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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第五章 血塗られた記憶
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5-1 真相

 近森遼子は比較的裕福な家庭に生まれた。

 幼少の頃から容姿端麗で頭が切れ、何をやっても彼女の右に出る者はいなかった。彼女はいわゆる天才だった。


 彼女の外見は両親に似ていなかった。彼女の両親は後から生まれた両親似の弟を溺愛し、遼子を敬遠した。だが、彼女が何か功績を残すたびに、両親は遼子のことを自慢して回った。しかし、家族以外の目がない場所では、彼女を褒めたことは一度もなかった。


 学校での成績はすべてにおいてトップだった。だが、家庭で孤立していた彼女は、学校でも孤独だった。その頭脳や身体能力、容姿を求めて言い寄ってくる同級生や教師は大勢いたが、遼子という人間と接しようとする者はいなかった。


 遼子はいつも一人だった。生きる目的も見つけられなかった。言われたことを期待通りにこなした。暇があれば様々な知識を入れ、日本国内のあらゆる場所を訪ねた。あえて言うのであれば、それが趣味と呼べるものだった。


 彼女は名門私立に入る意味を見出せず、小中高とすべて地元の公立校に通った。そして、教員に言われるがまま日本最高学力の大学を受験し、難なく合格した。

 大学でも彼女の内面に踏み込もうとする者は現れなかった。他の学生や教員との交流は合ったものの、それらはすべて表面的だった。

 遼子は大学で薬学と生物工学に関心を持ち、教授の力を借りながら多くのことを研究していった。


 そのまま大学院へ進もうとしていた彼女だったが、村雨製薬という企業からスカウトを受け、学部卒業後にそこの研究員となった。

 弱小企業だった村雨製薬だが、遼子の活躍によって急成長を遂げた。彼女は商品の開発だけでなく会社の経営にも大きく貢献し、研究部門の長としての地位を築いた。


 彼女は三十五歳のとき、会社を急成長させた若手の超天才美人研究者としてメディアに取り上げられ、一躍時の人となった。しかし、彼女はこれまで通りに研究を進めるだけだった。


 遼子が有名になったことで、彼女は多方面から激しい嫉妬を受けることとなった。言われもない悪評を次々と立てられ、彼女はそれらすべてに対応することができず、やがて信用を失った。被害が会社に飛び火する前に、村雨製薬は遼子を解雇した。


 その後の遼子に再就職先などなかった。家にこもり、酒に溺れた。研究職で得た財産と会社からの手切れ金を切り崩しながら抜け殻のような日々を送った。そのなかで、遼子は人間に対する怒りを増していった。


 遼子は村雨製薬の研究員であるときに、自分があまりにも両親と似ていなかったので、家族全員の遺伝子を秘密裏に調べたことがあった。その結果、両親とは血は繋がっていた。しかし、彼女の遺伝子は受精卵の時点で操作されていた。人間離れした頭脳を持つように。最高の容姿となるように。彼女は親のエゴで生み出された、『デザインドチャイルド』だった。


 親にとって遼子は道具だった。親だけではない。遼子が関わった者全員が、彼女を人間として扱っていなかった。

 調査したときは何も思わなかったが、落ちぶれてからはそれが怒りの火種となった。そして、憎悪の炎を燃やし続けた。


 ある日、国際テロ集団の幹部と名乗る男が遼子のもとを訪ねてきた。変わり果てた遼子にも、彼は眉ひとつ動かさなかった。その男は遼子に「人類だけを滅ぼさないか?」と持ち掛けられた。冗談だと思ったが、失うものもなく投げやりになっていた遼子は、男の手を取った。


 男の言っていたことは嘘ではなかった。世界中に支部を持つ巨大テロ集団の一員として、近森遼子は迎えられた。彼女は自分の資産をすべて組織に与え、自らを失踪扱いとした。

 遼子は研究長となり、生物兵器の開発にあたった。


 最初の五年間はウィルス兵器や人造生命体の開発を試みるが、失敗に終わった。ウィルス兵器はヒト以外にも多大な影響を与えるため、目的に沿わない。人造生命体は個体の管理にコストがかかりすぎるため、量産できなかった。


 そこで、彼女はヒトを基にした強化生命体、いわゆる改造人間の開発に行きついた。組織内で用済み認定された者を実験体にし、遺伝子操作と投薬によってその体を強化した。ヒトを遥かに超える身体能力を身に付け、武器を扱えるだけの知能が残った個体を成功例とした。


 実験では、男性の成功率が二割ほどだったのに対し、女性の成功率は八割と高かった。遼子はその理由を解明しようとしたが、早期に人類抹殺を望む幹部からの命で、原因究明に力を注ぐことはできなかった。この時点で、遼子加入から十年の月日が流れていた。


 女性を素材にすることが決定し、世界各地でテロ組織による拉致が行われた。もちろん組織内で人権を失った女性を素材にはしたが、それだけでは圧倒的に不足していた。拉致開始から数か月で百二十万の個体を集めることができた。


 素材の遺伝子を操作し、投薬を重ねた。メンテナンスを厳重に行い、実用に耐えうる個体は約百万体となった。それらは軽量の特殊材質製の防具にちなんで、『ホワイトコート』と命名された。洗脳装置によって、ホワイトコートは人間を虐殺するだけの生物と化していった。


 そして遼子加入から十五年が経った頃。

 一月三十一日にテロが決行された。


 世界中に大規模なサイバー攻撃を仕掛け、情報網を破壊。各国が混乱状態に陥ったところで、組織の攻撃部隊と八十万体のホワイトコートを放った。それらは世界中の軍隊とぶつかり、相討ちとなった。そうして、各国の中枢と軍隊はその機能を失い、世界は崩壊した。


 一般人には生き残るものも多かった。しかし、それらはホワイトコートを徐々に開放することによって確実に殲滅する予定だった。

 世界の崩壊を見届けた組織の人間は、そのほとんどが組織の信念に従って自決した。しかし、近森遼子はそうはしなかった。


 彼女は研究所の最深部に特別な強化装置を設置していた。彼女は五年後の世界がどうなっているのかを確かめるため、強化装置の中で眠りについた。自分の体を強化した遼子の見た目は、五十歳の初老女性から十六歳ほどの少女へと変化した。


 そして世界崩壊の日から四年半が経ち、遼子は目覚めた。しかし、彼女は記憶を失っていた。自分が誰かということもわからないまま、遼子は黒いコートを纏い、最深部から離れ、地上へたどり着いた。彼女が出たのは、奪還作戦が行われた拠点のすぐ近くだった。


 ホワイトコートは一時的に近森遼子ではなくなった彼女を、排除すべき対象だと捉えた。遼子は襲ってきたホワイトコートを返り討ちにしながら歩き続け、やがて松永自警団の拠点へ足を踏み入れた。


 そこで最初に出会ったのが、中川隼人という少年だった……。





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