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幸せの大樹  作者: 高崎司
16/17

第15話 文化祭当日、そして気付く想い

 文化祭当日。天気は快晴で絶好の文化祭日和だった。

 当日の準備も終わり、あとは開始を待つだけである。

「そろそろ文化祭が始まるわね」

 葵が俺の隣に来て言った。既にメイド服に着替えており、教室に華を添えている。

「お客さん来てくれるといいですね」

「私がいるのよ? 来ないわけがないわ」

 自信満々な様子の葵。

 そんな葵と言葉を交わしていると、開始を告げるチャイムの音が鳴り響いた。

「それじゃあ呼び込みに行ってくるわね」

「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」

「あら、心配してくれるのかしら?」

「一応は。ほら、早く行かないといい場所取られちゃいますよ」

「わかってるわよ。海斗も頑張りなさいよ」

 葵が教室を出て行く。

 いよいよ文化祭の始まりだ。

 ・

 ・

 ・

 葵の呼び込みのおかげなのか、お昼前から徐々に混み始め、いまや教室は満席状態だった。

 皆が慌しく動いている。

 調理場は簡易的な衝立の後ろにあり、客席からは見えないようになっていた。

 その裏方で、俺は調理に煽られていた。

 矢継ぎ早に注文が入り、作っても作っても追いつかない。

 何とかついていくので精一杯だった。

「少し遅れ気味になってます! 大変だと思うけど、皆頑張って!」

 ホール担当の責任者が叱咤激励を飛ばす。

 調理組は返事を返しながら黙々と作業をこなした。

 そのかいあってか、お昼の山場を無事に超え、ようやく落ち着いてきた頃。

 一息ついて休憩していた俺に、

「海斗君、お疲れ様~。これでシフトは終わりだよ。後は文化祭を楽しんできてよ」

 責任者の女の子が労いの言葉をかけてくれた。

「お疲れ様です。少し早くないですか?」

 腕時計で時間を確認すると、予定時刻より少し早い。

「いいのいいの。海斗君頑張ってくれてたし、このあとはそこまで混まないと思うからあがっていいよ」

「そうですか。それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」

 遠慮するのも失礼かと思い、俺は素直に上がらせてもらうことにした。

 着ていたエプロンを脱ぎ、衝立に沿って教室前方から廊下に出ると、そこには既に結衣先輩が待ってくれていた。

「早いですね。待たせちゃいましたか?」

「あっ、海斗くん。ううん、いま来たところだよ」

 そんな初々しいカップルのようなやり取りをしてしまい、思わず笑ってしまう。

「ん~? 海斗くん、どうして笑ってるの?」

「すいません。何でもないですよ。気にしないでください」

 釈然としない結衣先輩を促し、俺達は並んで廊下を歩き始めた。

 廊下を歩いていると、各クラスの熱気が伝わってくる。

 どこのクラスも今日という日のために、一生懸命作業していたのだろう。

 文化祭を成功させようという熱意が熱気となって表れていた。

「海斗くんはお昼食べた?」

 歩きながら結衣先輩が聞いてくる。

「まだですよ。どこか入りますか?」

「そうだねー……あっ! ここで食べない?」

 丁度通り過ぎようとしていた教室を指差す先輩。

 二人そろって足を止め、教室の入り口に置かれている看板に目を通す。

 看板にはメニューが書いてあり、簡単な軽食だったらここで食べれるみたいだった。

「そうですね。結衣先輩がよければ、ここで食べましょうか」

「私は大丈夫だよ。それじゃあここで決まりね」

 俺と同学年の教室に二人で入ると、

「いらっしゃいませー。二名様ですか?」

 制服の上から割烹着を着た女子生徒が声をかけてきた。

「はい」

「こちらへどうぞ」

 俺が答えると、ウェイターの女子生徒が席まで案内してくれる。

 案内してくれたのは、机を二つくっ付けたテーブルに、椅子が向かい合わせに二脚置かれている、窓際の席だった。

 二人が向かい合って着席すると、

「ご注文がお決まりになりましたらおよび下さいませ」

 ウェイターの女子生徒がお決まりの台詞を言い残して去って行った。

