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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第一章 崩壊した世界
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1-8 処女

 四人組が見張りを再開したのを確認すると、隼人は小さくため息をついた。そして、彼も移動し、近くの壁に立ったまま背中を預けて、出口を注視し始めた。


 隼人と四人組は通路の入り口を挟んでその場に留まっている。四人組は隼人を避けるかのように固まっており、隼人もまた、彼らとは少し距離をとった。


「で、次は誰でしたっけ?」


 見張りを再開して三十秒も経たないうちに、二十代後半で短髪の光孝が周りに尋ねた。それに対し、長髪の秀明がすぐに言葉を返す。


「俺だ。何を話そうかな……そうだな。この前、住山先生から教えてもらったんだけど。あの人、なんと、あの近森遼子と高校で同じクラスだったらしいぞ」

「マジかそれ。あの近森だよな?」

「すげえな」

「誰っすか? その、近森なんとかって……」


 坊主頭の拓真と短髪の雄一が驚きの声を上げるなか、光孝だけは首をかしげていた。雄一は短く笑い、光孝に得意げな顔を向ける。


「光孝お前、近森遼子も知らないのか。まあ、無理もねえか。二十年前つったら、お前まだ五歳かそこらだもんな。隼人なんてまだ生まれてすらいないぜ」


 自分の名前が会話の中に出てきたことで、隼人の体は一瞬だけわずかに動いた。だが、自分には直接関係のない話なので、隼人は耳を傾けるだけの姿勢を保った。

 四人組の会話は当然のように続く。


「で、その近森遼子って何者なんすか? 芸能人っすか?」


「違う違う。芸能人じゃない。村雨製薬って会社の研究員。超天才美人研究者ってことで有名になったんだ。そいつと比べたら、国民的アイドルがブサイクに見えるくらいだったんだ。すげえ美人だった」


「ふーん、覚えてないっすね。でも、そんなに美人なら見てみたかったっす。どんな顔だったんすか?」

「覚えてない」

「そうなんすか……でも、なんでまた研究者なんかが有名になったんすか? ノーベル賞でも取ったんすか?」


「いや、確か、どっかのメディアが村雨製薬を取材したときに、社長が近森を紹介したんじゃなかったかな。そこで、メディアが近森の美貌と才能に目をつけたんだよね。そこから一気に有名になったかな。会社を急成長させた超天才美人研究者ってことで、世間の注目を浴びたわけだよ。でも、研究内容はみんな全然知らなかったけどね」


「でもなあ、なんか半年くらいでいきなり消えちまったんだよなあ。会社を辞めたとか何とかで。それから、みんな近森のことは気にしなくなったな。たぶん、近森遼子のことなんてもう忘れちまった奴もいっぱいいるぜ」


「世間なんてそんなもんだろ」


 長髪の秀明がそう言うと、会話は途切れた。しかし、ほんの数秒後、四人組内で最少年の光孝が新たに話題を提供した。


「じゃあ、次は俺っすね。えーと、十年前に俺の地元で、いきなり行方不明になる人がいっぱいいたんすよー」


「で、地元が大騒ぎになったんじゃねえの」

「そうなんすけどー」

「あんまり面白くなさそうだから、その話はパスなー」

「賛成」

「みんなひどいっすよー」


 光孝以外の三人が乗り気ではなかったので、地元での行方不明者続出事件の話はそこで打ち切られた。隼人は内心、


(いや、それかなり大きな事件だぞ。最後まで聞いてやれよ。まあ、あの中では一番年下だし、扱いが雑になるのは仕方ないか……)


 といったように、光孝にわずかながらも同情した。

 四人組の会話はまだ続くようで、次は坊主頭の拓真が話を切り出した。


「まあ、そう言うな光孝。次は俺から、美佳の話をしてやろうかな。調理場での会話を盗み聞きして、とっておきのネタを掴んだんだ」

「美佳か。かわいいし、スタイルもいいし、優しいし、いいよな」

「この自警団の癒しだよな、美佳ちゃんは」


 雄一と秀明がなにか言っているが、隼人はそれを聞き間違いだと思ってしまう。いや、聞き間違えることはないが、彼らがそう思っていることが不思議でたまらなかった。


(美佳が癒し? 優しい? おいおい本気で言ってるのかこいつら? 男に対しては怒ったら容赦なく鉄拳制裁だぞ。見た目補正強すぎろ。……まあ、かわいいのとスタイルがいいのは認めるが。あと、根は優しい)


 隼人が心の中でそう呟いている最中に、光孝がその話題に食いついた。


「で、美佳ちゃんの何を教えてくれるんすか?」


 拓真へ対する三人の眼差しが輝いている。拓真は少し間を置いて彼らを焦らし、ゆっくりと口を開いた。


「あのな、美佳ちゃんは……処女らしい」


 その言葉の直後、隼人は小さく咳ばらいをした。


(いったい何を言い出すかと思えば、そんなことかよ。だからなんだよ)


 隼人はあきれていたが、当の三人は感心したような声を出して、明るい表情を浮かべた。それはどこか安心しているかのようにも見えた。


「ガチか」

「てか、副団長の娘だし、当たり前と言えば当たり前なんだが。あの人、絶対に美佳ちゃんを自分と団長以外の男に近づける気なんてないだろうしな」

「でも、なんか安心するっす。推しのアイドルが処女だってわかったときくらいに」


 そこで、四人の間にわずかな沈黙が訪れた。


「俺はさっき話したし……」


 短髪の雄一は天井を見上げながらそう呟いた後、何かをひらめいたかのように眉を一回上下させ、隼人に顔を向けた。


「おーい、隼人」


 その声が聞こえてきた直後、隼人は小さく舌打ちをした。面倒なことになったと思いつつ、隼人は四人組のほうに視線を向けた。




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