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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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ブリキの兵士

作者: 紫陽花
掲載日:2015/09/11

どこか別の世界。

 ――からん。

「うわ。ほんとに匙投げたやつがいるよ。」

「……だめだ。」

「だろうねえ……。」

「どうにもならねえ。」

「……じゃあどうする?」

「俺は、」

 真夜中。顰めるようにほんのりと明かりを灯し、その中での作業。

 その日は別に、普通に涼しい日だった。

 激しく体を動かしたわけではないが、汗が滴る。息も少し荒い。というか吐き出されるため息。それでもまだ諦められない。それ故に焦燥の息。

 そんなに清潔な場所でもない。なんといっても地下室だ。少し埃臭いくらい。それともこれは砂の匂いか。

 どうにもならないそれを見つめた、その時。

 開かれる、扉。

「だめだぞ、青柳(あおやぎ)。ものは大切に扱わないと。」

「頭殿、か。」

稲荷(いなり)、拾ってくれ。」

「はいはい。」

 それによって、空気が少しだけ、動いた。

 その日の涼しさ、夜の静けさが、少しだけ、入ってくる。

 触れる。

 揺れる。

「必要な時に必要なものが必要なだけ手に入る時代でも世界でもないからねえ。」

「は、一部の肥えた豚共を除いて、だろ。」

「それは、どうかな。」

「……。」

「ほらほら睨み合わない。んっとに今日は機嫌悪いなあ、青柳。」

「別に、そんなんじゃねえ。」

「で、彼の具合はどうかな?」

「そうそう、そのせいだったね、ご機嫌斜めの原因は。」

「……。」

「そうか。」

 一瞬場が静まる。

 視線が横たわるそれに注がれる。

「なら、」

「待て。」

 視線が移る。

「俺が、」

 重さが加わる。

「決める。」

 鋭さが増す。


  卵は鶏から生まれる。

  鶏は卵から?

  ではどちらが始まり?

