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幸せの大樹  作者: 高崎司
13/17

第12話 嘘か真か

 翌日。昨日のこともあり、俺は夜野葵を警戒していた。

 しかし、クラスメイトと談笑する彼女は静かなもので、これといって特に動きを見せずにいた。

 俺は徒労に終わりそうな予感に安堵し、昼休みの訪れを待っていた。

 そして午前の授業も終わり昼休みになると、すぐさま教室を抜け出し中庭へと急行する。

 昨日と同じく購買でパンを購入し、途中の自販機で飲み物を買う。

 俺が中庭のベンチに着くのと小次郎がやってくるのは同時だった。

 昨日と同じようにベンチに座りパンを消化していると、これまた昨日と同じように先輩達もやってくる。

 ここ最近、何も言わずとも中庭に集合するのが当たり前の風景になりつつあった。

「やっぱりここに居たんだ。隣いい?」

「どうぞ。先輩なんですから気を使わないでください」

 結衣先輩が俺の隣に座り、榊先輩が小次郎の隣に座る。

 そして四人で談笑しながら昼食をとるのが最近のスタイルだった。

「んぐ、んぐ……海斗くん達は……もぐ、んむ……」

「結衣先輩。食べながら喋るのは行儀悪いですよ」

「んぐ、ゴク……ごめんごめん。海斗くん達は、文化祭の出し物、もう決まった?」

「まだですよ。今話し合いしてますけど、男子と女子で意見が割れてしまってて」

「どうゆうこと?」

「私達のときもそうだったじゃん結衣。男子は結衣のメイド服目当てでメイド喫茶やりたいって言って、女子はそれに反対するって感じ。もう忘れたの?」

「そういえばそんな事もあったね」

「これだから天然わ……」

 榊先輩がやれやれというように首を振る。言わずもがな、俺達のクラスも同じような状況であった。

 男子と女子で意見が割れ、決まるものも決まらずにいた。もうあまり時間がないので、そろそろ決めなくてはいけないのだが、なかなか意見に折り合いがつかないでいるのだった。

