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幸せの大樹  作者: 高崎司
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第11話 葵の素顔

 夜野葵も転校生の洗礼とでも言うべきか、休み時間になる度に質問責めにあっていた。

 幸いなことに、その間気にしなくてよかったので助かった部分もあった。

 そして時間も進み昼休みになると、俺は彼女の席を避けるように教室前方のドアから急いで廊下へと出る。

 そのまま急ぎ足で購買により適当にパンを買うと、中庭のベンチに腰掛け一息つく。

 途中自販機で購入したミネラルウォーターを喉に流し込んでいると、慌てた様子で小次郎がやってきた。

「そんな急いでどうしたんだよ?」

 隣に腰掛けた小次郎を見ると、心配そうな、不安気な顔をしていた。

 この友人が野次馬根性で首を突っ込もうとしていないのはわかる。

 ただ、信頼はしているのだが、どうにも喉から声が出てこない。

 俺はもそもそとパンを齧りながら沈黙で返した。

「まぁ、言いたくないなら別にいいよ。海斗が話してくれるまで待つから」

 そう言って笑う友人の顔を直視できず、俺は歯がゆい思いで下唇を噛み締める。

「そういえばそろそろ文化祭だよなー。海斗は誰かと周る予定あるの?」

 明らかな話題そらしに苦笑しながら、心の中で友人に感謝する。

「まだ決めてないよ。誰にも誘われてないしね」

「まじで!? 結衣先輩とかにも?」

「どうしてそこで結衣先輩の名前が出てくるのかは不思議だけど、そんな約束を交わした覚えはないね」

「私がどうかしたの?」

 突然横からはさまれた声にびくっとしながら視線を向けると、結衣先輩と榊先輩が一緒にこちらへ歩いてくるところだった。

 そのまま俺達の前まで来ると、ベンチに腰掛けようとしてくる。

 俺と小次郎は二人が座れるように場所をあけ、開いた場所に二人が座る。

「それでそれで、私がどうかしたの?」

 結衣先輩が興味津々な様子で俺の顔を見つめてくる。

 結衣先輩が犬だったら、きっと尻尾をふりふりしていることだろう。

 思わず想像してしまい一人で笑いを堪えていると。

「なにか失礼なこと考えてない……?」

 ジトっとした目で見られてしまった。俺は咳払いして呼吸を落ち着けると、今度こそ話していた内容を伝える。

「もうすぐ始まる文化祭を誰と周るか話していたんですよ。それで小次郎がその……結衣先輩に誘われてないのかって聞いてきて」

「あ~。そういえばもうすぐ文化祭なんだね~。忘れてたよ」

「結衣って本当天然だよね。それに私達は受験もあるから、純粋に楽しむことってできないと思うけどね」

「それは言わないで~。あんまり考えたくないんだから~」

「二人はもう進路決めてるんですか?」

「私は普通に大学に進学かな。まだやりたいことも決まってないし、とりあえずって感じで」

 榊先輩はどうやら進学組らしい。と言っても大半の人間が大学に進むとは思うけど。

「結衣先輩はどうするんですか?」

「私はね~……お嫁さんかな」

「…………」

「ちょ、ちょっと! 何か言ってくれないと恥ずかしいんだけど!?」

「いえ、すいません。どう返していいかわからなくて」

「海斗くん冷たい~。何かあったの?」

 その確信に触れるような問いに、果たして俺は何と答えたらいいのだろう。

 そうして俺が沈黙していると。

「そういえば結衣先輩達────」

 小次郎が話題をそらそうとしてくれたその時。

「あれ? 海斗?」

「葵……」

「海斗? 葵?」

 結衣先輩が不思議そうな顔で俺達二人を交互に見やっている。

 つい昔の癖で名前で呼んでしまった。後悔した時には遅く、結衣先輩も榊先輩も興味を持ってしまったらしい。その瞳は輝き、話をしたくてうずうずしているのがわかる。

 彼女を中央に両脇をクラスメイトの女子が固めていた。どうやら既に友達が出来たみたいだ。

 彼女の容姿と性格を考えれば友達作りなど容易い事なのだろう。ただし、それは表の顔だけを見ていれば、の話だが。

「夜野さん、どうしたんですか?」

 先ほど名前で呼んでしまったことを打ち消すように苗字で話しかけ、冷静を装う。

 しかし背中には冷や汗をかき、夏だというのに変な寒気までしてきていた。

「私はお昼を食べ終わって、学園を案内してもらっていたの。鳴沢君はお昼?」

 彼女の方も俺に合わせて苗字で呼んでくる。とりあえずはこれで誤魔化せるといいのだが……。

「ええ。友達と先輩と一緒にお昼を食べてました」

「先輩?」

 そこで彼女の顔が、俺の隣にいる結衣先輩へと向く。