 俺からしたらそんなもんはクズだ。

 これは持論でしかないが、

 鶏は、


 鶏から生まれる。

 卵を最初に生んだ鶏を探すよりも、生まれた卵をどうするかで手いっぱいだ。

 その卵は、紛争、貧困、格差、飢餓、病、そしてそこから、また鶏が生まれるのだ。

 具体的な例を挙げれば、脅威なのは“凱人(よろいびと)”だ。

 これは病に分類される。鎧病と呼ばれ、人々から恐れられている。

 そうはいっても、恐れているのは病気にかかる云々というよりも、その病に侵される人間が増えることだ。

 鎧病とは、つまり。

「鎧人だあー!逃げろおー!」

「やめろ!こっちに来るな!」

「いやあ!死にたくない!」

 その病に侵された者は、体が鎧のように高質化し、見境なく暴れ回り、病に罹っていない者を、

――襲い殺す。

 病気の原因は不明。

 予防法も不明。

 鎧病に罹ったものは、問答無用で排除される。そのための組織もある。

 でも発症する例なんて、ごくわずかだ。

 関係があるのは、ごくわずかな人間だ。

 普通に生きていて、係わる可能性はまずない。

 それよりもっと気をつけなければならない存在がある。

 それは賊みたいなもんで、それでいて、鎧人なんかと比べたら一般的な考えの持ち主であると、間違いなくいえる。

 なぜならば。

 賊として生きられるならば、そうして生きればいい。

 この世界では生き残るなんてことはだいぶ困難だ。

 そのわけは、さっきいったみたいな卵が蔓延ってるからだ。

 中でも残念ながら、危険度、遭遇率、共に最も高いといえるのが、兵医団。

 勘違いしてもらっちゃ困るのが、この世界で兵と呼ばれるものは、だいたいが出会っちゃならない存在だってこと。

 そして兵医団は最悪。

 いきなり襲い掛かっておいて、その傷を治療し、そして治療費を請求する。

 めちゃくちゃだ。

 とある、血族で成される兵団の連中は、奴らのことをカマイタチとかって呼んでたな。

 とにかくそんな奴らには絶対に会いたくない。

 そう思っていつも気をつけていたはずなのに。

 気をつけていたところで、狙われる原因は不明、退ける方法も不明。

 だからあれは、どうしようもないことだったんだ。

 治療痕を隠す包帯、鼻腔をおかす薬品のにおい、なのに清潔とは言えない暗がりに、明かりが、一つ。

 そこで目覚めたオレは、再び出会ってしまった。

「よお、目が覚めたか、埃臭いガキ。」

 薬品に交じって砂塵の匂いもした。これは部屋からというより、オレについているものだろう。

「か、金なんてないからなっ!」

「聞いてねえよ。」

「え、」

 寝台に寝かされていたオレの横で、椅子に腰かけてこっちを見てくる。

 いつからいた?

 ずっと?

 オレをここに寝かせてから、ずっと?

