3-10 安全圏
やがて派遣部隊は安全圏への入り口に差し掛かった。安全圏を囲むように多数のテントが設置されていて、その周りには中央の隊員が大勢待機している。この安全圏防衛ライン周辺は、防衛圏と変わらず廃墟だらけの場所だ。しかし、ここに居る隊員たちには緊張感というものがまったくなかった。
松永自警団の先頭車両が、数人の隊員に行方を遮られる。それに続いて後ろの二車両も止まった。隼人とクロは身を屈める。二人は口と鼻を黒色の布で覆い、ヘルメットを被ることで顔を隠しているが、それでも中央の人間に見られるのは避けたかった。
しかし、隼人の心配も杞憂で終わる。
先頭車両から降りた副団長が身分を証明するだけで、派遣部隊が安全圏へ立ち入ることを許可されたのだ。
最後列の軽装甲機動車が動き出すと同時に、隼人は安堵のため息をついた。
そして、派遣部隊は安全圏内を進んだ。防衛ラインから離れると、廃墟は少なくなっていき、農地や工場、集合住宅が多く見受けられるようになった。安全圏では非戦闘員が産業を担っており、第一部隊が彼らを統率しているようだ。
安全圏内に限っては復興が進んでいる。この場所での産業があったからこそ、自警団連合は領地を広げることができた。そして、安全圏が拡大されることで、より多くのモノを作り出すことができるようになる。
隼人は車窓から見える安全圏の景色を眺めながら、連合の繁栄を感じた。しかし、それと同時に胸糞悪くなった。
この復興の裏には数えきれないほどの犠牲があった。安全圏の非戦闘員は奴隷並みの労働を強いられ、防衛圏の周辺自警団や中央所属部隊は白コートという脅威に怯え、戦闘になれば多くの人間が命を落とす。
隼人が初代隊長を務めた第二歩行隊に至っては、毎日のように防衛圏の外へ偵察に向かわせられた。領土拡大を急いだせいで、偵察部隊にも攻撃部隊にも多くの犠牲が出た。
隼人はそこで思考を遮ると目を閉じた。
発展に伴って潰されていった人々のことを、今は考えている場合ではない。
彼は再び目を開けて景色を眺め始めた。車内の三人は最初から最後まで無言だった。クロは物珍しそうに外を見つめ、秀明は機嫌が悪そうにしながら運転に集中していた。
正午の五分前には目的の場所にたどり着いた。そこはかなり広い駐車場だった。アスファルトで舗装されており、状態は世界崩壊の日以前のものと遜色ない。他の自警団のものと思われる車両も多く停められていた。
松永自警団の派遣部隊も隅の駐車スペースに装甲車を停め、団員たちは地面に降り立った。他の周辺自警団からの派遣部隊はほとんど揃っているようだ。だいたい二百人くらいはいるだろうか。
奪還作戦に参加する者たちは皆、駐車場の中央付近に集まっていた。そこには一つの朝礼台がぽつんと置かれており、彼らはその前で群がっている。
松永自警団はその最後列あたりに並んだ。他の派遣部隊は騒がしいほどに言葉を発していて、隼人たちも自然とそれに乗せられて話を始めた。
「やっぱり、安全圏はきれいにされているな」
隼人の呟きに、隣のクロが頷く。
「うん。なんだか、別世界、みたい」
「そうだな。ここだと、堂々と日の光を浴びることもできる」
「うん、気持ちいい。でも、なんで、わたしたちの、ところは、地下にあるの?」
「それは、拠点として与えられたときは防衛線の近くにあったから、中央の部隊の中継地点としての役割がメインだったんだ。だから、なるべく白コートの目につきにくい施設にする必要があった」
「それで、地下駐車場を、改築して、今のカタチになった。ってこと?」
「そういうこと。今も一応、中継地点としての役割を守り続けているから、地下に住むことになっているんだよ」
「へえ」
隼人の話にクロが感心したところで、副団長の言葉が横から入った。
「おい、そろそろおしゃべりはやめろ。今から二歩隊の隊長による作戦の確認が始まる」
「了解」
隼人とクロはすぐに会話を切り上げて正面を向いた。