「やっぱり海斗くんも、女子のメイド服姿見たいとか思うの?」

「やっぱりって何ですか。俺は別に興味ないですよ」

「本当かな~? 海斗くんはむっつりなところがあるからな~」

「失礼な。俺ほど紳士な人間はいませんよ。人畜無害が服を着て歩いているようなものです」

 自分で言ってて悲しくなるが、世の男子高校生に比べれば、幾分か自制が効いている方だと思ってはいる。

「小次郎君は絶対メイド喫茶派だよね!」

「俺は断定なんですか!? いや、まぁ、どちらかと言えば肯定派ですけど。うちのクラスも転校生の夜野葵目当てで、男子達はメイド喫茶推しですしね」

「あ~。彼女可愛いもんね。澪もそう思うでしょ?」

「確かに可愛いとは思うけど、ちょっと裏がありそうな感じはするかな」

 さすが榊先輩。女の勘が鋭いのか、結衣先輩とは違い、ちゃんと本質を掴んでいた。

「そうかな~? 彼女可愛いと思うんだけどな~」

 このちょっと抜けた所のある先輩は、自分が敵視されている事に気づいているのだろうか……。

 絶対気づいていないんだろうなと思いつつ、俺がしっかりしなければと改めて決意を固めたその時。

「あっ、鳴沢君」

 昨日と同じように夜野葵率いる団体がこちらへとやってきた。

 昨日より二名増えており、夜野葵の形成するグループといった感じだ。

 一人は眼鏡をかけた、いかにも引っ込み思案な文化系女子。

 もう一人も、クラスでは目立たないような地味な感じの女子だった。

 たぶん新たに加わった女子生徒同士は友達なのだろう。

 俺からすれば女王蜂と働き蜂のような関係に見えた。

「夜野さん、どうしたんですか?」

 警戒心を露にしながら答えると。

「ちょっと鳴沢君に用事があって。放課後予定空いてるかな?」

 少し頬を染めつつそんな事を言い放った。客観的に見れば告白の前準備に見える事だろう。彼女はそこまで計算してやっているのだ。

「問題ないですよ」

「それじゃあ、放課後体育館裏に来てくれる?」

「わかりました」

 体育館裏とはまたベタな。何より衆人環視の中言うような事ではないだろう。隣の空間から熱が消えたと思った時にはもう、結衣先輩が立ち上がったところだった。

「私達もう行くね。ほら、澪も早く行くよ」

「ちょ、ちょっと結衣、私まだ食べ終わってないんだけど……」

「いいから。次の授業遅れちゃうよ。それじゃあ海斗くん、またね」

「え、ええ……」

 慌しく去っていく結衣先輩達を見送り、こっそり腕時計で時間を確認する。

 昼休みが終わるには、まだ二十分ほど余裕があった。

「…………」

「どうかしたの?」

「いえ、なんでもないですよ……」

 白々しく聞いてくる彼女にイラっとしたが、いまどうこうできる事ではない。おとなしく放課後まで待つしかないだろう。

「それじゃあ鳴沢君、放課後空けといてね!」

 少し恥じらいながら去って行く後ろ姿を見つめていると、それまで黙っていた小次郎が話しかけてきた。

「なぁ海斗。この際だからはっきり聞くけど、お前……夜野さんと何かあったのか?」

「そのことについてはいずれ話すよ。いまはまだ……ごめん」

「そっか。まぁ、話したくなった時は聞くからさ。あんま思いつめんなよ?」

「ああ。ありがとう」

 食事を終えると、俺達も腰をあげ、教室へ戻った。

 そして午後の授業を消化し、放課後が訪れる。


 * * *


「じゃあな海斗。頑張れよ!」

 小次郎が先に帰り俺は席に座ってその時を待つ。教室を見渡せば、残っている生徒はそんなに多くはなく、夜野葵も取り巻きと一緒に談笑していた。

 そんな彼女を尻目に、俺は椅子を引くと立ち上がり、鞄を肩に引っかけながら教室から出る。

 廊下を一人歩き続け、一階へと下る階段に差し掛かった時、階段を下りてくる結衣先輩と偶然鉢合わせた。

 お互いにびっくりしてしまい、そのまま無言で見詰め合ってしまう。

 先に口を開いたのは結衣先輩だった。

「海斗くん。いまから帰り?」

「いえ、まだ帰りませんよ」

「あっ、そういえば放課後呼び出されてるんだったね。邪魔しちゃ悪いから私は先に帰るね。ばいばい!」

 どこか居心地の悪さを残して、結衣先輩はあっという間に去って行ってしまった。

「ふふ。動揺してるわね、彼女」

 と、背後から底意地の悪い声が耳朶を打った。

「あなたのせいですよ。余計な事を言うから」

 振り返ることなく言うと、夜野葵はくつくつと笑い声をあげた。

「見なくても私だってわかるのね。嬉しいわ」

「やめてください。吐き気がします」

「あら、つれないのね。まぁいいわ」

 そう言って彼女は俺を追い越すと、付いて来いと言わんばかりに一人でスタスタと歩き始める。

 渋々後を追い、一定の距離を保ちつつ付いていくと、昇降口で靴を履き替え、そのまま無言で歩き続けた。

 ほどなくして体育館裏に到着し、先を歩いていた彼女が振り返る。

 赤茶けた茶髪が翻り、陽光に照らされて輝いて見えた。

「さて、どうして呼ばれたかわかるかしら?」

「皆目検討もつかないですね」

「放課後、体育館裏、男と女。これでもわからない?」

「ええ。俺達にそんな甘い蜜事のような関係はありませんから」

「本当に?」

 彼女は一歩距離を詰めると、ジッとこちらの目を見つめてくる。

 吸い込まれそうなほど綺麗な瞳に見つめられる。普通の男子生徒であればそれでイチコロなのだろう。

 しかし俺には何の意味もなさない。彼女だってそれぐらいのことは理解しているだろうに。

「単刀直入に聞きます。用件はなんですか?」

「もしあの時別れたのが、本意ではないと言ったら?」

「質問に質問で返すのは関心しませんね。それに意味がわかりません」

 彼女はどういうつもりなのだろうか。真意を測りかねていると、また一歩彼女が近づいてきた。

 彼女との距離は目測で一センチぐらいだろうか。お互いの吐息が感じられるほど近い。

「そのままの意味よ。もし私とあなたが別れたのが本意ではなかったのなら、やり直すこともできるんじゃないかしら」

「何を言っているのか理解できませんね。あの時別れを切り出したのは、あなたですよ? しかも、罰ゲームで付き合っていただけだった……。そう言ったのは、あなたですよね?」