「なくても出せ。」

 横暴。

「お、お前がっ、そもそもいきなり蹴りかかってきて!」

「ああ。あのままほっといたら死んでたな。」

「……。」

「抜けて吹っ飛んだ歯も拾って埋め込んどいてやったぞ。よかったな、吹っ飛んだのが目玉じゃなくて。」

「……。」

 ちくしょう。

「だが、今日はもういい。」

「は?」

「お前、あれから丸三日寝てたんだよ。だから今はあの時と同じ時間、夜だ。だから、今はいい。」

「……。」

「眠くねえか?もう一度寝とけ。」

 なんで。

「ほら。」

 目の上から掌が被せられ、起き上がりかかった体も、再び横たえられる。

 横暴。

 なのに。

 その手は暖かかったし、寝かしつけられた動作も優しかった。

 でも、一応怪我人だからなのか、とか考える余裕はその時のオレにはなくて。

 ただ与えられたものにすべてを委ねただけだった。

 それは縋ったとも似ていて。

 なんで。

 微睡に沈むのにそれなりの時間がかかったはずなのに、最後までその手が外れることはなかったのか。

 けれど、もう一度その部屋で目覚めた時、その姿がないことには落胆した。

 最後までいたのなら、最初からいてほしい。

 明かりはない。

 しかし夜が明けていることは、空気とかでなんとなくわかる。

 体に纏わりつく感覚。

 目をやると、手は包帯で巻かれている。

 服の中までそれが続いている感覚。

 腹と足も捲ってみたが、似たようなものだった。

 首に触れてみる。

 やはりそこもそうだった。

 ただ、首が……、

「よお、目が覚めたか。寝汚いガキ。」

「……。」

 開かれた扉、動く空気。

 この人は、俺のことを臭いだの汚いだの。

 そうこうする間に。

「っにすんだよ!」

 両手で顔を掴まれた。

「……っせえな。診察だ、大人しくしろよ。」

「……。」

 そいつはそのまま寝台に腰かけた。

 両頬を下に引っ張られ、目を覗き込まれた。

 口を開けろと言われ、中も見られた。

 顎に手を添えられ、脈を計られた。

 それからその人は、懐中からなにか容器を取り出し、その中に自分の指を突っ込んだ。

 そしてそれを口の中に突っ込まれた。

「何味だ?」

「……塩。」

「当たりだ。」

 指はすぐに引っ込んだ。

 容器をしまい、その指をさっと拭うと、その人は立ち上がった。

「立てるか?」

 脇の下から腕を回されて、背中に手を添えられる。

 立つことを促される。

「立てる。」

 足を下ろし、素足を床に着ける。冷たい。

 回された手は、いつでもオレを支えられるように、依然としてそこにあるままだったが、オレは一切必要としなかった。

 本当は甘えてみたかったが、我慢した。

 オレには確信があった。立てる。

「なんだ、元気じゃねえか。」

 普段と変わりなく、オレは直立した。

「ぴんぴんしてんじゃねえか。やっぱ医者の腕がよかったんだな。」

「あんた自分でそれ言うか?」

「事実じゃねえか。」

「そもそも、」

「二度も同じことを言わなくても、わかる。」

「……。」

「そういやあお前言ってたな。」

「……?」

「金がどうの……。」

「えっ、でもお前ら兵医団だろ?手口はみんな知って、」

「そうじゃねえ。」

 その人は一歩下がって、何不自由なく立ち竦むオレの全体を見定めるように、そしてこちらをねめつけた。

「金、なんて機能してねえよもう、この世界は。」

 そうだ。

 金を一丁前に動かせる秩序なんてない。

「え……、でもだったら、」

「お前、所属兵団は。」

「え、いや、」

「単独兵か。」

「ああ……。」

 そうさ。俺なんてこいつらと違って、せいぜい盗み働くくらいのゴロツキだ。

「なら都合がいい。」

「え……?」

「おい稲荷!」

「はいはーい。あ、やっと話終わったー?えー?やっぱりここじゃよくわからないから、もっと明るいとこでよくみたいなあー!なあーっ!」

「え、だれ、」

「うるせえな。話じゃねえ、診察だ。」

「診察なら上でやればいいだろ?」

「こいつの抵抗を考慮してのことだ。」

「でも昨晩は抵抗の意志は見られなかったんでしょ?」

「……。」

「ちょ、あの……。」

 そこでようやく、二人の会話は中断された。

 だれだろ、この人となんの隔たりもなく二人だけで話してた。

「あー、ごめんごめん!取り敢えず上行こっか、立てるみたいだけど歩ける?担架あるよ?」

「平気だよっ、……一人で。」

「一人じゃねえ。」

「えっ?」

 また背中に腕が回される。

「稲荷、それはここに置いとけ、一つくらいあった方がいいだろう。」

「わかった。」

「おいガキ、行くぞ。」

「え、」

 添えられた背中を、軽く叩かれた。

 それが、なんか。

「わかったよっ。」

 たまんなかった。

 けれどその後。

 難なく歩いて普通に階段をのぼってるのに、監視の目は絶えない。

 階段をのぼりきった扉の向こうは、明るかった。

 確かに朝だった。

「やっぱ明るいとこで見ると!……あんまよくわかんないね。」

「は?」

「だから言ったろ。」

「君は夜目が効くからわかるんだろ。」

 無駄口聞きながら、さっきの人が扉を閉めてる。そうか、あそこは地下室だったのか。

「あの部屋にいると思い出すなあ……。」

 その人が呟いた。手はまだ添えられたままだ。温かい。

「はは、ホームシックなの?」

「ばか。」

 なんなんだよさっきから、この府抜けた感じ。

 すると、さっきの人が鍵をかけてこちらにやってきて、オレの顔を見て困ったように言った。

「あー、まずは自己紹介しようか?」

「なんだお前、おもしれえ面して、腹でも壊したか。」

 オレがどんな顔してるっていうんだ。

「私は稲荷。察しはついてると思うけど、ここは知っての通り兵医団の本部。いや、ここはアジトって言った方が、性にあってるかなあー?」

「無駄口が多い。」

「はいはい。で、こっちがー、」

「おい、自分の名くらい自分で名乗る。」

「あー、もう、わかったわかった。いちいち細かいなあ。」

 なんなんだほんと。

「おいガキ、聞いてんのか。」

 めちゃくちゃだ。

 しっかり聞いてるっていう意味を込めて、強く睨んでやった。

「俺は青柳だ。お前は?」

「……。」

「おい。」

「……。」

「……。」

「あっはは!」

 ため息をつかれた。さっきの人、稲荷という人は、笑っている。

「き、嫌われてるぅー!」

「うっせ。」

 またため息。

「お前な、名前くらい言えよ。それ以外は別にいい。」

「……。」

「兵医団に入る奴なんざ、ろくな奴いねえんだからよ。」

「……はあっ?」

「はあっ、って、はあって……っ!」

「……おいちょっと静かにしてろ。」

 はあ?

