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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第六章 戦場の黒い花
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6-2 襲撃

 警報と同時に美佳は表情を険しくする。


「白コート!?」


 彼女は声を上げ、その場に立ち止まった。団長は椅子からすばやく立ち上がり、奥の通信機器のところへ駆け寄った。


「こちら団長室。状況報告を」

『こちら第三層! 白コートが五体侵入! 第一、第二層の団員は第三層に移動! 第三層にて迎撃態勢に入りました!』


「白コートの現在位置は!?」

『おそらく第一層と思われます! 至急、下層の迎撃態勢を!』

「了解」


 切羽詰った声で団員とのやり取りを終えた団長は、美佳に振り向いた。


「美佳ちゃん。これから第三、第四、第五層は迎撃態勢をとる。俺は第三層に向かう。美佳ちゃんは中央第四部隊に応援要請をしてくれるか?」

「わかった」

「要請が終わったら、美佳ちゃんは第五層の指揮をとってくれ! 後は頼んだ!」

「はい!」


 美佳が団長の言葉を聞き入れると、団長は部屋から飛び出していった。扉が閉まると同時に、美佳は通信機器の前に移動した。


 団長室の外は騒がしくなっていた。警報が鳴ったことにより、第三層や第四層の団員は迎撃態勢に入り始めているに違いない。第五層も団長の指示で動いているはずだが、細かい指示は第五層警備長である美佳が出さなくてはならない。

 だが、その前に中央への連絡をしなければならない。


 美佳は機器を操作し、目的の相手と通信できるようにした。後は、向こうの通信役に救援要請を出せばいい。

 中央と繋がるのを待つ。その間、美佳の心臓はその鼓動を速めていくばかりだった。それに伴って、呼吸も荒くなる。


「落ち着け、落ち着け」


 彼女は右手を胸に押し当てて緊張を抑えようとした。しかし、ほとんど効果はなかった。一種の興奮状態に陥ったまま、美佳は中央とやり取りする羽目になった。

 向こうと通信が繋がり、美佳はマイクに顔を近づけて口を開く。


「こちら南東エリア松永自警団、こちら南東エリア松永自警団。第四部隊応答願います」


 数秒の雑音の後、女性の落ち着いた声が通信機器から聞こえてきた。


『こちら第四部隊通信部。松永自警団、どうぞ』

「白コートが五体、拠点に侵入。我々だけでは対処できません。第四歩行隊の応援を要請します。どうぞ」

『了解。至急、歩行隊を向かわせます。到着まで持ちこたえてください』


 そこで通信は切れた。美佳はマイクから顔を離すと、不安げに顔を歪めた。


「早く来てよ……」


 彼女は弱々しい声で祈るように言った。

 だが、こうして団長室に留まっている場合ではない。美佳には第五層の指揮を執るという重要な役目がある。彼女は右脚のホルダーに自分の拳銃が、左脚のホルダーには父親の形見の拳銃が差し込まれていることを確認し、急いで団長室をあとにした。


 食堂は騒然としていた。一応、団員たちは、あらかじめ決めておいた配置についている。奪還作戦で負傷した団員を奥に避難させてもいる。

 しかし、団員たちはそれ以上のことができなかった。彼女たちは団長室から出てきた美佳に、不安そうな目を向けた。

 美佳はその視線にうろたえることなく、より一層顔を引き締めて指示を出す。


「第五層迎撃態勢! 前衛班は机でバリケードを作って! 中衛班は武器の用意! 後衛班は生活物資の確保をお願い!」

「了解!」


 大声で出された美佳の指令に、団員たちは目つきを鋭くして返事をし、それぞれの行動に移った。少しの期間ではあるが、女性と子どもも訓練をしてきた。そのこともあって、第五層の団員たちの動きは機敏だ。


 食堂にバリケードが築かれ、その近くに武器が用意されていく。調理場からは水や食料が運び出され、生活スペースの奥に確保される。

 美佳は第五層を見渡すと、顔の前で手を組んで目を閉じた。


「第三層と第四層のみんなは死なないで。お願い……」




 団長が第四層にたどり着いたときには、すでに迎撃態勢に移行していた。第五層側の通路の手前に土嚢を積み上げ、そこに九人の団員が身を隠していた。彼らは小銃や散弾銃を持ち、第三層側の通路から下りてくる白コートを迎え撃つ準備をしている。


