうだよね。実は皆、私と海斗くんが既に付き合ってると思ってたみたいなの。だから遠慮して告白とかしなかったんだと思うよ」
「そうだったんですか!? でも、告白とかされなくてよかったです」
「どうして?」
「だって、俺は結衣先輩に出会った時から、結衣先輩の事が好きだったと思うんです。だから、きっと告白されても断ってましたよ」
「────ッ!?」
先輩が頬を赤く染め咳き込んでいる。
そういう先輩の、初心な反応が可愛いと思ってしまう。
素直に口にしたら怒られるだろうか?
そんな事まで考えていると、
「ごっほん。それより海斗くん」
と、聞こえた先輩の声に耳を傾ける。
「あの日の約束、忘れてないよね?」
「もちろんですよ。これからもずっと、俺は結衣先輩から離れるつもりはありません」
「ふふ。約束破ったら針千本だからねっ!」
先輩はおどけて言うが、実際にやりそうだから怖いなと思った。
「じゃあ、先輩が約束を破った時には何をしてくれるんですか?」
「えっ? ん~~。もし、もしだよ? もし私が約束を破った時には、海斗くんの言う事なんでも一つ聞いてあげる!」
「言いましたね? もう撤回できませんよ?」
俺はニヤリと口角を上げる。
先輩はウッと後ずさり、なぜか赤面していた。
「え、えっちなことはダメだからねっ!?」
念押しをするように、ズバッと俺を指差す先輩。
「そんなこと言いませんよ。あっ、でも、一つだけお願いがあるんですけど……いいですか?」
「な、なにかな?」
そんな露骨に警戒しなくても……。
俺は先輩に一歩近付く。
そして、先輩の柔らかな手を取り、しっかりと指を絡めた。
「少しの間、このままでいてもいいですか?」
「しょ、しょうがないなぁ~。ちょっとだけだよ?」
恥ずかしさと嬉しさの混じった先輩の顔を見て、俺はまた幸せを噛み締める。
すると、頭上からヒラヒラと舞い落ちてきた一片の桜が視界に飛び込んできた。
二人揃って大樹を見上げると、そこには満開の桜が咲き誇っていた。
それはまるで、二人を祝福するかのように……。
そして、これからの二人を照らす道標のようにも思えた。
俺と先輩は手を繋いだまま踵を返し大樹を後にする。
俺の耳に、『幸せの大樹』が風に煽られ葉を揺らす音が届いた。
その音はまるで、『またね』と言っているように聞こえた気がした。
今までお付き合いくださった読者の方々。本当にありがとうございました。
反省点も多かったですが、最後まで書ききる事ができてよかったです。
この物語はここで完結しますが、アナザーストーリが続きそうな余韻が残せたらいいなと思い、最後に『また』という単語を入れました。格好つけですね笑
ここからは今後の執筆スタイルについてお話をさせてください。
今後は二万~五万字の間で数作品書こうかなと思っています。
と言いますのも、中篇を数作品書ききる事により、構成力アップと執筆速度向上を計ろうかなと思いまして……。あとは、最後まで書ききってから投稿をすることにより、読者様をお待たせすることなく読んで頂きたいと思っているためでもあります。遅筆に加え、『毎日執筆する』というのも難しいので、完結させてからの投稿の方が良いかな、と考えた結果です。
もしまた拙作をお目にかかる機会がありましたら、是非読んでいただけると嬉しく思います。
それでは、長文乱文失礼いたしました。最後にもう一度、読者様に最大級の感謝を込めて、ありがとうございました!
高崎司




