第10話 それは突然に
夏休みも終わり、まだ残暑の厳しい九月半ば。
夏休み明けの初登校は憂鬱だった。
身を焦がす太陽が燦燦と輝き、薄い制服の下でじとっとした汗を促す。
久しぶりに登校してみると、夏休みデビューのように変わっている生徒達が数多くいた。
小麦色に焼けた肌、垢抜けた髪色、顔つきの変わった者。
千変万化のようなクラスメイトを睥睨しつつ、机に肘を乗せ、どことはない場所を眺めていると。
「おはようー。みんな席に着いてー」
我がクラスの担任がやってきた。まだ20代半ばと若い女性の担任は、クラスメイト達から人気があった。生地の薄いスーツに身を包み、少し大胆に露出された肌色部分。
ちらっと視線を向け、すぐにまた別の場所を見る。
「実はみんなに報告があります」
肩口で綺麗に切りそろえられた黒髪を靡かせ、笑顔で教室を見渡す。
ざわめく生徒達を見て満足したのか、一呼吸おいた後、話を再開する。
「こんな時期に珍しいことですが、転校生がこのクラスにやってきました」
その言葉を聞き一気に活気付くクラスメイト達。
男子は可愛いか綺麗か、そもそも女子なのかどうかなど。
女子はかっこいいか人ならいいな、女の子なら話やすい子ならいいな、などなど。
そんな期待を一身に背負った? 転校生に皆が注目していると。
「それじゃあ入ってきてくれる?」
「はい」
と、担任の合図を受けて教室前方のドアがスライドする。
返事をした声のトーンから、女子生徒だとわかった。
女子とわかるや否や、男子達が俄かにおどおどしだす。
革靴の硬質な音を響かせ女子生徒が担任の横に並ぶ。その姿を見て、机の上に乗せていた肘が横にずれ、ガタッと音を立てた。
「どうしたの鳴沢君?」
「いえ、なんでもありません……」
担任が呟いた名前に引っかかるものを感じたのか、転校生の女子生徒がこちらへ視線を向けた。
ばっちり目が合うと、女子生徒は一瞬目を見開き、すぐに表情を元に戻す。
遠くから小次郎の、何やってるんだよという視線を受け、俺は歯噛みする。
「それでは気を取り直して、自己紹介お願いできるかな?」
「はい。わかりました」
透き通るような声で返事をすると、黒板に向かって自分の名前を刻んでいく。
カツカツとチョークの削れる音が静かに響く中、俺の心臓は早鐘を打っていた。
そしてカツ……と静かに書き終えると教室全体が見渡せるように振り返る。
「皆さん初めまして。夜野葵と言います。昔こちらに住んでいたのですが、訳あって転校し、また戻ってきました。これから仲良くしてくれると嬉しいです」
そう言って頭を下げると、割れんばかりの拍手が起こった。主に男子生徒中心ではあるが、その真面目な態度から女子生徒達からも概ね好感触のようだ。
『仲良く』の部分でこちらに視線を向けられた気がしたが、気のせいだと思いたい。
夜野葵。俺は彼女の名前をよく知っていた。赤茶けた茶髪に鼻筋の通った美麗な輪郭。
目は涼やかな感じで少し釣り上がり気味ではあるが、そこがなんともクールな見た目と合っている。
制服のスカートから覗く足は細く、出る所はしっかりと出ていた。
そんな容姿端麗と形容して差し支えない女子生徒をなぜ俺が知っているのかというと、この表現が間違いでなければ────元彼女。
ということになるのだろう。俺としては忘れたい過去である。彼女のせいで今も俺はトラウマに囚われている。なぜそんな彼女がこの学園に転校してきたのかはさておき、俺は夜野葵から視線を逸らしつつ深呼吸する。
「夜野さんの席はあそこね」
担任が指示した場所まで歩く傍ら、ちらちらとこちらへ視線を投げかける転校生。
俺の様子がおかしいことに気づいた小次郎が気遣わしげな視線を送ってくる。
そんな中俺は、ただひたすら机に視線を落としこの場をやり過ごそうとしていた。
そしてチャイムが鳴り始め授業が開始されてからも、俺の心が落ち着きを取り戻すことはなかった。




