6-11 限界
地上では遼子と白コートの戦闘が繰り広げられていた。沈みかけの太陽によって空は赤く染まり、アスファルトの道路には水たまりが出来ていた。
遼子は第四層で隼人を助けるまでに五体の白コートを撃破していた。再び地上に出てからも、彼女はすでに白コートを二体倒していた。
地上の白コートは残り四体。しかし、遼子の体力は限界に近づいていた。
遼子は二丁拳銃による射撃と高速移動による攪乱で、一体を撃ち殺すことに成功した。そこで、拳銃が両方とも弾切れを起こす。すでに予備弾はない。
「クソッ!」
至近距離以外での攻撃手段を失い、遼子は焦った。残りの三体は、ナイフと素手で倒すしかない。武器を取りに拠点に戻るという手もあるが、それでは団員たちを危険にさらしてしまう可能性が高い。
遼子は拳銃を両脚のホルダーに差し、白コートに向かって走り始めた。これからは、一体ずつ肉弾戦に持ち込むしかない。敵の攻撃を避け、その隙に蹴りを喰らわせる。そうすることで、一体を他の白コートから引き離すことに成功した。
そして、遼子は孤立した白コートの後ろへ回り込もうとした。
しかしそのとき、少し離れた位置の白コートが拳銃を取り出した。その個体は遼子に銃口を向け、すぐさま引き金を引く。
遼子は白コートの拳銃に気付いた。銃弾が放たれる前に、彼女はその射線を予測して後ろに跳ぶ。放たれた九ミリ弾は遼子と白コートの間を通り抜けた。
回避することはできたが、遼子には隙が生まれた。そして、もう一体の別の白コートが遼子に接近し、彼女の左側頭部に向けて右拳を突き出した。
体勢を崩していた遼子は殴り飛ばされる。彼女は痛みに耐えながら受け身をとり、瞬時に立ち上がった。しかし、そこで右わき腹に銃撃を受けた。
「ぐっ!」
彼女は苦痛の声を上げてよろめく。その直後、二体の白コートが遼子に肉迫し、彼女の右腕と左腕をそれぞれ締め上げた。
遼子は動きを封じられる。拳銃を右手で構えている白コートはその場から動かなかった。その個体は遼子に照準を合わせる。遼子は拘束から抜け出そうともがくが、白コートの両腕は彼女を離そうとはしなかった。
拳銃持ちの白コートが引き金に指をかける。
遼子は重傷を負うことを覚悟した。
その直後、銃声が響き渡る。
しかし、遼子に銃弾は届いていなかった。拳銃を構えていた白コートが、側頭部から血を噴き出して右によろめいた。なにか強力な弾丸がその個体の頭部を撃ち抜いたようだった。
倒れるなかで、白コートは引き金を引く。しかし、それは遼子に当たることはなく、地面のアスファルトを削り取るだけに終わった。
遼子は咄嗟に拠点の入り口へ目を向けた。そこには、見慣れた二人の姿があった。
「美佳? 隼人?」
遼子は唖然とした。二人の姿はすぐに第一層へと消えていったが、美佳の手にはライフル銃が抱えられていたように見えた。
美佳が、拳銃持ちの白コートを撃ち殺した。遼子はそれを理解した。だが、それは白コートも同じだった。
遼子の左腕を締め上げていた白コートが彼女から離れ、死亡した直後の個体から拳銃を回収した。そして、その個体は新たな脅威である美佳と隼人を殺すため、自警団の拠点へ走り出した。
「待て!」
遼子は思わず声を上げた。拠点に向かった白コートを追うとするが、右腕を拘束されたままなので動けなかった。
「離せ!」
彼女は顔を歪め、白コートの頭部に左拳をぶつけた。一回だけではどうにもならなかった。さらに打撃を繰り返す。五回ほど殴ったところで、白コートはよろめいて遼子の右腕から手を離した。
遼子は美佳と隼人を助けるために走り出した。
しかし、思うようには動けなかった。奪還作戦から充分な休息をとっていないため、彼女の体は著しく消耗している。たいした負傷はしていないが、戦いの中で体力は限界まで削り取られた。
自覚できるほどに遼子の動きは緩慢だった。
引き離した白コートが遼子の前に追いつく。その個体は遼子の目の前に回り込むと、彼女のみぞおちに右拳を豪速で突き刺した。
「うぐっ!」
急所に衝撃を受け、遼子の視界が揺れ動く。嘔吐感が彼女を襲い、全身から汗が滲み出てくる。それでも、彼女は耐えた。
遼子は右頬を殴打されるが、白コートの右側頭部を左拳で殴り返した。
消耗した両者の間で、泥沼の戦いが始まった。




