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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第五章 血塗られた記憶
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5-9 選択

 あの日。世界崩壊の日から約三年半、二歩隊結成から約一年半経った六月十日。北西方面の防衛線外で偵察の命令が下された。


 かなり広範囲での偵察であり、攻撃部隊にも多くの戦力が必要だった。二歩隊には「攻撃部隊が到着するまで、できる限りの範囲を調査すること。攻撃部隊到着までに撤退することは許されない」という指令が出されていた。罰則が厳しくなりつつあったので、俺は幹部の命令には逆らわないようにした。


 いつものように偵察をした。二歩隊全二十名を動員した。だが、日が暮れても攻撃部隊は後ろに来なかった。


 普段は、日没前には防衛圏に戻っていた。そして中継拠点や安全圏の二歩隊詰所で寝泊まりをしていた。だが、その日に限っては、幹部の命令を守って野宿することになった。

 明日になれば攻撃部隊は到着するはず。その時の俺はそう思っていた。


 偵察二日目。白コートとの戦闘になった。相手は一体だけだったため、二歩隊に犠牲者は出なかった。攻撃部隊は合流しなかった。防衛線で白コートとの戦闘になったため、攻撃部隊の到着は遅れるとのことだった。


 偵察三日目。その日も白コートと遭遇した。三体と戦闘になった。それで、二人が死んだ。三人が負傷した。充分な休息をとることができず、心身ともに消耗していたのが原因だった。この日も攻撃部隊は来なかった。中央と連絡を取ったが、奴らは何も言わなかった。


 そして偵察四日目の六月十三日。

 ついに手持ちの食糧と水が尽きた。俺を含め、隊員には限界が来ていた。蒸し暑さが俺たちの体力を奪い、喉の渇きと空腹が精神を蝕んだ。


 そこで、俺は初めて幹部の企みに感づいた。思えば最初から不自然だった。大規模な攻略とはいえ、二歩隊の後ろに攻撃部隊の六歩隊がいないのはおかしかった。


 幹部は、初めから攻撃部隊を出撃させるつもりなどなかったのだ。奴らは、罪人奴隷制度の導入に反対する俺を、二歩隊ごと消し去ろうとしていた。連合では死神部隊だの領土拡大の英雄だの言われていた俺たちだが、幹部にとってはただの兵隊でしかなかった。


 俺は自分の判断ミスを呪った。

 偵察二日目にさっさと防衛圏に戻るべきだった。そうすれば、五人もの死傷者が出るなんてことはなかった。

 だが、少し考えて、俺はその後悔も無駄だと悟った。命令違反をして帰還しても、幹部は規則違反を盾にする。そして、俺たちを何度も地獄に閉じ込めるだろう。


 それもすべては、連合創設メンバー最後の生き残りである俺を殺すためだ。

 だから、二歩隊の部下たちを生かす方法は一つしかなかった。


「俺は今、死んだことにする。隊長である俺が死んだことになれば、命令違反の帰還も許されるはずだ。ここで全員野垂れ死にするよりはマシだ。お前らは全員防衛圏に戻れ」


 俺はそう言って二歩隊隊長のバッヂを右肩から引きちぎり、楓に放り投げた。だが、楓はそれを受け取らず、あろうことか副隊長バッヂを蒼司に投げつけたのだ。


「隊長の死亡だけでは、帰還の理由としては薄いです。だから、あたしも一緒に死んだことにします。隊長と副隊長が両方死ねば、幹部のクソ野郎共も命令違反を罰する気にはなれないでしょう」