「確かにあの時はそう言ったわ。でも、それは本心ではなかったの。罰ゲームで付き合ったのは本当だけど、私はちゃんとあなたに恋をしていたわ。でも、友達からいつまで付き合っているんだと言われて、泣く泣く別れを告げたのが真実なのよ……」

 彼女はそう言って瞼を震わせた。いまにもその目から雫が零れ落ちそうで、そんな時に限って俺は声も出せなくて。

 何を話していいのかわからなくなってしまった。

 そして彼女が俺の胸に顔を埋め、声を枯らして言霊を紡ぎ出す。

「ごめんなさい……。いまでも後悔しているの。だから、私にやり直すチャンスをちょうだい……海斗」

「…………」

 ダメ押しとばかりに、かつてのように名前で呼んでくる葵。

 彼女の言っている事が真実だとしても、俺にはもう、彼女とやり直すという選択肢はなかった。

 彼女のせいで、所謂美少女と呼ばれる人種には嫌気が差していたのだ。

 確かに付き合っていた当時は楽しい思い出もあった。でも蓋を開けてみればただの罰ゲーム。

 彼女からしてみれば暇つぶしでしかなかったのだ。その事実を告げられた時は、正直に言うと打ちひしがれていた。

 幸せから一転、どん底まで叩き落された気分だった。それから恋という感情を抱いた事はなかったし、なるべく他人と関わらないように生きてきた。

「海斗……。やっぱりダメなの?」

 胸元から顔を上げ、涙目の上目遣いで見上げる葵。

「ごめん。俺にはもう、誰かと付き合うとか、そんな気はないんです」

「それには、あの先輩も含まれているの?」

 どうしてここで結衣先輩が出てくるのかわからないが、もちろん結衣先輩だろうが誰であろうが関係ない。

「もちろん。だから、もう離れてくれますか?」

 人が来ない場所とはいえ、こんな場面を誰かに見られれば誤解を招きかねない。

 そう思って言ったのだが。

「もう遅いと思うよ」

「えっ?」

 背後からガサっと地面を擦るような音が聞こえた気がした。首だけで振り返ると、走り去る女生徒の姿が瞳に映る。

 まずいなと思った。もし同じ学年、ましてや同じクラスの人間であれば、変な噂がたつかもしれない。

「いまの誰だと思う?」

 今までの涙目は鳴りを潜め、心底楽しそうな嘲笑を浮かべる葵。

「まさか──」

「牧野結衣先輩だよ」

「どうして先輩が……。先輩は帰ったんじゃ──」

「私が先輩に言っておいたの。少し時間が経ってから体育館裏に来てくださいって。海斗が大事な話があるみたいなので、と言ってね」

 二の句が告げなかった。まんまと嵌められたのだ。最初から葵の策略通りだったのか。

 それでも震える声音で訊ねる。

「先輩はいつからあそこに?」

「私が海斗に復縁を迫った辺りかしら」

 ようやく搾り出した声に返ってきたのは、そんな鋭利な刃物のような一言だった。

「……初めからそのつもりだったのか?」

「ええ。これで海斗と一緒に居ても、先輩は手出しできないでしょ?」

「最低ですね。あなたは何がしたいんですか」

「強いて言えば……海斗とやり直すことかな?」

「思ってもいないことをよくスラスラと言えますね。もういいです。これ以上俺に関わらないでください」

 俺は踵を返し、足音荒く歩き出す。

「ねえ海斗。これからもよろしくね?」

 投げかけられた言葉を無視して、俺は一人体育館裏を後にした。

 その足で校門を抜け、帰り道をとぼとぼと歩く。

 鮮やかな夕焼け空に照らされて歩く俺の心は、ちっとも晴れる気がしなかった。

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