 団長は第四層に入るや否や、大声で叫んだ。


「英志! 英志は居るか!?」

「は、はい!」


 突然名前を呼ばれ、英志は膝立ちのまま後ろに振り向いた。英志は戸惑った顔をしている。団長は英志のもとに駆け寄ると、しゃがみ込んで彼の目をまっすぐに見た。


「俺の代わりに第四層の指揮をとってくれ。俺は第三層に行くから」

「ぼ、僕がやるんですか?」


 英志は目を見開いた。見張り役であるとは言え、まだ十八歳の末端団員であることには変わりなかった。そんな自分が、いきなり第四層の警備長になる。彼は自信を持てなかった。

 だが、団長は英志の双眸を見つめたまま、目つきを鋭くした。


「任せられるのは英志しかいないんだ。昨日の奪還作戦で多くの仲間を救ったお前しか」

「で、でも」

「お前がやるんだ。英志」


 英志は自分にできるはずがないと思っていた。しかし、団長は自信ありげに英志を任命している。それは誇らしいことだった。

 彼は団長の思いを受け取り、表情を引き締めて力強く頷く。


「わかりました。でも団長、あなたは死なないでくださいね」

「ああ、心配するな。白コートの五体くらい、第三層だけで食い止めてみせる」


 団長はそう言って英志の肩に手を置き、微笑んだ。


「それじゃ、第四層を頼んだよ。英志」

「はい」


 英志が芯の通った声で応えると、団長は不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。彼は土嚢を飛び越え、第四層を走り抜けて第三層へ上がっていった。


「みなさん。もしものときは、僕に従ってくれますか?」


 団長の背中を見送った英志は、この第四層にいる他の八人を見渡し、静かな声で問いかけた。団員たちは英志に熱い視線を送り、無言で頷く。


「ありがとう、ございます」


 英志はそう言って微笑み、軽く頭を下げた。

 そして顔を上げたときには、彼の表情は険しくなっていた。


「白コートとの戦闘に備えて! 一瞬たりとも気を抜かないでください! やつらは手強いです!」


 英志の言葉で、団員たちは柱や土嚢に隠れた。そして、第三層が突破されないことを祈りながら、もしものときのために迎撃態勢に入った。


 奪還作戦で友を亡くし、自らは軽傷で帰還した英志。彼は今、司令塔として、最後の砦を守る役目に就いた。




 団長が第三層にたどり着いた頃には、迎撃態勢は完全に整っていた。土嚢を積み、二十九人もの団員がそれぞれの武器を持って、白コートを待ち構えている。

 白コートはまだ第三層には下りてきていないようだった。


 団長は全速力で走り、土嚢の前で屈んだ。


「みんな無事か!?」


 団長の問いかけに、隣の若い団員が彼に小銃を渡しながら応える。


「はい! 今のところ死傷者はゼロです」

「わかった。まだ、白コートはここまで来ていないようだね」

「引き返してくれてたら、有難いんだけど……」

「そうだな」


 団長は隣の男の言葉に対し、引きつった笑みを浮かべた。そして、第二層側の通路の入り口に向けて小銃を構える。

 そこで、団長は眉をひそめた。


「いや、待てよ。第一層と第二層の団員はすぐに退避してきたんだよな?」


 彼の懸念は、白コートの攻撃方法だった。白コートの数と身体能力を考えれば、素手でこちらに殺しにかかってきても不思議ではない。それならば、すでに第三層は戦闘状態になっているはずだった。

 だが、白コートは未だに第三層へ下りてこない。第一層と第二層の団員が無事に逃げ切れ、警報が鳴り止むまでの時間は経っている。


 団長は冷や汗を垂らしながら、白コートが引き返すことを願った。しかし、彼の思考の奥底では、白コートが何をしているのか、ある程度の見当はついていた。

 そして、その予想は正しかった。


 第二層側の通路から白コートが現れる。そこで、目のいい団員がすぐさま声を上げた。


「白コートが現れました! ぶ、武器持ちです!」


 その直後、銃声が第三層に鳴り響いた。銃弾は柱に当たり、誰の命も奪わなかった。それは白コートから放たれたものだった。

 白コートは、第二層で団員が回収しきれなかった銃を拾い集めていた。それも、五体すべてが。それにより、松永自警団は銃持ちの怪物と戦うことになってしまった。


「一班撃て! 第三層から先へは行かせるな!」


 団長の指示により、半数の団員が弾幕を張り始めた。銃弾の嵐のなか、五体の白コートは柱に隠れながら、銃で応戦する。


「やはり第二層の武器を探していたか……はは、これはまずいな」


 団長がそう呟いたときには、白コート五体と三十人の団員による銃撃戦が始まっていた。




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