e - 3 銃声
隼人が遼子の消えていった方向を眺めていると、後ろから声がかかった。
「行っちゃったね」
彼は自警団拠点の出入り口に振り返った。そこには美佳の姿があった。彼女は坂の壁に背中をもたれさせ、腕組みをした状態で立っていた。美佳がいる場所は、隼人と会話をしていた遼子からは見えない位置だった。
「居たのか、美佳」
隼人は少し驚いたように言ったが、美佳は小さく笑って落ち着いた声を出した。
「いたよ。ずっとね」
「そうだったのか」
そう返事をして、隼人は再び遼子の向かった先に視線を移す。
「クロ、行ってしまったな」
隼人がため息交じりにそう言うと、二人の間にわずかな静寂が訪れた。そして、美佳が呆れたように笑みを浮かべた。
「クロちゃんって、意外と小心者だね。せっかくチャンスをあげたのに」
「なんのことだ?」
「さあね」
美佳の言葉に、隼人は鼻で笑って尋ねた。美佳はその問いには答えなかった。それでも、隼人には、美佳が何のことを言っているのか、なんとなくわかっていた。しかしそれは、わざわざ口にするものでもなく、また考える必要のないものだった。
隼人は美佳の言ったことを思考の外へ投げ出した。
二人はそこで口を閉ざした。
風が吹く。
そこでふと、隼人は後ろを一瞥した。彼は何かに気づいたようだ。獰猛な笑みを浮かべ、隼人は腰に付けてあった無線機を右手に取る。
「おい、お前ら。出番だ。数は一。念のため準備しておけ」
隼人の言葉を受けて、美佳は壁から背中を離した。彼女は坂を上ってアスファルトの道路へ足を踏み入れる。
隼人は後ろに振り返った。
彼の目線の先、五十メートルほど離れたところに、一体の白コートの姿があった。それは自警団拠点の出入り口を見据えながら、こちらにゆっくりと近づいてくる。
隼人は右脚のホルダーから拳銃を引き抜き、白コートに向けて両手で構えた。彼の右脚には春見のナイフ、左脚には楓の拳銃がいつものように装備されている。
美佳も少し遅れて両手でシルバーの拳銃を構え、隼人の左隣に立った。
その拳銃のスライド部分には、『N.O.』の文字が小さく刻まれている。彼女の右肩には団長バッヂが付けられている。それは、太陽に照らされて金色に輝いていた。
肩を少し通り過ぎる長さだった彼女の栗色のストレートヘアは、ポニーテールに結ばれている。美佳は防弾チョッキを身に纏い、小笠原直也と松永純の形見を身に付けて戦場に立つ。
恩人たちの遺志を引き継ぎ、二人の少年少女は白コートと向き合う。
ヒトを遥かに超えた身体能力を持つ怪物が、隼人と美佳に向かって駆け出した。
敵との距離が狭まるなかで、隼人は呟く。
「今度は、俺たちの番だ。白コート」
その言葉の直後、隼人と美佳は引き金を引いた。
その銃声は、それぞれの道を示すかのように、広く、広く戦場に響き渡った。
本編はこれで完結です。ご愛読いただきありがとうございました。