 なに言ってるんだこいつ。

 オレが何だって?

 兵医団に入るって?

 オレが?

 はあっ?

「ちょっ、そんなん!」

「お前治療代払えねえんだろ?」

「でも金なんて意味ないって!」

「ないよりはましだろ?」

「でも持ってない!」

「なら入団しろ。」

「……!」

 なんだこれっ。

 なんだこいつ、なんだこいつ!

「君、覚えてない?青柳に初めに会った日のこと。」

「忘れるわけないだろっ!いきなり蹴りつけられてっ!」

「うんうん。じゃあその後は?」

「あと?……あの地下室で、目が覚めて……。」

 この人が……。

「うん。つまり君は覚えていないんだね。」

「はっ?だから、忘れられるわけがっ、」

「お前は、俺に蹴られて瀕死になった時、発病した。」

「……は?」

 はつびょう?

 びょうき?

「お前はあの夜、硬質化した。」

 ……え……。

「診察室に来い、鎧のガキ。経過を診る。」

 こうしつか?

 よろい?

 鎧病?

「は……?」

 わけがわからなかった。

 でも、添えられた手が、温かかった。

 から。

 診察室といっても、この世の中じゃ、清潔なものは何一つ用意できない。

 それでも、丹念に掃除された跡や、何度も洗濯された布などから、この場所の価値を見出せる。

「体はどこもまあ問題なく動かせるみてえだな。」

 座らされた椅子は解れてるし破けてるしきしんでるしで、まったくこの部屋にお似合いだ。

「そう言ってるだろ。」

 顎を掴まれた。

「舌もよく回るみてえだ。」

 顎が放された。

「あの晩のことだけどな。」

 そしてようやく話し出した。

「硬質化したお前を相手に、俺はお前を殺そうとした。」

「は?鎧人を?そんなことできるのなんて、組織の人間しか、」

「その地下組織の人間なんだよ。青柳は地下街出身なのさ。」

「……えっ!」

 稲荷という人は言った。

「……言ったろ。ろくな奴がいねえと。」

 そして、その人は自嘲気味に言った。

「えっ?でもあそこだったら、金だって!」

「あそこは。」

 その人は言った。

「クズみてえなとこだよ。」

 そう、一言だけ。

「青柳が言うにはね、そうらしいんだよ。私も全然知らないんだけどー。」

 それはそうだ。あそこは一部の人間しかいない。選ばれた人間だなんて言う奴もいるくらい。オレだって行ったことなんかない。

 それなのにこの人は。

 そこで、生まれたのか?

 いったいどんな暮らしをしていたっていうんだ?

 想像すらつかない。

 地上の、砂嵐や酸性雨に晒されることもなく、疫病の被害からも守られる、地下という壁で守られた、こことは別の世界。

 なのにこの人からは、そんな感じはしない。

 全然普通の、地上の人に見える。

 地上の、安息を許さない危機感。

 でも、これだけははっきりする。

「だから、」

 地下では、地上よりもよっぽど発達してるから。

「鎧人を殺そうなんて発想ができるんですね。」

「……。」

 手段がないから、そんな発想すら、地上の人間にはない。

「発想だけじゃねえぞ、その方法だって、知っている。」

 その人は言う。

「そして俺は、それを兵医団に広めた。」

「!」

「そう、だから私も、やろうと思えば鎧人を殺せる。」

 鎧人を、殺す?

「手段といっても、確実じゃあない。戦闘になる。それに相手は鎧人だ。黙ってやられてくれるわけはないし、失敗すれば死ぬのはこっちだ。」

「でも、知らないでただ逃げ回って、殺されるよりは……。」

「うん。そうだね。」

「そう思うんなら、お前も兵医団に入れ。」

 ころす。

 オレも、鎧人を殺せるのか?

