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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第四章 瓦解
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4-1 帰還

 装甲車を停めてから数分後、ようやく動く気力の湧いてきた隼人とクロは車から降りてコンクリートの床に足を着けた。二人は光孝と勇樹の遺体を車から運び出し、第二層の隅に寝かせる。後のことは第二層の団員に任せ、隼人とクロは第五層へ向かった。


 第五層では負傷者の治療が行われていた。意識不明の雄一は医務室で住山による処置を受けており、他の作戦参加者は住山の指導を受けた団員が担当している。

 ただ、医師の指導を受けているとはいえ、できる範囲は限られている。やれることをやったら、後は住山に託すしかない。


 美佳は負傷者の処置を終え、調理場に戻って夕飯の準備を始めようとした。だが、隼人やクロのことが心配で作業に身が入らず、床に視線を落とすことしかできなかった。

 そこに、隼人とクロが第五層へ下りてきた。

 二人の姿が見えた直後、美佳は顔を上げ、彼らのもとへ駆け寄った。


「隼人さん! クロちゃん! よかった、無事で……」


 美佳は安堵の表情を浮かべて隼人とクロを迎える。しかし、二人は目を伏せ、美佳と視線を合わせようとはしなかった。


「ああ」

「うん」


 隼人とクロは、とりあえず返事だけはしておいた。だが、美佳には話さなければならないことがある。このまま黙っていても利点はない。

 少しの間を置いて、隼人は口を開いた。


「美佳。もう英志や宏和から聞いていると思うが、光孝と勇樹は、白コートの攻撃を受けて、戦死した。二人とも、立派に戦っていた」


 隼人は本題に入るのを躊躇した。前置きとしてこの報告をするしかなかった。

 その言葉を受け、美佳は目線を下げる。


「そうなんだ。うん。光孝さんと勇樹さんは、自警団連合のみんなのために戦って、死んだんだよね」


 彼女の声は震えていた。目に、涙が溜まっていた。


「雄一さんも、白コートと戦った後は、住山先生と一緒に戦ってる。生きようとして、必死に頑張ってる」


 美佳はそう言って両手を握り締める。


「英志さんや宏和さん、和希さんや拓真さん、秀明さんも自警団のために戦って傷ついた。隼人さんとクロちゃんは、みんなが無事に帰れるようにすごい働きをしたって、聞いたよ」


 彼女は早口だった。美佳はそこまで言い終えると、口を閉じた。ゆっくりと顔を上げ、隼人とクロの目を見渡し、かすかに笑った。


「それで、お父さんは? まだ、中央と連絡とってるの?」


 美佳のその問いで、隼人とクロの表情がより悲痛なものになった。できれば答えたくなかった。だが、彼女のこれからのために、言わなければならない。

 隼人は静かに息を吸い込み、覚悟を決めた。音もなく肺の空気を吐き出すと、隼人は美佳の双眸を見据えた。


「美佳、落ち着いて聞いてくれ。副団長は、小笠原直也は。負傷した後、白コートを道連れにして、亡くなった」


 その言葉で、美佳は無表情になった。


「……え?」


 彼女はそう声を漏らし、目を見開く。隼人は胸を締め付けられるような感覚に陥った。それでも、小笠原直也の最期について話す義務を果たそうとした。


「撤退直前に白コートの攻撃を受けて自らの死を悟った副団長は、俺たち二人の生還率を上げるために、白コートを巻き込んで自爆したんだ。立派な最期だった」

「わたしが訊いてるのはそんなことじゃない!」


 隼人が報告を終えた直後、美佳の叫び声が第五層にこだまする。この場に居る団員たちは静まり返り、美佳に目線を向けた。そして、すぐに目を逸らした。

 美佳は怒りの形相で隼人の胸倉に掴みかかった。


「ねえ、冗談でしょ? お父さんが死ぬなんてありえない! 四年半前からずっと戦って生き残ってきたお父さんが! 死ぬわけない! 嘘でしょ! ねえ! 嘘って言ってよ!」

「……クロ。あれを、渡してやれ」


 隼人は美佳から目を逸らし、隣に立っているクロへそう言った。父親の死を言葉だけで受け入れるのは難しいだろう。遺体を持ち帰ることはできなかったため、副団長が死亡した証拠となるのは一つしかなかった。


「うん」


 クロは隼人の言葉に従い、コートの内側から銀色の拳銃を取り出した。


「美佳、これ」

「え? これって……」


 銀色に塗装された中央製の拳銃をクロが差し出すと、美佳は隼人から手を離してその拳銃に目を向けた。美佳の顔から力が抜けていく。


 その拳銃のスライド部分には、小さく『N.O.』と刻まれていた。これは、小笠原直也のイニシャルだった。彼は中央からの支給品に銀色の塗装を施し、この拳銃を大事にしていた。生きているときに手放すはずがなかった。

 美佳はそこで、現実を受け入れた。


「じゃあ、本当に、お父さんは……」

「うん。白コートを道連れにして、死んだ」


 クロは美佳の目を見ながら、抑揚のない声で副団長の死亡を告げた。美佳はクロの目を見なかった。美佳はうつむき、膝から崩れ落ちた。


「なんで……なんで……。絶対に帰ってくるって約束したのに。どうして……」


 美佳の目から涙が溢れ出す。出撃する前に見せた父親の笑顔を思い出しながら、彼女は右手を伸ばし、クロから拳銃を受け取った。


「お父さん……」


 美佳は小笠原直也が使っていた拳銃を両手に持ち、顔の前で見つめた。


「おとうさん……」


 両手を震わせ、目を閉じる。


「おとうさん!!」


 彼女は声を上げて、拳銃を額に押し付けた。その直後、美佳は目鼻立ちのいいその顔をぐちゃぐちゃに歪ませ、泣き叫んだ。


「うわああああああああああああああああああああ!」


 美佳の慟哭が第五層に響き渡る。副団長の死に、他の団員も抑えきれなくなった。ある者は涙を流し、ある者は歯を食いしばり、またある者は虚無の表情を浮かべている。


 隼人は美佳から顔を逸らし、歯を食いしばった。

 クロは美佳を眺めながら自分の無力感に押しつぶされそうになった。


 作戦参加者の治療に加わっていた団長は立ち上がり、泣き叫ぶ美佳もとへ静かに歩み寄った。彼はその場にしゃがみ、美佳の両肩に優しく手を置いた。


「美佳ちゃん。落ち着くまで団長室に居ていい。みんなが見ている前じゃ、思い切りなけないだろうからさ」

「うう、う、うん」

「さ、行こう」


 美佳は手で目を隠したまま頷き、団長に支えられながら立ち上がった。団長に連れられ、美佳は団長室へと入っていった。





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