「どれもおいしそうだね~。海斗くんはどれにする?」

 いち早くメニュー表を手に取ると先輩が聞いてくる。

「そうですね……俺はオムライスとコーラにします」

「オムライスおいしそうだよね~。私も海斗くんと同じのにするね!」

「飲み物も同じでいいんですか?」

「うん! 私、炭酸好きだから大丈夫だよ」

「わかりました。それじゃあウェイターさん呼びますね」

 俺は手を上げて「すいませーん」とウェイターさんを呼ぶ。

 ウェイターさんはすぐに気づいて、こちらへ来てくれた。

「ご注文はお決まりですか?」

「オムライス二つと、コーラ二つでお願いします」

 俺がウェイターさんに注文する。

「オムライス二つに、コーラ二つですね。畏まりました。……」

 と、ウェイターさんが注文を繰り返したのはいいのだが、なぜか俺達の顔をジッと見ている事に気がついた。

 気になった俺は、ウェイターさんに話しかける。

「あの……どうかしましたか?」

「あっ、すいません! いま限定のお飲み物が提供できるのですが、そちらに変更などいかがですか?」

 俺と先輩は目を合わせる。

 先輩が頷いたのを確認してから、「それでお願いします」と俺は言った。

「畏まりました。改めてご注文を繰り返させていただきます。オムライス二つと限定のお飲み物でよろしかったでしょうか?」

「はい」

「畏まりました。それでは、少々お待ちくださいませ」

 俺が返事をするとウェイターさんが去っていく。

「限定の飲み物ってなんだろうね?」

 先輩がわくわくした様子で聞いてきた。

 意外と子供っぽい所のある結衣先輩だ。楽しみで仕方ないのだろう。

「なんですかね。変な物じゃないといいのですが……」

 俺は少しの不安を抱えながら、料理が運ばれてくるまで先輩と談笑を続けた。

 そして、待つ事数分。料理が運ばれてきた。

 テーブルには湯気を立てたオムライスが二つと、コーラの入った大きなグラス。

 そこまでならよかったのだが、そのグラスには二本のストローが刺さっていた。

 ストローはハートを描くような形をしており、ストローの飲み口が交差している。

 所謂、カップル専用の飲み物だった。

 それを目の前にして、俺と先輩は何とも言えない微笑を浮かべる。

「これって……そういうことだよね?」

 先輩が恥ずかしそうに言った。

 俺も赤面しているのを感じ、頷く事しかできないでいると、

「……どうする?」

 先輩が上目遣いで見つめてきた。

 先輩の言わんとする事は分かっているので、俺もすぐに反応が返せなかった。

 すると、先輩が恥ずかしそうに頬を染め、

「勿体ないし、飲もうか?」と言った。

 その言葉を聞いて更に赤面した俺は、首をこくこくと縦に振る事しかできなかった。

 無言のまま、オムライスを租借する音だけが響く。

 正直、味の良し悪しなんてわからなかった。

 そして、無言で食べ続けた結果、思ったよりも早くオムライスを完食してしまう。

 先輩の方をチラと見ると、目が合う。

 先輩も完食しており、残す所はこの恥ずかしい飲み物だけだ。

 どちらも無言で、相手の出方を窺う状況が続いた。

 ジッとしていても事態は好転しないので、俺の方から先輩に声をかける。

「ゆ、結衣先輩。そ、そろそろ……いきますか?」

「そそ、そうね。いきましょうか……」

 若干言葉使いのおかしくなった先輩が、ストローに口をつける。

「海斗くんも早く」と言いたげに、ストローを咥えたままこちらを見やる先輩。

 俺も意を決し、ストローに顔を近づけていく。

 そして、俺はストローを咥えると同時にコーラを飲む。

 ズズー、ズズーっと吸い込む音が響く。

 先輩の事が気になり、視線を持ち上げる。

 すると、先輩と目が合ってしまった。

「────っっ!!」

 そこで初めて、お互いの顔が近づいている事に気づく。

 目の前数センチのところに先輩の端正な顔があり、俺は顔が上気するのを感じた。

 先輩も頬を赤く染め、俺から視線を外す。

 そのまま無言で飲み続けること数分。

 何とかこの恥ずかしいイベントを乗り越えると、俺達はグッタリとした体を引きずるようにして教室を後にした。

 廊下に出ると、二人して大きなため息を吐く。