 でも、

「オレは鎧病なんだったら……。あんたに殺されるのか?」

「そう、俺はお前を殺そうとした。だが、奇跡が起こった。」

「奇跡?」

 今の世の中、なんと似つかわしくない言葉だろう。

「硬質化したお前は、しかしその一瞬後すぐに、鎧の体を決壊させた。」

「……そんなの、」

「まるで罹りかけの中途半端な状態であるように。あるいは、病に侵されまいと、立ち向かうように。」

 なのにその人は、なにかの歌を紡ぐように、そう呟いた。

「だから俺は、鎧人の体からお前だけを抉り取って、ここに連れて来た。」

 真っ直ぐと、瞳がかち合う。

「俺にはわからねえ。」

 鋭く、切り裂くように。

「お前が鎧人なのか、人間なのか。」

 当然ながら、それ自体の覚えがないオレには、応えるすべがなかった。

「オレ……。」

「だがな、」

 そんなオレに、その人が続ける。

「そんな中途半端なお前は、」

 そっと手が添えられる。

 何度も味わった暖かさ。

 今度は首に感じた。

「人類の、希望になりうるかもしれん。」

 どこよりも敏感に体温を感じ取れた気がした。

「それで、お前の体を調べさせてもらったが、」

「は?なに勝手に、」

「そうだ。勝手に隅々まで、勝手に開け広げ、勝手に漁った。」

「なっ。」

「君のその怪我の治療、青柳が蹴ったのもそうだけど、手術の後だよ。」

「へっ、」

「だから、あんまり興奮しないでね、縫い目が開いちゃうから。」

「縫い目っ?」

「そういうことだ。」

「おいっ、」

 手が、離れた。

「鎧人の弱点は頭と胴体の継ぎ目、つまり首だが、」

 知らなかった。

「お前の首回りを開いたところで、何もなかった。」

「……。」

「どんなに奥まで掘っても、何も。」

 だから。

「ただ、」

 こんなにも。

「お前は鎧人のお前の、首の辺りの内部に位置していたように見えた。」

 ここが。

「こうは考えられねえか。鎧人の弱点としてぶった斬ってきた部分には、お前のような奴がいたと。」

「……!」

「俺は思う。鎧人の首部分を上手いこと取り出せれば、硬質化の症状を、少なくとも一時的には抑え込めるんじゃねえか、と。」

 この人は。

「貴方は、一体……。」

「あ?」

「貴方は、何がしたいんですか……?何が、望みなんですか……?」

 その時、この人の雰囲気が、変わった。

「……別に、大したことじゃあねえ。」

「?」

「これ以上、金づるが減ると困るんだよ。」

「金を集めて、どうする気だ?」

「ガキはギモンがいっぱいだなあ。」

 笑った、のか?

「お前、どう思う?」

「え?」

「鎧病を上手いこと操れるとしたら、どうする?」

「……?」

 操る?

 治療ではなく?

「“鎧人”を、操れたら?」

「……。」

 ……え?

