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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第一章 崩壊した世界
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1-4 副団長と父親

 隼人はカレーライスを味わいながら食べていき、最後の一口を名残惜しそうに咀嚼した。空になった皿の上にスプーンを置き、水の入ったコップを右手で掴み、中身を一気に飲み干す。コップを机にそっと置くと、彼は胸の前で両手を合わせた。


「ごちそうさま。うまかったよ」

「おそまつさまでした」

 美佳はほがらかに笑って隼人に応えた。


「じゃあ、見張りに行ってくる。食器の片づけ、よろしく頼む」

 隼人はそう言って立ち上がり、上の階へ向けて歩き出す。そのとき、椅子に座っている美佳が隼人を見上げて身を乗り出した。

「あ、今日はわたしも見張りに行っていい?」


 その言葉に隼人は足を止め、彼女に振り向いた。美佳は肯定を期待するかのようなまなざしを向けている。

(美佳は足手まといにはならないから、別にいいか)

 隼人がそう思って、「好きにしろ」と言いかけた瞬間、

「だめだ! 美佳!」

 副団長の声が響き渡った。先ほどまでとは異なり、副団長の声には芯が通っている。また、彼の表情も険しいものになっていた。


「なんで!」

 それに対し、美佳は両手を机に叩きつけ、座っていた椅子を倒しながら立ち上がり、調理場の近くで正座したままの副団長へ怒声を浴びせた。

 この光景を見て、隼人は開きかけていた口を閉じ、右手で顔を覆った。そして、「またか……」と、ため息をついた。


 副団長は立ち上がり、その場で美佳の目を見据える。

「見張りは美佳の仕事じゃない。お前には、団員みんなの食事を用意するという大事な仕事がある。美佳は調理係長なんだから第五層を離れるな。何度言わせるつもりなんだ」


 副団長の言葉に、美佳は歯を食いしばった。副団長を睨み付け、右手で自分の胸を叩いて口を大きく開く。

「でも! わたしは隼人さんの次に拳銃を上手く使えるし、体だって鍛えてる! わたしにだって見張りくらいできるし、いざというときには戦える! お父さんだって、わたしと一緒に白コートを倒したのを覚えてるでしょ!」

「あのときと今では状況が違う。だめなものはだめだ」

「お父さん!」

「美佳! これは、松永自警団副団長小笠原直也としての命令だ」


 副団長は美佳に向けていた目をさらに鋭くし、声をよりいっそう低くした。これには美佳も怯んでしまう。父親としての小笠原直也には躊躇いもなく反抗できるのだが、自警団の上官としての彼に口答えすることはなかなかできない。

 美佳は悔しげに歯ぎしりをした。

「お父さん! そんなの卑怯だよ!」


 彼女は精一杯の反抗として父親を責めたが、副団長としての彼は動じなかった。口を閉じて美佳に視線を突き刺している。

 だが、美佳がここで引き下がるわけがなかった。拳を握り締め、まだ何かを言い返そうと必死で言葉を選んでいる。


 そして、美佳が言葉を発しようとしたとき、

「美佳」

 隼人が静かに彼女の名前を呼んだ。

「なに?」

 美佳は眉間にしわを寄せて、隼人に顔を向ける。隼人とはいえ、第三者によって言葉を遮られたのが彼女の逆鱗に触れた。


 隼人に対して怒りを露わにするが、隼人は美佳の双眸をまっすぐに見つめる。彼は眉ひとつ動かさずに、冷たい視線のみで美佳を威圧する。

 美佳の表情が怒りから恐怖へと変わっていく。彼女の手から力が抜け、体が震え出す。隼人はそれを見届けると、ゆっくりと口を開いた。

「命令には従え」

「わ……かりました」

 美佳は喉から声を絞り出し、隼人と副団長に頭を下げた。そして、うなだれたまま歩き出し、調理場へと戻っていった。


 隼人は表情を緩め、安堵のため息をついた。

 団長と副団長は、美佳が二人のそばを素通りして調理場の奥に行くのを見届けた後、隼人のもとへ歩み寄った。

「すまないな、隼人」

「いえ、たいしたことありません」

 小さく頭を下げる副団長に対し、隼人は首を横に振った。

「敬語なんて使うなって」

「……ああ、すまん」


 隼人と副団長が短く言葉を交わすと、その場に静寂が訪れた。だが、黙っているのは団長と副団長と隼人だけで、他の団員はそれぞれの活動を再開している。


 やげて、団長が口を開く。

「いつものことだけど、隼人の言うことは聞くのに、直也の言うことは聞かないんだな。美佳ちゃんは」

「反抗期ってやつだろ、どうせ」

 副団長はあきれたように目を閉じ、ため息をついて首を左右に小さく振った。


「なあ、副団長。いい加減、美佳にも見張りくらいさせてやったらどうだ? あいつ、二歩隊レベルの腕はあるし、俺の足手まといなんかには絶対にならないはずだ」

 隼人はせめてものフォローを入れる。

 それは本心からの言葉だったのだが、隼人自身もそれが無駄だということはわかっていた。問題は、美佳に戦う力があるかどうかではないのだ。


 副団長は静かに両目を開けた。

「娘を危険な目に合わせたい父親が、いったいどこにいるって言うんだよ」

 彼の口からぽつりと漏れた言葉に、隼人も呟くように答える。

「そうだな。悪い。無神経なことを言ってしまって……」


 隼人と副団長は再び口を閉ざした。世界崩壊の日に、肉親をすべて失った者は珍しくない。むしろ、副団長と美佳のように、四年半経った今でも肉親が生き残っているほうが遥かに珍しい。それゆえに、美佳を比較的安全な場所に留めておきたいという副団長の気持ちを、隼人は痛いほどわかっていた。


 沈黙している二人の間で、団長が小さく息を吐いた。

「美佳ちゃんが大事だから戦場には立たせたくない。そう素直に言えばいいのによ。ちゃんとした理由を言えば、美佳ちゃんもあそこまで怒らないはずだよ」

 団長が穏やかな声でそう言うと、副団長は視線を下げて口元をわずかに上げた。そして、右脚のホルダーに差している銀色の拳銃をさすりながら口を開いた。

「純。そんなの、今さら言えるわけないだろ」

「そう、だな」

 副団長の言葉に、団長は頷くことしかできなかった。


 隼人は、この拠点を与えられる前の松永自警団を知っているため、何も口出ししない方が得策だと考えた。おそらく、団長と副団長は数年前のことを思い出しているのだろう。美佳も銃を持って、警備を行わなければならなかった、あの頃を。


 団長と副団長はしばらく動き出しそうになかったので、隼人はこの場から離れることにした。無言で二人から離れ、隼人は医務室へと向かった。




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