「休むどころか疲れちゃいましたね」

 俺が苦笑しながら先輩に言うと、先輩も苦笑いを浮かべて、

「そうだね。ちょっと恥ずかしかったね」と言った。

 しばらく廊下で立ち尽くしていると、午後の三時を告げるチャイムが鳴る。

 文化祭は五時終了なので、残り時間はあと二時間といったところか。

「先輩は他に行きたい所はありますか?」

「う~ん……そうね~。お化け屋敷とかどうかな?」

「いいですけど、先輩って怖いの平気な人ですか?」

「あ~! 私の事、馬鹿にしてるでしょ!? こう見えて幽霊とか信じないタイプなんだから!」

 それって既にフラグが立っているのでは……。

 頑なに怖くないと主張する結衣先輩先導の元、お化け屋敷目指して歩き出すのだった。

 ・

 ・

 ・

 一年生のやっているお化け屋敷に到着したのはいいのだが、先輩は教室の前で二の足を踏んでいた。

 入り口は黒い暗幕に覆われており、いかにもな雰囲気を醸し出している。

 室内は暗く、中が見えないようになっており、俺達の他にも入るかどうか迷っている人達が、廊下で待機していた。

「あの、先輩……別に無理して入らなくてもいいんじゃないですか?」

 俺は先輩を気遣って忠告したのだが、

「むむむ、無理なんてしてないよ!? か、海斗くんこそ怖いんじゃないの!?」

「俺は幽霊とか信じてないので平気ですけど……」

「そ、そうなのね。じゃ、じゃあ、入るわよ……ごくり」

 先輩が唾を飲み込む音が聞こえ、次いで俺の手を握ってきた。

 無意識の事なのかもしれないが、瞬間ビクッと体が跳ねる。

 そんな俺の様子に気づく事もなく、先輩に手を引かれながら入り口の暗幕をくぐる。

 予想通り中は薄暗く、通路脇に置かれている提灯の微量な灯りだけが頼りだった。

「へ、へぇ~~。結構雰囲気出てるのね」

 繋がった手からは、先輩の震えが伝わってきており、強がっているのは明らかだった。

 俺が先輩の手をギュッと握り返すと、先輩は一瞬こちらをチラと見て、それからギュッと握り返してくれた。

「そ、それじゃあ先に進みましょうか」

「そ、そうだね。早く行こうか」

 お互いに気恥ずかしくなってしまい、自然と早口になってしまう。

 通路に沿って進んでいくと、景色が少し変わった。

 墓石がひとつに雑草が少々。

 意外と手の込んだ内装に驚く。

 そんな中、結衣先輩はといえばガタガタと体を震わせていた。

「大丈夫ですか先輩?」

「だだ、大丈夫よこれぐらい。まだ何も起きていないじゃない」

 先輩がそう言った瞬間────突然目の前に、火の玉みたいな物体が現れた。

 よく見れば蛍光塗料の塗られた作り物だとわかるのだが、突然の事に驚いた先輩はそうもいかなかった。

「きゃっ、キャーーーーッッ!!」

 耳をつんざくような悲鳴をあげ、握っていた手を離すと、その場にしゃがみこんでしまう。

 両手を使って一生懸命に目を塞ぎ、見ないようにしている。

 それがなんだかひどく滑稽に見えて、俺は思わず笑ってしまう。

「ひ、ひどいよ海斗くん……。笑わなくたっていいじゃない……うぅ~~」

「すいません。なんだか可笑しくなっちゃって。先輩……どうぞ」

 そう言って先輩に手を差し出すと、先輩はおずおずと手を取り立ち上がる。

 目じりにはまだ涙の後が残っており、俺はそっとハンカチを差し出した。

「ありがとう海斗くん。これ、洗って返すから」

「いいですよ。気にしないでください。それよりどうしますか? このまま入り口まで戻りますか?」

 たぶん入り口まで戻った方が出口に向かうよりは早いだろう。

 そう思って先輩に打診したのだが、先輩はいやいやをするように首を振ると、

「このまま行きましょう」と言った。

 それから握っていた手を離すと、俺の腕にそっと腕を絡めてきた。

「せんぱい!?」

 うろたえる俺に対して、先輩が上目遣いで見つめてくる。

「出口まででいいから、掴んでてもいい?」

 そんな風に言われてしまっては断る事などできなかった。

「わかりました。それじゃあ先に進みましょうか」

 先輩と腕を組んだまま通路を進んで行く。

 その後も、こんにゃくが顔に当たれば悲鳴を上げ。

 生徒扮するミイラ風のお化けが出てくれば悲鳴を上げ。

