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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第四章 瓦解
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4-5 決意

 それから数分間、隼人とクロは無言だった。いつもの見張りではこの状態が普通なのだが、今のクロにとって沈黙は耐えがたいものだった。

 彼女は胸に溜まったままでいたことを、隼人に尋ねようと思った。


「ねえ、隼人。訊いたらダメだって、美佳に言われたけど。隼人は、この自警団に、来る前に、何を、経験してきたの?」


 クロがそう言うと、隼人は彼女を一瞥し、鼻で笑った。


「それを訊くか、お前。度胸あるな」

「い、いや。隼人が嫌なら、教えてくれなくても、いい」


 隼人の眉間にしわが寄っていたので、クロは少し慌てた。やっぱり訊かないほうが良かった。彼女がそう思っていると、隼人は息を吐きながら小さく笑った。


「まあ、クロになら、離してもいいかもな」

「ほんとに、いいの?」


 クロは少し驚いたようにまぶたを上げた。隼人はそんな彼女に顔を向け、右手の人差し指と親指で小さな隙間を作ってみせた。


「少しだけ、な」

 彼はそう言って右手を下ろし、天井を見上げた。その瞳は、どこか遠い景色を映し出しているかのようだった。

 隼人は一呼吸置き、口を開いた。


「今から四年半前。世界崩壊の日に、俺は目の前で家族を失った。俺も白コートに殺されそうになったが、ある人が助けてくれたんだ。その後、俺はその人と他の仲間と自警団連合を結成して白コートと戦っていた。だが、ある日、その人は白コートとの戦いで死んでしまった」


 隼人はそこで、右脚のホルダーに差してあるナイフに手を触れた。柄の部分にKとAが刻まれたそれを、隼人は優しく撫でる。

 クロは、そのナイフが形見であることを悟った。二文字のアルファベットは前の持ち主のイニシャルなのだろう。

 隼人はナイフから手を離すと、話を続けた。


「俺はその人の遺志を継ぎ、二歩隊を作った。俺がいた頃の二歩隊は、防衛圏外の偵察だけを行う部隊だった。隊員の数も二十人程度で、年齢も二十歳未満のやつばかりだった。そして、二歩隊でも、俺は多くの仲間の死を経験した。そして一年前、俺は自分を死んだことにして部隊を撤退させ、俺はこの松永自警団にかくまってもらった」


 彼はそこまで話すと、再びクロに顔を向けた。


「こんなところでいいだろ」

「まだ、気になるところが、あるんだけど、いい?」

「なんだ?」

「隼人はどうして、自分を死んだことに、してるの?」

「その話か」


 隼人はそう呟き、クロの問いに答えるかどうかを考えた。世界崩壊の日、初期の自警団、前線警備隊、二歩隊。それらの話はこれ以上する気がなかった。しかし、自分を死亡扱いにした理由については、自警団連合における隼人自身の立場を説明することにも繋がる。

 彼はクロの望んだ通りに話すことにした。


「二歩隊の頃の俺は、中央の幹部からはあまり良く思われていなかったんだ。連合創設メンバー最後の生き残りだったから、発言力も大きかった。そのうえ、俺は幹部の意見に反対することが多かった。中央幹部にとっては、俺の存在が邪魔だったんだ」


 隼人は天井を見上げ、眉をひそめる。


「あるとき、幹部は二歩隊に『攻撃部隊が到着するまで偵察を続けろ』という命令を出した。俺たちはその命令に従ったが、三日経っても攻撃部隊は来なかった。幹部連中は攻撃部隊を送り出すつもりなどなく、最初から俺たちを戦死させるつもりだったんだ」


「そこで、俺は部下を死なせたくなかったから、自分を死んだことにして、二歩隊を中央に帰らせたんだ。幹部の目的は、俺を死亡させることだったからな。俺がいなくなったことにより、部下たちの命は救われた」


 隼人は左脚の拳銃に手を添え、ため息をついた。


「そして、俺はこの自警団に逃げてきて、かくまってもらっているんだ」


 話を終えた隼人の表情は沈んでいた。クロは隼人が触れている拳銃に目を向ける。スライドの部分にKとTの文字が刻まれている。これも、隼人にとって大切な人の名前で、大事な遺品なのだろう。

 クロがそう思っていると、隼人が鼻で強く息を吐いた。


「少し喋りすぎたな」


 彼はそう呟くと、両目を開けて見張りの体勢に戻った。だが、クロにはその行為が虚勢であるかのように見えた。

 彼女は悲しげな表情をして、隼人に言葉をかけた。


「隼人、苦労したね。つらかった?」

「さあな」


 隼人は力を抜いて笑った。初めて会ったときは銃口を突き付けてきたのに、今ではこうして自分の過去を受けとめてくれるようになった。表面には出さないようにしたが、隼人はクロの気遣いが嬉しかった。もはや、彼女が何者なのかということはどうでもよくなっていた。


「さてと。いつまでもお喋りしていないで、ちゃんと見張りするぞ」

「そうだね」


 それから二人は無言で見張りを続けた。クロはこの静寂が苦ではなくなっていた。隼人の過去を本人の口から少しだけでも知ることができ、気分は落ち着いていた。


 今日の奪還作戦で副団長という大切な存在を失ったが、前を向いて生きるしかない。ヒトとは大きく異なる部分があっても、この自警団の一員として団員の命を守っていこう。クロはそう固く決意した。





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