3-11 二歩隊隊長
朝礼台に一人の少年が上がった。体格は隼人と同等で、服装も周りの隊員と変わらない。しかし、彼の雰囲気は他の隊員と一線を画するものだった。少年とは思えないほど顔つきは険しく、彼の周囲だけ空気が異常に張りつめている。
隼人はその少年の姿を見ると、顔の半分を覆った布の下で笑みを浮かべた。
松永自警団は副団長の命令で口を閉ざしたが、他の派遣部隊は依然として騒がしい。どうやら少年の登壇に気付いていない者がほとんどらしい。
少年は朝礼台の上で拡声器を口に添えた。
「少し静かにしてくれ」
彼は穏やかな声でそう言った。それによって、派遣団員たちは少年の存在に気づく。場は一旦静まる。しかし、ひそひそ話があらゆるところで湧き上がった。
「あれが相原か」
「あの歳で大変だな」
「初代隊長の中川以上の死神らしいぜ」
「見た目はガキなのにな」
その少年には言葉の内容まではわからなかったが、声は当然のように聞こえてくる。彼は眉間にしわを寄せて目つきを鋭くすると、低く静かな声を出した。
「静かにしろと言ったはずだ」
彼のその言葉で、団員たちの私語は一斉に止んだ。一瞬にしてこの場の空気が凍り付き、自警団員たちは震え上がる。だが、隼人とクロは平然としていた。隼人は布の下で不敵な笑みを浮かべ、クロは気の抜けた目で壇上の少年を眺めている。
周囲が静かになったのを確認すると、少年は表情をわずかに緩め、拡声器を通して話し始めた。
「自警団連合中央第二歩行隊隊長の相原蒼司だ。今回の作戦に二十の自警団、計二百二十二名の団員が参加してくれることに感謝する。我々二歩隊からは三十名、三歩隊からは五十名の隊員が参加する。この二百九十二名の偵察部隊に、自警団連合百万人の命がかかっていると言っても過言ではない。団員を守るために戦えることを誇りに思って欲しい」
二歩隊の隊長、相原蒼司と名乗った少年がそこまで話すと、一部の団員が歓声を上げた。それは徐々に他の団員へ広がり、場は熱気に包まれる。
二歩隊は死神の集まりだと恐れられているが、同時に英雄として扱われる部隊。その隊長に期待されているのだ。派遣団員たちの気分が舞い上がっても不思議ではない。
しかし、隼人は冷めた目で周りの自警団員を見渡していた。彼は流れに乗ることはなく、蒼司の演説を鼻で笑った。
「相変わらず、喋りが下手くそだな」
その言葉に、隣のクロは隼人に顔を向けて首を傾げた。
「あの人と、知り合い?」
「ああ。俺の部下だったやつだな。弟みたいなもんだよ。歳はあいつのほうが一つ上だが」
「変なの」
クロがそう言って会話を切り上げると、二人は朝礼台のほうに目を向けた。歓声は止んでいない。だが、相原蒼司がそれを手で制すと、作戦参加者たちはすぐに静かになった。
相原蒼司は小さく頷くと、再び口を開いた。
「作戦の詳細は各自警団で説明されているはずだから省略する。だが、俺からはいくつか注意がある」
彼はここで表情をより一層険しくした。
「これは白コートによる拠点の占領状況を確認するための偵察行動であって、決して攻撃ではない! 相手は多数の白コートだ。下手に戦えば高確率で命を落とすことになるだろう。白コートを見つけた場合、そこから先へは進むな! 気づかれないように後退してくれ。戦うのは、白コートが襲ってきた場合のみだ! これを厳守しろ!」
芯の通った声で注意を促すと、相原蒼司は一呼吸置いた。
「そして、この全方位からの偵察作戦で得られた情報をもとに、後日攻撃部隊を編成することになっている。そのときはまた、各自警団の力を貸してもらうことになるかもしれない。とにかく、今日は生き残れ」
そう言った彼の表情は苦しそうだった。この作戦に意味がないことは、隊長の蒼司もわかっているのだろう。だが、彼は立場上そう言えない。生きて帰ることを優先しろ。そう命令することが限界だった。
相原蒼司は表情を引き締め、作戦参加者たちを見渡した。隼人には、蒼司が感情を押し殺しているように見えた。
「では、各部隊は所定の位置につけ。そして、午後一時から偵察を開始する。解散!」
第二歩行隊隊長の演説が終わると、場は再び歓声に包まれた。拳を高く上げ、指笛を吹き、激しく拍手をする団員が多く見受けられ、中には空砲を鳴らす者もいた。
だが、隼人の周りだけは集会からその喧騒とは無関係だった。まるで、隼人とクロと副団長がこの場から隔絶されているようだ。