 お化け屋敷からすれば、これ以上ないくらいの反応を見せる先輩。

 俺はといえば、先輩が悲鳴を上げる度に体が密着してくるので、楽しむ余裕などなかった。

 腕に押し付けられる先輩の柔らかな膨らみ。

 それを意識の外に追い出す事に全神経を注いでいた。

 やっとの思いで出口に辿り着くと、俺の心と体は限界を迎えた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 新鮮な空気がおいしいと感じたのは初めての事だ。

「海斗くん、そんなに怖かったの? だらしないなぁ~」

 そんな俺を見て、先輩が暢気に言う。

 俺が恨みがましい視線を向けると、先輩は目を逸らし、鳴ってもいない口笛を吹いて誤魔化した。

「まぁ、先輩が楽しかったのならいいですよ」

 俺が笑顔で言うと、先輩も笑ってくれた。

 と、文化祭の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

「終わっちゃいましたね」

「そうだね……」

 二人並んで廊下の窓から見上げた空は、すっかり茜色に染まっていた。

「今日は楽しかったよ。ありがとう、海斗くん」

 先輩の声が鼓膜を震わせる。

 俺は先輩の方に体を向け返事をする。

「いえ。楽しんでくれたのなら、誘った甲斐がありましたよ」

 それからしばらくの間、お互い言葉が途切れる。

 先輩は、少し寂しそうな顔をしていた気がした。

「楽しいのはここまでかなー。私もちゃんと、受験勉強しなくっちゃ」

 先輩の言葉で、現実を目の当たりにした気がした。

 文化祭が終わればあっという間に十一月になる。

 先輩が卒業するまで、あと半年しかなかった。

 今更ながら先輩と過ごす時間が残り少ない事に気付き、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。

 そして、そこで初めて、自分の気持ちにも気付いてしまった。

「それじゃあ海斗くん……またね」

「えっ? はい……」

 先輩が踵を返すと、先輩の背中がどんどんと遠ざかっていく。

 その遠ざかる背中を見つめながら、俺は呆けた様に立ち尽くしている事しかできなかった。

 ・

 ・

 ・

 ────数十分後。

 俺は自分の教室に向かってとぼとぼと歩いていた。

 教室の前に着くと扉を開け、中に入る。

 無人だと思っていた教室の窓を背に、こちらを向いて立っている人がいた。

 ──葵である。

 窓から吹き込む風が、葵の髪を揺らしている。

「おかえりなさい。文化祭は楽しめたのかしら?」

「まあ……ね」

「何かあったの?」

 俺の様子がおかしい事に気付いた葵が、心配そうに見つめてくる。

 俺はそれに答えることなく自分の席へと鞄を取りに行く。

 すると、葵も窓際から移動して、こちらへと歩いてきた。

 俺の隣に立つと、ジッと俺の顔を見つめてくる。

 それから、葵が息を吸い込む気配がした。

「やっと自分の気持ちに気付いたのね」

「────ッ!」

 逆に俺は息を吐出した。

 鼓動が早くなるのを感じる。

「気づくまでが長いのよ。そっか、そっかぁ~。過去に囚われていたのは、私の方かもしれないわね……」

 葵はそう言って苦笑した。

 俺は葵の気持ちに応えられないがゆえに、何も言葉を返してあげられなかった。

 すると、葵がすれ違う瞬間。

 肩をポンと叩いて、「頑張れ」と言ってくれた。

 しかし、すれ違いざまに見た葵の瞳からは、雫が流れ落ちていた……。

 それでも俺は何も言えず、一人残された教室で佇んでいた。

 最後のチャイムが鳴り止むまで、俺はずっと教室で立ち尽くしていたのだった。

 見回りの先生に声をかけられ、ようやく少し意識が覚醒すると、俺は無人の学園を後にした。

 そして気がつくと自宅に帰っており、いつの間にか眠りについていたのだった。

更新期間が空いてしまい申し訳ありません。急な告知になりますが、次話で最終話となります。作品は既に書き上がっており、あとは誤字脱字や修正のチェックをしてからの投稿となります。最終話の方、もう少々お待ちくださいませ。

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