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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第五章 血塗られた記憶
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5-5 連合初期

 近森遼子が医務室を去ってどれくらいの時間が経ったのだろう。俺はいつの間にか眠りについていた。

 そして、またいつものように、過去の出来事を夢に見る。


 世界崩壊のとき、中川隼人は公立の中学一年生だった。成績は上の下ほどで、陸上部に入っていたから運動神経はそこそこ良かった。友達もそれなりにいた。だが、恋をしたことは一度もなかった。エロいことには興味があったが、人並みに自慰行為をするだけだった。


 家族とは仲も良かった。妹の若葉はまだ小学五年生で、事あるごとに俺と遊ぼうとしていた。明るく、元気なやつだった。


 四年半前の一月三十一日。家族四人で昼飯を食べに東京の街を歩いていたとき、世界の崩壊が始まった。

 目の前で父さんと母さんと若葉が撃ち殺され、俺は半ばパニックになって逃げ出した。銃声や爆発音が耳を揺さぶり、周囲の人の悲鳴が恐怖心を増大させた。


 運良く裏路地に逃げ込み、物陰に身を隠した。しかし、白コートに見つかり、俺は死を覚悟した。白コートが俺に向かって歩き始めたとき、裏路地から現れた一人の女性が、走りながら怪物の頭を横から鉄パイプで殴り飛ばした。その白コートはすでに弱っていたようで、鉄パイプによる打撲で絶命した。

 その女性は曲がった鉄パイプを足元に投げ捨て、俺のもとに駆けつけた。


「大丈夫?」


 彼女はそう言って俺の手を取り、走り出した。

 周りに白コートの姿はなかった。彼女は俺を連れて空きビルに逃げ込んだ。それから、俺たち二人は白コートに怯えながら夜を明かした。

 身を隠しているときに、俺はその女性といろんなことを話した。


 彼女は相原春見あいはらかすみと名乗った。都内の大学に通う学生で、十九歳。趣味は軽い運動とバイクで、その日は一人で買い物に出かけていたらしい。


 俺は会話のなかで、初めて春見さんの姿をしっかりと見た。黒に赤がうっすらとかかった色の髪で、それは胸のあたりまで伸びていた。体型は美佳とほとんど変わらず、引き締まるところは引き締まり、出るところは出ていた。目鼻立ちのいい顔をしていて、優しい目が特徴的だった。


 俺は目の前で家族を失ったことを話し、泣いた。春見さんは肩を貸してくれた。俺が泣き止むまで、黙って頭を撫でてくれた。


 それから、俺と春見さんは無意識のうちに眠っていた。目が覚めたときには、外は明るくなっていた。

 俺と春見さんはビルを出て、静まり返った街を歩いた。雪が穏やかに降っていた。そんななかで、俺たちは他の生存者を求めて歩き続けた。瓦礫や死体を避けながら進み、一日で十人の大人と遭遇した。俺と春見さんは、その人たちと協力することを決めた。


 それ以降、その十二人で協力しながら食糧や武器を集め、他の生存者を助けていった。その途中、秀明のように疑心暗鬼になった者同士で殺し合う光景も目の当たりにした。レイプしている様子も目に入った。発狂した者を仕方なしに殺害することもあった。


 やがて、十二人が中心となって自警団が作られた。そして、自分たちの他にも自警団が多数存在することを知り、自警団と自警団で連絡を取り合い、協力していった。国が滅ぼされ、世界が崩壊しても、秩序は生み出された。


 そうして、なんとかして命を繋ぎ止めていった。そんななか、四月二十五日の誕生日を自警団で祝ってくれた。食事はいつもと変わらない缶詰やレトルト食品だったが、祝福の言葉だけでも嬉しかった。


 東京では白コートの出現が多数報告されていたので、自警団は埼玉に移った。そして、世界崩壊から約四か月が経った五月二十六日。俺たちの自警団が中心となり、埼玉を拠点とした自警団連合が結成された。


 連合内から五十代の人間から優秀だと思われる者を幹部とし、俺たちの自警団のメンバーは前線警備隊のリーダーとなった。


 俺は春見さんの補佐として、南東区域の副長になった。そこには旧松永自警団も配置されていた。そのため、松永純と小笠原直也の優秀さ、美佳の戦闘の才能をその時点で知っていた。


 前線警備隊では春見さんが団員を統率していたので、俺の仕事はほとんどなかった。伝言役や春見さんの護衛くらいしかすることがなかった。


 前線警備隊は恐怖と隣り合わせだった。いつ白コートが襲ってくるかもわからない状態でテント暮らしが続いた。白コートとの戦闘になることも多く、戦死者や負傷者が出るのは当たり前だった。発狂する者もいた。

 世界崩壊の日を生き延びても、地獄は地獄のままだった。


 問題は警備だけにあるわけではなかった。

 連合全体の在り方について、幹部側と警備側で対立することが多かった。特にもめたのは、前線を拡げるか否か、だった。幹部側は団員の安全と生活水準の向上のために前線拡大を主張し、俺たち警備側はそれに反対した。自分たちは自警団だから、犠牲を増やしてまで領土を拡げる必要はない。それが俺たちの意見だった。


 もちろん、先のことを考えれば幹部側のほうが正しい。あいつらは連合全体を考え、未来を見ていた。だが、警備側も正しかった。俺たちは団員個人を重視し、現在を必死で生きようとしていた。

 幹部側は連合全体のため、警備側を説き伏せることにした。


 離れた場所にも自分たちと同じような自警団がいるかもしれない。安全圏を拡げれば、そうした自警団と協力することもできる。団員の数と領土が大きくなれば、農業と工業も盛んになり、戦闘員により良い装備を与えることができる。そうすれば、団員の死亡率は大幅に下がるだろう。


 幹部側はそのようなことを言って、俺たちに反論させなかった。しかし、幹部の意見を承認する際に、警備側は一つの条件を出した。安全圏拡大部隊は創設メンバーのみで構成する、と。俺たち十二人だけが領土の外に出る。幹部側はそれを呑み、関東自警団連合は前線の拡大を始めることとなった。


 俺たちは、自分たちだけで構成された部隊なら犠牲は出ないと思っていた。今思えば、慢心にも程があった。


 その決定は、連合結成から約一年半後の出来事だった。





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