「人を、操作して鎧人にしたり人にしたりできるんだよ!どこにでもいる普通の人間を!鎧人という、私兵にっ!」

 ⁉

「なっ……!」

「人が鎧人に成ったり戻ったり!」

「相変わらずいかれやがって、もう少し黙ってられねえのか。」

「やっぱりさあー!考えただけでわくわくぞくぞくしちゃうよねえーっ!」

 こいつら、一体……。

「そんなことをして、何をするつもりなんだよっ!」

 二人の兵士の視線が、オレに向けられる。

「鎧人を操り、」

 こんな話の時に。

「この世界を、」

 この人は。

「壊す。」

 笑うのか。

 この人には、一体どんな世界が見えているというのか。

「あ、あんた、そんなこと考えてんのか……。」

「考えたのは俺じゃないがな。」

「えっ?」

「俺は別にこの兵団の頭じゃねえぞ。」

「え?」

「俺は兵医長にすぎない。」

「ちなみに私は研究室長。外で稼ぐよりも、研究が主なんだよ。」

「こいつはこいつで維持費がかかるんだよ。」

「それで金を……。」

 きっとどこか、まだ金が通用する僅かな場所で、研究?の道具や材料を仕入れてるんだろう。地下とか。そもそも薬や医療器具なんかも、地上の人間が持ってるのもおかしいし。

「あいつが世界を変えたら、金の使いどころも生まれるだろう。」

「あいつ?」

「俺たちの主犯、兵医団の団長はこの作戦のことを、“革命”とか言ってやがったか。」

「革命……。」

 世界を、変えようというのか。

 そのために、人々を鎧人にして、意のままに操ろうというのか。

 それが犠牲か。

 失わなければ、ならないのか。

 それでいいのか……?

「あんたら、おかしいだろ、そんなの……、」

「えー、でもさあ、このままだと人類は鎧人の脅威にも怯えたままだし、治安は悪いままだし、生きにくいでしょう?」

「でも……。」

「操れるってことは、治すこともできるってことだよ?」

「だからって……、」

「だから、俺は問うたはずだ。」

 今度は首を、掴まれた。

 少し痛みが走る。

「どう思う、と。」

「……。」

「……先に教えといてやる。判断が遅いと、余計なものまで失うことになる。」

 どう思うか?

 おかしいような気もする。

 だけど悪党が蔓延るこの世界じゃ、これ以上悪いことをしようが、同じでもあると思う。

 だったら……。

「決めた。」

「言ってみろ……。」

 俺は首を掴む手を勢いよく振り払った。

「オレは、兵医団に入って、あんたらが無駄に悪いことしないように、見張ってやる……!」

 二人が黙った。

 静寂が落ちる。

「はっ……。」

 その中で、静かに落とされた。

「いいだろう。」

 言葉。

「やってみろ。ガキが。」

 挑まれている。

 そして。

「オレは、鉄葉(きみは)だ。」

 オレも、この人を。

「鉄葉。お前は俺の班に入れ。研修医、は向いてねえか。まあ、新兵ってところだな。」

「えー、私だって研究したいのにぃー!」

「引きこもりは黙って稼ぎ頭の言うこと聞いてろ。」

「けちだー!」

「あとお前、勘違いするなよ、鉄葉。」

「え?」

「お前がどう思おうと、入団は決定事項だ。」

「……。」

「治療費分、きっちり働いてもらう。」

 横暴!

「まあ、壊れた世界の、その次の世界なら、金の使い道もあるだろう。」

 その人は、いやに静かにそう言った。

「今後はお前の鎧病の研究を中心とする。お前には実験に付き合ってもらう。」

「実験……?」

「まあ気が向いたら、稼ぎに付き合わせてやるよ。囮くらいにはなんだろ。」

「……。」

 そこで、向き直られた。

「いいか、お前が発病しても、俺がいる。」

「……。」

「お前は俺たちの奇跡だからな。俺が守ってやる、他の兵士共からも、病からも。」

「……。」

 この人は、真っ直ぐに前を見る人だ。

「俺のことは、兵医長なり医長なり呼べ。」

「……。」

 ならばオレも、先を見つめてやろうじゃないか。

「……はいっ!青柳医長!」

 孵った卵が、飛べない鳥が、いつかは飛び立つことを。

 信じて。


  鶏から生まれた卵は、鶏には還らない。

  鶏から生まれた卵は、鶏に孵るだけ。

  ただ、生まれるのは必ず、

――鶏?

 羽ばたいた翼は砂塵を巻き起こすばかり。

 もう空にはかえれない。

 地上を選んでしまったから。

 けれど孵った鳥の翼に、希望があれば?

 行けるだろうか、大空へ。


 行ってやるんだ。

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