 少し驚いた表情を浮かべた気がしたが、すぐ元の表情に戻った。

「すごく綺麗な人ね」

 そう言うわりにはすごく堂々としていた。両脇にいたクラスメイトが何事かを耳打ちする。

「牧野結衣先輩……で合ってますか?」

「うん。でも、どうして名前を知ってるの?」

「いま友達が教えてくれました。とても美人で、人気がある先輩だって」

「そんなことないよ~。あなたの方が綺麗だと思うよ」

 純粋にそう思ったからこそ言ったのであろうが、彼女にはそれが気に食わなかったらしい。

 こめかみをひくひくと痙攣させると、それを押し隠し笑顔を浮かべる。

「綺麗な人に綺麗っていわれると嬉しいですね。ありがとうございます」

「海斗くんと知り合いっぽかったけど、お友達?」

「ええ、まぁ。私は転校してきたばっかりなのですが、昔はこちらに住んでいたんです。鳴沢君ともそれで友達なんですよ」

「へぇ~そうだったんだ。何かわからないことがあったら聞いてね!」

「ありがとうございます」

 当たり障りのない会話を交わすと会釈して去って行った。正直二人が会話している途中、胃が痛くてしょうがなかったのだが、解放された喜びから大きなため息が出てしまった。

「うわっ! 海斗くんお疲れなの?」

「ええ……。もう早退したい気分です」

「そっかぁ~。保健室行くなら付き合うよ?」

「いえ、大丈夫です。先輩に甘えるわけにはいきませんから」

「気にしなくていいのに~。なんなら膝枕する?」

 ぽんぽんと膝を叩き、どうぞと両腕を広げ準備万端の結衣先輩。

 俺はそれを無視して立ち上がると、そのまま歩を進める。

「無視!? 海斗くん冷たいよ~」

 結衣先輩の泣き言を後ろに聞きながらふらふらとした足取りで歩いていると、追いついた小次郎が肩を貸してくれた。

「大丈夫か? 何があったのかは知らないけど、体調が悪いなら今日はもう帰った方がいいぞ」

「ありがとう。心配かけて悪いな」

「気にすんなよ。友達だろ?」

 ニヒルに笑う小次郎が少しだけ格好良く見えた。どうやら随分憔悴しているみたいだ。

 心配してくれる小次郎と別れ、一人男子トイレへ行く。用を足し終え男子トイレから廊下に出ると、夜野葵が目の前に立っていた。

 とんだ不意打ちをくらい、俺は慌てて戻ろうと踵を返そうとするが、彼女の声に先手を打たれる。

「逃げなくてもいいじゃない。私達の仲でしょ?」

「いまはただの他人だけどね」

「つれないのね。まぁいいわ。あの先輩には喋ったの?」

 ソレが何を指し示しているかは分かっていたが、あえて知らない振りをした。

「何の事かわからないけど、何も話してないよ。きみの裏の顔のこととかね……」

「裏の顔だなんて失礼ね。私は負けず嫌いなだけなの」

 ものは言いようだなと思った。確かに負けず嫌いではあるが、欲しい物は何としても手に入れるという項目を追加して欲しい。そして、罰ゲームと称し俺と恋人関係になっておきながら、あっさり振るという事実も。

「何か言いたそうな顔ね?」

「別になにも。ただ、学園では関わらないでもらえるかな」

「どうして? あの先輩に勘ぐられたくないから?」

「違うよ。ただ過去の事をいちいち吹聴する必要もないだろ?」

「そうね……。でも私はあの先輩、ちょっと気になるかな」

 そこで不遜な笑みを浮かべると舌なめずりをする。彼女は昔から自分が一番じゃないと気が済まないタイプの人間だった。自分より綺麗な人がいると、どんな手を使ってでも蹴落とすのが彼女の常套手段だ。

「もし先輩に何かするつもりなら、やめろ」

「あなたに何ができるのかしら? 私に振られて大泣きしてたあなたが」

「やめろっ!!」

 存外に大きな声が出てしまい、自分でもハッとする。ここは人通りの少ない場所ではあるが、それでも数人の生徒がこちらをチラチラと見ている。

 俺は一度深呼吸してから、静かに、しかし意志をはっきりと乗せた声音で言い募る。

「もしきみが先輩に手を出すなら、俺はきみを二度と許せないかもしれない」

「なにそれ。それで脅しのつもりなの? まぁいいわ。しばらくはおとなしくしてるから」

 そう言うと彼女は去って行き、残された俺は大きく息を吐き出す。

 正直心臓はいまにも止まりそうなほど早鐘を打っており、額からは汗が噴き出していた。

 とりあえず彼女の目的ははっきりした。俺がどこまでできるかわからないけど、なるべく結衣先輩の近くにいようと思った。

 図らずも関わりたくないと思っていた先輩に自ら近づく事になり、溜息と共に苦笑を浮かべるのだった。

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