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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第五章 血塗られた記憶
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5-2 裁き

 遼子は記憶を取り戻した後、隼人を医務室へ運び、ベッドに寝かせた。他のベッドでは秀明と雄一が静かに寝息を立てていた。どうやら手術は成功したようだ。


 住山には無理を言って医務室から出ていってもらい、遼子はベッドの近くに持ってきた椅子に座った。そしてコートからベルトを外し、彼女自身の経歴を簡単に話した。


「以上が、私の行ってきたことの全てだ」

「信じ、られないな」


 隼人は遼子から目を逸らし、困惑した表情を浮かべた。

 遼子は自嘲するかのように口元を上げた。


「そうだろうな。だが、私の話したことは全て事実だ。人を強く恨み、その結果、人間社会を崩壊させた。ホワイトコートは、この地獄は、私が作ったのだ」


 その言葉を聞き、隼人は顔をしかめて歯を食いしばった。


「ふざけるなよテメエ。それが本当なら、俺は今すぐお前を殺す!」


 彼は怒りの形相で遼子を睨み付ける。隼人のその鋭く冷たい視線を向けられれば、自警団連合の誰もが怖気づく。しかし、遼子は曇った表情のまま彼の目を見据えた。


「本当だ。隼人や美佳たちの親しい人を死に追いやったのはこの私だ。裁きたければ、今ここで裁いてもらっても構わない」


 そう言う遼子の目は、隼人の瞳をまっすぐに見つめている。隼人は、彼女が嘘を言っているようには思えなかった。


「そうかよ……だったら、望み通りに裁いてやる」


 隼人は低い声でそう言いながら右手に拳銃を持ち、遼子の眉間に銃口を突き付けた。遼子は隼人が何をしようとしているのかを悟り、そっと目を閉じた。


「ああ。好きなようにしてくれ」


 遼子の声は落ち着いていた。隼人は引き金に指をかけるが、それ以上のことはしない。遼子に視線を突き刺したまま、彼は口を開く。


「お前が白コートなんてものを作らなければ。父さんは、母さんは、若葉は、春見さんは、楓は、中央創設メンバーは、二歩隊の部下たちは、直也は! 死ぬことはなかった! 死ぬにしても、もっとマシな死に方ができたはずなんだ!」


 隼人は険しい表情で叫ぶように言った。彼の声は震えていて、拳銃を持った右手は大きく揺れて狙いが定まっていなかった。

 彼は顔から力を抜き、悲痛な表情を浮かべる。


「だが、クロは俺たちを何度も救ってくれた。クロと過ごすようになってから、楽しいと思えるようになった。お前は、クロなのか? それとも、近森遼子なのか?」


 隼人がそう問いかけると、医務室内は沈黙に包まれた。遼子は大きく息を吸い込み、静かに吐き出しながら目を開ける。


「私は……」


 彼女はそこで言葉を区切り、もう一度目を閉じた。


「私は、近森遼子だ。クロとしてこの自警団で生活した記憶を持つ、近森遼子だ」


 遼子はそう言い切った。隼人の目の前に居る女は、十日間ともに暮らし命を懸けて白コートと戦ったクロではなく、白コートを作り出してこの世を地獄に変えた近森遼子。クロという少女は、消えてしまった。

 隼人は強く目を閉じ、銃を下ろした。


「そう、かよ……」

「隼人……?」


 遼子は目を開け、戸惑ったように視線を隼人へ向ける。隼人に殺されるとばかり思っていたが、彼はそうしなかった。隼人は寝返りをうち、遼子に背を向けた。


「お前のせいで多くの人が死んだ。傷ついた。だが、その過去はもう変えられない。かといって、ここでお前を殺したところで、そこからは何も生まれない」


 彼は小さく息を吐き、告げる。


「これからは、お前の好きにしろ。それが、俺の下した裁きだ」


 そう言って、隼人は口を閉ざした。隼人と遼子の間に静寂が訪れる。遼子は隼人の頭に目を向けるが、見えるのは後頭部だけ。表情をうかがうことができず、彼女は視線を落とした。沈んだ表情でため息をつき、口を開く。


「そうか……だが、私はこれからどうすればいいというのだ?」

「それはお前が決めることだ。あと、今は一人にしてくれ、頼む」


 隼人は背中を向けたまま、遼子を突き放した。拒絶の意を示され、遼子は静かに目を閉じた。彼女は隼人の心中を察し、ゆっくりと目を開けた。


「……わかった。住山と美佳にも、しばらく入らないように言っておく」

「助かる」


 隼人が短く応えると、二人は再び沈黙した。隼人には遼子とこれ以上話すつもりはないようだ。遼子は言われた通りに部屋から立ち去ろうと思った。

 彼女は椅子から立ち上がり、扉へと歩いた。そして、ドアノブに手をかける。そのとき、後ろから穏やかな声が聞こえた。


「クロ。短い間だったが、世話になったな」


 遼子はドアノブに触れたまま、隼人に振り向いた。彼の顔は見えないが、その声は遼子がクロであったときにかけてくれたものと同じだった。彼と過ごした日々を思い出し、遼子は微笑んだ。


「私も、世話になった。ありがとう、隼人」


 彼女はそう言って、隼人の後頭部を見つめた。彼からの言葉を待つが、返事はない。遼子は静かにため息をついて目を閉じた。自分のやったことを考えれば、去り際に一言くれたことは奇跡のようなものだった。これ以上期待するほうがどうかしている。


 諦めのついた遼子は目を開け、ドアノブを回して扉を押す。そのまま振り返ることなく、彼女は医務室から出ていった。

 扉が閉まり、隼人だけが医務室に残された。重い空気のなか、彼は自分の気持ちに整理がつかず、顔を歪める。


「クソが……」


 それ以降、隼人は動く気にはなれなかった。





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