「二歩隊が特攻部隊になれ果てているとは聞いていたが、今回はちゃんと偵察だけをするつもりなんだな」
険しい表情で隼人がそう呟くと、副団長が反応した。
「さすがに、犠牲を出しても成果を得られるとは限らない場所へは突撃しないみてえだな。犠牲を覚悟して突っ込めば手っ取り早く攻略できるところに、二歩隊が使われてるんだ。偵察と攻略は、もはや二歩隊だけしかやってねえ。他の部隊は防衛圏に籠ってやがる。第一部隊なんか、安全圏での警察的行動が主な仕事になっちまってるしな」
「そうだな。あと、防衛隊と二歩隊は、半ば罪人部隊となってしまっている。昔は志願制かスカウト制だったのに。中央は変わってしまった」
隼人はため息をつくと、朝礼台に視線を向けた。蒼司はすでに壇上から下りてどこかへ行ってしまっている。隼人はあの場所に居た蒼司を思い出しながら表情を曇らせた。
「蒼司のやつ、つらいだろうな。死人が出るとわかっていても命令に従って、隊員を率いて地獄に行かないといけないんだからさ」
「隼人。お前は、自分が死んだことにしたのを、後悔してるのか?」
副団長が心配そうに隼人の顔を覗き込んでそう尋ねた。隼人はそれに対して首を左右に振って皮肉な笑みを浮かべた。
「いや、仮にあの時、命令違反をして中央に帰還したとしても、幹部の奴らは何度でも俺を二歩隊ごと殺そうとしただろうな」
「そうか」
副団長が頷くと、二人は口を閉ざした。周囲が落ち着き始めるのを待ち、その傾向が見えたときに副団長が松永自警団の派遣部隊を集めた。
彼は団員に向けて「死ぬなよ」とだけ声をかけ、彼らを軽装甲機動車に乗り込むよう命令を出した。
団員たちは車のもとへ歩き出した。
クロも彼らについていこうとしたとき、隼人が彼女の腕を掴んだ。
「待て、クロ」
「なに?」
「この作戦は偵察なんかじゃない。偵察に見せかけた特攻だ。周辺自警団のうち、現時点で中継地点としての機能を果たしていないところを間引くためのものだ」
「なんで、そう言えるの?」
「俺が二歩隊にいた頃は、偵察部隊の後方に重火力の攻撃部隊が大量に控えていたんだ。もともと、俺が偵察部隊の二歩隊を作ったのは、安全圏拡大作戦での被害を最小限に抑えるためだったんだ」
「じゃあ、後ろに、攻撃部隊がいない、ってことは、偵察に意味がない?」
「そうだ。今日情報を掴んだとしても、数日後には状況が変わって意味がなくなる可能性が高い。だから、ただの特攻になる」
「でも、あの蒼司って人、白コートを見つけたら、引き返せって」
「それはあいつなりの配慮だ。だが考えてもみろ。白コート相手に、見つけた後に気づかれずに引き返すなんてことができると思うか?」
「この大人数じゃ、絶対に無理」
「そう。だから、見つけたら気づかれて攻撃を受けると思っておけ。だが、それもまだ運のいいほうだ。こっちが気づく前に白コートにやられる可能性のほうが高い」
「わかった。それなら、わたしは、どんな状況で、戦い始めるべきなの?」
「白コートを見つけたそのときから。それからは、後のことは考えず、団員の命を守るために戦ってくれ」
「うん、わかった」
クロが少し不安そうな表情で頷いた。そこで、先を歩いている秀明から怒声が飛んでくる。
「おい! なにやってんだ二人とも! 置いてくぞ!」
「ああ! すまん! すぐ行く!」
「うん!」
隼人とクロは秀明に向けて声を上げると、再び向かい合った。隼人はクロの目をまっすぐに見つめ、力強く声を出す。
「団員の命を救えるのはクロだけだ。頼む」
いつになく真剣な表情の隼人に頼まれ、クロは一瞬困惑した。しかし、彼女は隼人の思いに応えようとして、明るい顔をした。
「わかった」
クロがそう言うと、隼人は小さく頷いて秀明の後を追い始めた。だが、クロはすぐには動かなかった。隼人が背中を向けたとき、彼女の表情は曇っていた。
不安に押しつぶされそうになるが、クロは我に返って首を横に振った。そして、人間レベルの速さで走り、隼人に続いて車に乗り込んだ。
クロが後部座席に座ると、運転席の秀明が舌打ちをした。彼は見るからに不機嫌そうな様子で、バックミラー越しに隼人とクロを睨み付けた。
「今はべつにかまわねえけど、偵察中はチンタラすんなよ!」
秀明はそう言ってエンジンをかけ、車を発進させた。
拠点奪還作戦に参加する派遣部隊、第二歩行隊、第三歩行隊はそれぞれの車両で駐車場から出発し、安全圏を抜けて北東エリアの攻略目標地点へと向かっていった。




