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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第一章 崩壊した世界
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1-3 副団長の娘

 団長と副団長は、まるで化け物を見るかのような目を美佳に向けて怯えている。しかし、美佳はそれを気にする様子もなく、両手を腰に当てた状態で硬い笑みを浮かべていた。


「誰にも迷惑かけないって言うから、お酒を許してあげたのに、お父さんと松永さんのせいで、隼人さんが困ってるじゃない?」


 美佳の声は穏やかだった。

 だが、副団長の顔からは血の気が引いていた。酔いも一気に醒めてしまったようだ。副団長は目を見開いて必死に弁明を始める。


「いや、これは違うんだ美佳」

「ふうん? どう違うの? お父さん」

「これはな、隼人が飲みたいって言ったんだ。だから」

「ふざけんな!!」


 副団長の言葉が美佳の怒声で遮られたかと思うと、彼女の拳が副団長の脳天に振り下ろされた。副団長は殴られた勢いで額をテーブルにぶつけ、そのまま動かなくなった。


「隼人さんがお酒なんて飲むわけないでしょ! 松永さんも何やってるの!?」


 副団長に制裁を下した美佳は次に、団長へ顔を向けた。

 彼女のしかめ面に恐れをなしたのか、団長はつばを飲み込んだ。そして、自分は関係ないと言わんばかりに天井へ視線を向けた。


「え、俺は直也を止めてたんだけどなあ……」

「嘘つくなあ!!」


 とぼけようとしていた団長だが、美佳は容赦なく彼の頭頂部に拳を突き刺さす。彼も副団長と同じく顔面を机に叩きつけられ、動かなくなった。


 美佳は再び両手を腰に当て、眉間にしわを寄せた。

「まったくもう! あなたたちはこの自警団のナンバーワンとナンバーツーでしょ! もっと自覚もってよ!」


 彼女は団長と副団長の後ろの襟を掴み、あきれたようにため息をついた。その直後、隼人には柔らかな笑顔を向け、

「ごめんね、隼人さん。このバカ二人をどうにかしたら、すぐにご飯持ってくるから!」

 と言って、団長と副団長の襟を引っ張り、二人を椅子から引き離した。


「ほら! こっちきなさい!」

 美佳は二人の男を引きずって調理場のほうへと向かっていった。彼女に説教をくらうことを覚悟しているのか、団長と副団長は非常にぐったりとした様子だった。借りてきた猫のような二人を見送りながら、隼人は頬杖をついて息を吐いた。


「飯は、もう少し待つことになるか……」

 彼がそう呟くと同時に、美佳の怒鳴り声が室内に響き渡った。



 しばらくすると、説教を終えた美佳が、夕食を持って隼人のところにやってきた。カレーライスの盛り付けられた皿と水の入ったコップをテーブルに置き、彼女は隼人の向かい側の席に座った。


「ごめんね、隼人さん。あのバカ二人がまた迷惑かけて」

 美佳は申し訳なさそうに渋い顔をして、頭をわずかに下げた。


「別にいいよ、あれくらい。あの二人がふざけてるのは、いつものことだしな」


 隼人は表情を緩め、上半身を後ろにひねって調理場の方向に目を向ける。調理場の入り口付近では、美佳に怒られた団長と副団長が身を小さく丸めて正座しており、周りの団員から密かに笑われている。団員たちは団長と副団長をバカにしているのではなく、彼らを微笑ましく思っているような様子だった。


 意気消沈している二人を眺めながら、美佳は大きくため息をついた。

「あれじゃ、みんなに示しがつかないよ。ほんと、毎回毎回注意するわたしの身にもなって欲しいんだけど」

 うんざりしたように、彼女は言葉を漏らす。

 隼人は団長と副団長を見るのをやめ、体を美佳に向け直した。


「そうか? 団長と副団長がバカやってくれてるおかげで気が楽になるから、俺にとっては助かるんだけどな」

「隼人さんにとってはそうかもしれないけど、わたしは、お父さんが不真面目なのが許せないの。副団長のくせに」

「まあ、わからなくもない」

「でしょ」


 口を尖らせて文句を言っている美佳に話を合わせ、隼人はカレーライスに視線を落とす。米とルーの量は充分。玉ねぎ、にんじん、かぼちゃ、じゃがいも、なす、という夏野菜を中心とした具だが、豚肉はほんのわずかしか入っていない。

 しかし、隼人はこのメニューに内心喜んでいた。まともな食事をできること自体が、彼にとっては大きな幸せであった。


 彼が目の前の料理に心躍らせていると、美佳がそれに気づいたようで、

「あ、隼人さん。食べていいよ」

 と笑顔で隼人に言葉をかけた。

 隼人はその言葉を聞いた瞬間にスプーンを手に取り、胸の前で両手を合わせた。

「うん、じゃあ、いただきます」

「めしあがれ」


 隼人はカレーライスを頬張り始めた。自警団には子供も所属しており、彼らに合わせているためルーは甘いが、夏野菜の味をうまく引き立てている。香辛料の香りが鼻腔をくすぐり、食欲をさらにかきたてる。

 隼人は幸せそうにカレーを黙々と食べ、美佳はそんな彼の様子を微笑みながら満足そうに眺めていた。




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