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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第六章 戦場の黒い花
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6-10 継承

 通路を上がり、第四層へ到着する。白コートとの接近戦が行われたこの場所では、白コートが消耗していたため幸いにも死者は出ていなかった。

 だが、隼人を含めた十人全員が負傷している。英志や他の数人は起き上がっているが、残りは倒れたまま。この光景に美佳は顔をしかめた。


 それでも、立ち止まっている場合ではない。隼人と美佳は足を止めず、積み上がった土嚢袋を跳び越えて第四層を駆け抜けた。


 そして、長い通路を上り、第三層へと足を踏み入れる。

 その瞬間、美佳は思わず手で口を押えてしまった。


 白コートとの死闘が行われた第三層。そこには、白コートや団員の死体が転がっていた。三十人いた団員のうち、無傷の者はいない。辺り一面が赤黒い血液で染まり、その上に薬莢や小銃、砂が撒き散らされている。


 火薬と血のニオイが混ざり合い、この世のものとは思えない異臭が漂っていた。

 美佳は入り口で立ち止まる。

 もう一人の父親と言うべき人物を、薄暗い第三層で彼女は必死に探した。

 やがて、美佳は目的の人を見つけ出した。


「松永さん!」


 彼女はそう叫ぶと、団長のもとへ駆け寄った。

 団長の状態は酷いものだった。彼は虚ろな目をして壁にもたれかかり、その体は血まみれだった。左肩と右脚を撃ち抜かれ、右腕はあらぬ方向に曲がっている。呼吸はあまりにも小さく、口からは血液が少しずつ途切れることなく流れていた。


 美佳が団長のそばでしゃがみ込む。

 彼女の後ろに隼人が追い付いたとき、団長が顔を上げ、二人に目を向けた。


「み、美佳ちゃん。隼人……」


 団長の声は、かすれていた。小笠原直也とともに茶番を繰り広げ、大事な時には声を張り上げて団員を統率していた姿とはかけ離れていた。

 美佳は悲痛な表情で団長の肩に手を当て、その体を揺さぶった。


「純さん! しっかりして!」


 彼女は叫んだ。地上で戦っているクロの援護という目的など、美佳の頭から吹き飛んでいた。目の前の団長が、心配でたまらなかった。

 だが、そんな彼女とは反対に、団長は優しく笑っていた。


「ははっ。俺はもう、だめみたいだ。生きているのが、不思議なくらい、だ」


 彼は床に視線を落として、声を絞り出していた。

 その様子が、美佳には耐えられなかった。


「もう喋らなくていいよ! もうすぐ救助班が来るから! だから! そんなこと言わないで!」


 美佳は団長をこの世に引き止めようとした。死を覚悟したような言葉を、団長の口から聞きたくなかった。

 それでも、団長は美佳の言葉を笑って聞き、弱々しく首を横に振った。そして、彼は美佳の目を見つめ、微笑んだ。


「いいんだ。最後に、美佳ちゃんに、会えて、よかった」

「え……?」


 団長の言葉に、美佳は目を見開いた。彼女は戸惑った。

 四年半前の世界崩壊のときから、ずっとそばに居てくれた松永純。美佳は彼がどのような人生を歩んできたのかは知らなかった。でも、自分を実の娘のように可愛がり、守ってくれたことは確かだった。


 その人との別れが、近づいている。


 団長は隼人を一瞥した。彼は死にゆく自分を安心させようと、いつものように頼もしい表情をしていた。

 視線を美佳に戻し、団長は自分の右肩から金色の団長バッヂを引きちぎった。リーダーの証であるそれを左手に握り、美佳に差し出す。

 美佳は団長の意図を察し、両手で受け皿を作った。団長は優しく笑ったまま、彼女の手に団長バッヂを静かに置いた。


「美佳ちゃん。自警団を、隼人を、クロちゃんを。頼んだ、よ」

「純さん……」


 美佳はもう何も言えなかった。団長バッヂを手に持ったまま、松永純の目を見つめ、涙をこらえることしかできなかった。

 そんなに美佳に対し、団長は精一杯の笑顔を浮かべた。


「俺と直也を、支えてくれて……ありがとう」


 彼はそう言うと目を閉じ、うなだれた。

 美佳は慌てて左手でバッヂを握り締め、右手を松永純の肩に置いた。


「純さん!? 純さん!?」


 松永純の体を揺らしながら、彼女は叫ぶように呼びかける。しかし、彼の体が動くことはなかった。全身からは力が抜け、その表情は嘘のように安らかだった。

 美佳の後方に一歩離れていた隼人は、美佳と松永純から顔をそむけ、奥歯を噛みしめた。恩人が目の前で死に、胸が締め付けられるような感覚がした。


「そんな……」


 そう言ってうなだれる美佳に、隼人は歩み寄った。自分たちの目的を忘れてはいけない。このまま落ち込んでいる場合ではない。


「美佳」


 隼人は静かに呼びかけた。

 その声が、悲しみに負けそうになっていた美佳の目を覚ます。彼女は首を左右に強く振り、左手に握っていた団長バッヂを防弾チョッキのポケットにしまった。


 そして、美佳は立ち上がり、隼人に振り向いた。

 強い眼差しを隼人の双眸に向け、彼女は口を開く。


「行こう、隼人さん。松永さんの死を無駄にしないためにも」

「ああ」


 美佳のその力強い声に、隼人もそれ相応の声量で応える。その直後、二人は走り出した。死者や負傷者を跨がないように進み、土嚢袋を跳び越え、第三層を駆ける。

 その途中、隼人は松永純の顔を思い浮かべ、心の中で呟いた。


(松永さん。後のことは、俺たちに任せてください)


 そうして、隼人と美佳は第二層へ続く通路に向かっていった。





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