 楓のその言葉の意図を、俺はそのとき理解していなかった。だが、俺は楓の提案を容認した。中央からの逃避行に楓が同伴していれば、俺たちの生存率は上がると思った。

 蒼司は反対した。俺は蒼司の目を見据えて懇願した。


「頼む。隊員を救ってくれ。これからの二歩隊を任せられるのは蒼司しかいないんだ。幹部は、俺と楓が死んだことになれば、それで満足なんだ。だから、頼む」


 俺がそう言っても、蒼司は抗い続けた。


「俺と楓はどんな形になっても生き延びる」


 その言葉でも、蒼司は首を縦には振らなかった。隊員をいち早く防衛圏に戻したかった俺は、隊員に銃口を突き付けた。そして、何発か威嚇射撃をした。


「俺の命令に逆らうつもりか! 逃げろ! 俺に殺させたくなかったら今すぐ帰れ!」


 俺はそう叫んだ。

 蒼司と他の団員は歯を食いしばり、無言で撤退を始めた。

 そのとき、雨が降り出した。少し不快に思う程度の量だった。


 俺は楓とともに、防衛圏外を移動し始めた。逃げ込む先は南東エリアの松永自警団。北西エリアからは遠いが、他に頼れる自警団を知らなかった。


 移動の途中、白コートと何回か遭遇した。残り弾数は少なかったが、楓がそばに居たので無駄弾を撃つことはなかった。白コートを撃退しつつ、慎重に進んでいった。


 六月十三日の夜は、交代で睡眠をとりながら休んだ。食べ物はなかったが、喉の渇きは雨水を飲むことでなんとか解決した。


 翌日は白コートと遭遇しなかった。夜の時点で、俺たちは南西エリアと南東エリアの境目の辺りまで到着していた。


 その夜、休憩しているとき。楓が俺にそっと抱きついてきた。そして、楓は言った。


「隊長があたしを二歩隊副長としてスカウトしたときから、あたしはずっと隊長のことが好きでした。でも、隊長の負担になると思って、今まで言えませんでした。でも、今のあなたはただの中川隼人です。だから言います。隊長、好きです」


 俺は楓に告白されて頭が真っ白になった。俺は春見さん一筋だった。だが、楓に言われて気付いた。俺は春見さんを好きでいながら、楓にも恋をしていたということに。一年半、楓は俺の隣に居続けた。そして、俺を支えてくれた。そのうえ、楓は美人だった。好きにならないわけがなかった。


 恋心を自覚し、俺は楓を抱きしめた。そのまま楓の唇を貪った。体のいたるところを愛撫した。廃墟の中で互いを激しく求め合い、やがて性行為に移った。楓は処女だった。行為中、「隊長以外に破られたくなかったんです」と楓は言った。素直にうれしかった。


 隊長呼びと敬語をやめるよう楓に言ったが、彼女は聞き入れなかった。だが、俺はなんとなく納得した。今まで通りの接し方のほうが、心は満たされた。

 楓の厳しい目は、いつしか優しいものになっていた。


 行為を終えると、楓は深い眠りに落ちた。俺の肩に寄りかかる彼女を見ながら、俺はこれからも楓と生きていこうと誓った。


 その翌日、六月十五日。危険域を順調に進み、俺と楓はやがて南東エリアの防衛線に差し掛かった。そこは第四防衛隊が担当している区域だったが、俺たちは監視の目をくぐり抜けて防衛圏に入ることに成功した。


 団員たちに見つかることなく、俺たちは松永自警団に向けて歩みを進めて行った。しかし、あと少しで目的の拠点にたどり着くというところで、俺たちは一体の白コートに襲われた。


 二人で対処しようとした。

 だが、俺たちには体力の限界が来ていた。


 白コートに応戦するが、二人とも殺されそうになった。比較的軽傷の俺は、生きることを諦めていなかった。だが、楓は違った。腹部を殴られ、激しく吐血していた。


 それでも、楓は立ち上がった。鬼の形相で白コートに捨て身のナイフ攻撃を喰らわせた。楓に頸動脈を切られ、白コートは暴れるように楓を突き飛ばした。俺はその隙に白コートの頭に照準を合わせ、引き金を引いた。


 白コートは頭と首から血を噴き出しながら倒れ、動かなくなった。

 俺は楓に駆け寄り、彼女に肩を貸した。俺は力を振り絞って楓と一緒に立ち上がると、松永自警団の拠点に向けて歩き始めた。


 楓の状態は酷いものだった。体中から血を流し、咳と同時に血を吐き出し続けていた。その姿が、春見さんの最期と重なった。俺は楓に死んで欲しくなかった。だから、俺は必死に言葉をかけ続けた。


