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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第三章 奪還作戦
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3-14 狂気

 光孝の奇行に隼人は驚愕した。


「なっ!?」


 自然と声が出てきた。全身から一斉に汗が引き、すべての血管が収縮したような感覚に襲われる。生きた心地がしなかった。偵察中に大声を上げるなんてことは、自殺行為に等しい。そして、ほかの団員を殺してしまう可能性も大きい。隼人は光孝の行動を理解できなかった。


 光孝は後ろに振り返り、隼人に体を向けた。


「さっきからなんなんだよ! 元二歩隊隊長のくせにビビッてばっかで! そのくせ態度はデカい! ふざけてんのか隼人!」


 光孝は顔をしかめて隼人に怒鳴りつける。彼はもともと隼人のことをあまり快く思っていなかった。それが今になって爆発したようだ。

 周りの団員は困惑したように隼人と光孝を見ている。一秒ほどで部隊の様子を確認したが、誰も光孝を止めようとはしない。いや、できないのか。

 隼人はこの事態を収拾するため、動き出した。


「ふざけんのは、テメエのほうだ」


 彼は静かにそう言って、右脚のホルダーからナイフを抜こうとした。だが、隼人の右手がナイフの柄に触れた直後、副団長が隼人の右腕を掴んだ。


「隼人! よせ!」


 副団長は隼人を必死に引き止めようとした。隼人がしようとしていることは、副団長の信念に反する。綺麗事だとわかっていても、隼人を行動に移させてはならない。

 腕を掴まれた隼人は、副団長の目を睨みつけた。


「殺してでも黙らせないと白コートに見つかる」


 低く冷淡な声でそう言い放った隼人に対し、副団長は眉間にしわを寄せて首を横に振る。


「仲間を殺すのだけはダメだ。光孝も落ち着いてくれ」


 副団長は視線を隼人から光孝に移し、悲痛な表情を浮かべた。

 だが、光孝は副団長にさえも反抗の意を示す。


「嫌っすよ! だいたいなんで副団長は隼人の言うことを聞くんすか! こいつめっちゃ年下っすよ!?」

「光孝の言うことはわかる。だが自警団に年齢は関係ない」


 副団長は口調を強めるが、光孝はそれを聞き入れない。


「でもムカつくんすよ! 二歩隊の隊長で生き残り続けたってのも、ただ運が良かっただけっすよ!」


 光孝の言葉に、隼人は両目を固く閉じた。死神部隊と称される二歩隊の初代隊長と言っても、ただのヒトであることには変わりなかった。


「それは否定できない。だが黙ってくれ。光孝は、自警団員を死なせたいのか?」


 隼人は苦い表情のまま、穏やかな声で尋ねた。

 だが、光孝は変わらなかった。


「どうせここには白コートなんていねえよ! 防衛線の外にでも移動したんだよ!」


 彼は半狂乱になって叫んだ。他の団員を顧みない光孝の行動に、隼人はついに我慢の限界を感じた。これ以上は理想を捨てなければならない。

 隼人は副団長の右手から右腕を抜いた。その直後、副団長の腕を振り払ってナイフを手に取り、その切っ先を光孝に向けた。


「いいから黙れ、さもないと殺す」


 その言葉は隼人の最後の良心だった。もし副団長がそばに居なければ迷わず刺し殺していたところだ。無駄だとわかっていても、最後に脅しをかけた。

 光孝は一瞬怖がったような様子を見せる。


「こわっ。でも、ビビってるからそんなことしてんだろ? だったらこの先は、俺が一人で見てきてやるよ!」


 彼は震える声で隼人を嘲笑すると、調査の住んでいない方向へ一人で走り出した。


「おい光孝待て!」


 隼人は咄嗟に呼び止めるが、光孝がそれを聞き入れるはずがなかった。光孝はそのまま前進していく。隼人は周りを見渡す。他の団員は唖然としたように光孝を眺めていた。だが、派遣部隊は確実に動揺している。

 光孝は五十メートル先まで行くと走るのをやめた。道の真ん中で後ろに振り向き、団員たちに体を向ける。


「ほら! 一気に行っても大丈夫っすよ!」


 彼は大声でそう言い、手を大きく振ってみせた。

 白コートの巣窟であのような行動をとれる者が正気なわけがない。あれは、白コートに自分たちの居場所を知らせ、攻撃を仕掛けてこいと言っているのと同じことだ。


「お前ら、迎撃の用意をしておけ」


 隼人は他の団員に向けて指示を飛ばし、建物の陰に隠れた。隼人の声で団員たちは我に返るが、彼の言うことに従うのは半数程度だった。

 そうこうしているうちに、光孝は再び声を上げる。


「白コートはいないんだから! サクッと行ってサクッと帰りま……」


 彼がそう言いかけたときだった。

 光孝の視界に、ビルの窓枠から飛び出してくる人影が見えた。彼はそれを見上げる。それは光孝の近くに着地点を定めているように思えた。

 そして、それは白いコートを身に纏っていた。炎天下とは不釣り合いな服装を認識できた瞬間、光孝は目を見開いた。


「え……?」


 彼はそう声を漏らすことしかできなかった。時間は無慈悲に進み、やがて白い悪魔が光孝の前に降り立った。





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