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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第三章 奪還作戦
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3-12 待機

 作戦開始の十分前、松永自警団の派遣部隊は目標地点の手前に到着した。クロ以外は装甲車から降りて雑談をしている。彼ら以外の作戦参加者はこの位置からは見当たらない。他の部隊も所定の位置についているのだろう。


 隼人は車の近くでクロの着替えが終わるのを待った。


 攻略目標地点とその周辺は、世界崩壊前にはそれなりに栄えていた場所のようで、ビルが立ち並んでいる。そのほとんどが五階から十階程度の高さだ。

 建物にはひびが入っている箇所が多く、窓ガラスはほとんど残っていない。なかには崩れかけているのもさえある。


 道路の状態も悪い。アスファルトはひび割れ、瓦礫はあらゆるところにある。瓦礫は道の両端に集められているので、車はかろうじて通行することができる状態ではある。


 やはり、復興は安全圏に限られているようだ。周囲の防衛圏は白コートが入り込んでくることも多いため、最低限のことしかできない。周辺自警団が配置されている中継拠点はある程度の生活ができるように整備されているが、それ以外の場所は主要道路の瓦礫を端に寄せるのが限界。防衛圏には人の手が入っていない場所も多い。


 隼人が荒れた市街地を眺めながら考え事をしていると、クロが車から降りてきた。彼女はドアを閉め、隼人に歩み寄った。


 クロは黒色の半袖シャツと灰色の長ズボンから、いつもの格好に戻っていた。違う点は黒色のヘルメットを被っていることくらいだ。

 彼女は特殊材質の装備を身に着けていたほうがいい。隼人はそう思い、安心感を得る。今日ほど、この黒いコートが頼もしく見える日はなかった。


 副団長はクロが現れたのを確認すると、団員に前進の指示を出した。団員たちは返事をし、偵察開始地点に向けて一斉に歩き始めた。

 隼人とクロは最後尾に並び、団員たちとは少し距離をとって歩みを進めていた。


「びっくりするほど静まり返っているな」

 隼人が隣のクロにそう話しかける。クロはすぐには返事をしなかった。辺りを見渡しながら怪訝そうな顔をし、少し間を置いて頷いた。

「う、うん……」

「どうした?」


 隼人はクロの様子を不審に思い、問いかけてみた。すると、彼女は顎に右手を当てて考える素振りを見せ、ゆっくりと口を開いた。

「わたし、ここに来たことある。自警団へ、行く前に」

「本当か? どんな様子だった?」

「静か、だった。でも、白コートは、ここで十体くらい殺した」

「通りがかるだけでも十体は遭遇するのか。相当危険だな」

「うん。だから、このことを、みんなに言わないと」


 クロはそこで副団長のところへ走り出そうとするが、隼人はそれを手で制した。

「それはだめだ。団員が偵察前に混乱してしまう。お前がここを通ったことも言うな」

 隼人がクロの目を見据えてそう言うと、彼女は表情を曇らせた。

「うん……」

「とにかく、クロは白コートを見つけるまでは目立ったことをするな。だが、白コートを見つけたらすぐに殺しに行け」

「うん」


 言うべきことを言い終わると、隼人はクロの様子に眉をひそめた。

「なにか、不安なのか?」

 隼人がそう尋ねると、クロはうつむいた。

「わたし、白コートより強いって、わかったら、自警団のみんなに、嫌われるかも」


 クロのその不安は消えていなかった。団員の命を優先しなければならないのはわかっているのだが、それ以上に嫌われることを恐れてしまっている。

 なぜそこまで怖がるのか、隼人は理解できなかった。しかし、彼女の世話役として、隼人は励まそうと思った。


「不安か。でも大丈夫だ。誰もクロを嫌ったりはしない」

「ほんと?」

「ああ」


 昨夜と同じようなやり取りをする。これでクロの不安が取り除けるのかはわからない。それでも、隼人は穏やかな表情を浮かべていた。

 そして、ほんの少しの間を置いて、クロが明るく笑った。


「うん! じゃあ、わたし、みんなを助ける」

「その調子だ。じゃ、そろそろ集合するぞ」

「わかった」


 クロがそう返した後、二人は軽めに走り出した。他の団員はすでに偵察開始地点へ着いている。まだ開始時刻ではないが、これ以上待たせると副団長に申し訳ない。

 隼人とクロが合流すると同時に、副団長は二人に言葉をかけた。


「話は済んだみたいだな」

「ああ。遅くなってすまなかった」

「別にいい。それより、そろそろ作戦開始の時刻だから、松永自警団は隊列を組むぞ」

「了解」


 そうして、副団長の指示で団員は動き出した。

 前中後の三列に分かれる。前列は宏和、光孝、英志、拓真の四人。中列は雄一、和希、副団長、勇樹の四人。そして、後列は秀明、隼人、クロの三人。


 全員の武器は拳銃、ナイフ、手榴弾という軽装備だが、副団長だけは通信機器を背負っている。彼は二歩隊との連絡をとりながら、この派遣部隊を指揮するつもりらしい。今も二歩隊に準備完了の報告をしている。


 松永派遣部隊は偵察開始を待った。

 ふいに、秀明が隼人に話しかけた。

「おい隼人。死神になるなら、せめて白コートにとっての死神になってくれよ」

 嫌味たらしく言われたので、隼人もそれ相応の口調で返すことにした。


「ああ、そうだな。だが、こんな作戦で死神になる価値なんて、まったくないがな」

「ふん、そうかよ。だったら、さっさと中央に情報を渡して帰ろうぜ」

 秀明と珍しく意見が一致したので、隼人の口元が自然と上がる。

「それが一番いい。とにかく、俺たち三人の役目は退路を確保することだ。場合によっては援護射撃もすることになる。バックアップだからといって気を抜くな」

 隼人がそう言うと、秀明は舌打ちをした。

「それくらいわかってる。てめえはいちいちうるせえんだよ。ちょっと黙ってろ」

「そうする」


 これ以上話しても得るものがなさそうなので、隼人は言われたとおりに話すのをやめた。それから隼人の心臓が鼓動を速める。


 二歩隊だけでは掴めなかった地点、白コートが多数存在するという情報しかない場所へ偵察に行く。どのあたりまでが進行可能で、どこからが不可能なのか。今日はそれを確かめるだけでいい。しかし、相手は白コートだ。どこから襲ってくるかもわからない。対処できるかどうかもわからない。何体現れるかも不明だ。


 隼人は目を閉じ、静かに息をして自らの恐怖を抑えつけようとした。

 そして、副団長の通信機から指示が飛んでくる。

『全団位置についたな? ……偵察、開始』

 二歩隊隊長・相原蒼司からの言葉で、隼人はまぶたをゆっくりと上げる。

 自警団連合の命運を決める戦いが、幕を開けた。





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