 しかし、楓は俺の言葉を聞き入れず、一方的に話し始めた。俺が喋るなと言ってもやめなかった。


 死に場所は隊長の隣と決めていた。隊長はあたしに生きる意味を与えてくれた。隊長があたしのすべてだった。今が一番幸せです。


 楓はそんなことをほざいていた。俺は楓の言葉を認めたくなかった。死を覚悟したかのような言葉に負けて欲しくなかった。俺は楓を連れて必死に歩き続けた。


 長かったのか短かったのかはわからない。でも、なんとか拠点の入り口にたどり着いた。そのときだった。楓は俺に優しく微笑みかけながら、小さく口を開いた。


「隊長は、あたしたちの……連合の希望です。だから、生きて、くださ……」


 その言葉が耳に入ったとき、俺たちの体が前に倒れた。


 俺はとっさに楓を抱きかかえた。俺たちはそのままコンクリートの坂道を転がり、第一層に入った。

 俺はすぐに楓を抱きかかえた。しかし、楓はすでに息を引き取っていて、俺の言葉に反応してくれなかった。俺は泣けないほどにショックを受けた。


 それからの記憶は曖昧で、気づいたときには医務室のベッドの上だった。三日間、俺は楓の拳銃を握り締めたまま、ベッドの上から動かなかったらしい。


 また、俺の記憶にはないが、楓の死の直後、一体の白コートが拠点に侵入してきたという話を聞いた。その白コートは俺が無意識のうちに殺したらしく、その時の俺は恐ろしく歪んだ顔をしていたという。


 俺が意識を取り戻した後、団長と副団長に事情を説明した。彼らは俺をかくまうことを承諾し、俺は晴れて松永自警団の非公式団員になった。


 その後、楓の死体は棺桶に入れて、拠点から少し離れたところに埋葬した。また、楓の埋葬は中央には秘密にした。それ以降、自警団で楓の名を口にすることはタブーとなった。俺は別に禁止してくれなくても構わなかったが、団長と副団長なりの俺への配慮だった。


 俺は松永自警団の団員に恐れられながら、見張り役として静かに生き続けた。そんななかで、団長や副団長、美佳や真由美、住山や英志、宏和など、好意的に接してくれる者の存在は本当に有難かった。


 春見さんと楓。俺が愛した二人の遺言を守り、俺は生き続けた。中央が罪人奴隷制度を導入しようが、二歩隊を偵察部隊から特攻部隊に変えようが、俺の知ったことではなかった。


 ただ生きて白コートを殺し続ける。

 クロが現れるまでは、それが俺の使命だと思っていた。


 奴と出会い、俺は変わった。クロと過ごしていくうちに、俺は死神から人間に戻ったような感覚になった。信頼できる相棒が出来て、俺は嬉しかった。楽しかった。過去に縛られ続ける生活から抜け出せると思った。


 だが、その淡い希望は、奪還作戦の後に崩れ去った。


 数々の仲間の死、愛した人との死別を経験した俺は、その原因となった近森遼子に殺意を覚えた。俺はまた前を向けなくなった。


 それでも、遼子はクロとして過ごした記憶を持つ女だった。俺に、クロは殺せなかった。それに、殺したところで怒りがなくなるわけではなかった。


 だから、俺は遼子に選択の機会を与えた。自分で壊した世界のその後を、クロの目を通してみた遼子に、もう一度世界をどうするのかという選択の機会を。


 遼子が世界を完全に滅ぼす方向へ動くのか、今からでも世界を救うために行動するのか、それとも何もせずに死を選ぶのか。遼子が何を選ぼうが、俺は彼女の意志を受け入れようと思った。それを受け入れたうえで、俺は生き続けるために戦う。戦うために生き続ける。


 その決意を胸に、俺は夢の世界を去り、再び深い眠りへと落ちていった。





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