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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第三章 奪還作戦
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3-7 集会

 そして午前八時。団長室に十二人が集まった。団長、副団長、隼人、クロ、その他八名。クロ以外は全員男性だ。

 団長と副団長はホワイトボードの両端に立っていて、他の十人は中央の机を挟んで二人と向かい合うように整列している。


 団長は、拠点奪還作戦に参加する団員を見渡して口を開いた。


「みんな、よく集まってくれた。自警団連合の存続をかけた戦いに参加してくれる団員がいることを、俺は誇りに思う」


 彼は不敵な笑みを浮かべてそう言うと、副団長に視線を移した。副団長は団長と目を合わせて頷くと、団員に向かい、表情を引き締めた。


「派遣部隊の指揮は俺、小笠原直也がとる。昨日すでに話したことだが、今一度確認させてもらう。俺たちが攻めるのは、ここから車で一時間ほどの場所。自警団連合の北東エリアにある市街地だ」


 副団長はそう言いながら、ホワイトボードに黒のマーカーで簡略的な地図を描き、攻略目標地域を赤丸で塗りつぶした。


「ここは片岡自警団が拠点としていたところだが、十三日前に白コートの襲撃を受けて壊滅した。そして、拠点一帯は白コートの縄張りになってしまったんだ。このままでは東北エリアどころか防衛圏全域、下手をすれば安全圏が危険にさらされる可能性がある。そこで、自警団連合はその拠点を奪還する作戦を立てた。今日はその第一波として、二歩隊の偵察を三歩隊と周辺自警団が支援することになっている」


 ここで、副団長は団員一人ひとりに目を合わせていった。


「みんな、偵察だからといって油断はするな。この二週間、二歩隊単独で奪還を試みたが、白コートの数が多すぎて撤退を繰り返してきたほどの場所だ。詳細な情報が掴めてない場所へ偵察に行くことになるから、今日が最も危険な任務になるだろう」


 彼は一呼吸を置いて続ける。


「そして、白コートと接触するのは避けられないから、実質的には先陣を切って戦うのと変わらない。絶対に単独で行動するな。中央と俺の指示を守るんだ。いいか? 絶対だぞ」


 そう言った副団長の表情には鬼気迫るものがあった。この馬鹿げた作戦に強制的に参加させられるのだ。そのような戦いで、一人として死なせたくない。そのために隼人とクロを部隊に加えているが、それだけでは不十分だった。団員一人ひとりが協調性を保ち、決して独断専行することのないようにしなければならない。


 副団長の思いを受け取った団員十名は一斉に返事の声を上げた。

 ここで、話のバトンが団長にわたる。


「では、本日の予定を確認する。この集会が終わり次第、食堂で壮行会。午前十一時に出撃。午前十二時に安全圏北東地域に到着。そして、午後一時に奪還目標地点の偵察を開始する」


 団長の言葉に続き、副団長がまた新たにホワイトボードへ簡単な図を描き始めた。今度は大きく描いた円を奪還目標地域としているようだ。

 副団長は円の下から中心に向けて一本の矢印を引く。


「俺たちは拠点の南側から進行する。進行は全方位から行われ、西側から二歩隊、東側から三歩隊、他の方位から周辺自警団が進行する。味方は大勢いる。必ず偵察を成功させて、ここに戻ってこよう!」


「おう!」


 副団長による激励で、団員たちの士気が上がっていく。それに続くように、団長も作戦参加者たちに向けて声を張り上げた。


「俺たちの話はこれで終わりだ。最後に点呼を行う。呼ばれた人は大きく返事をしてくれ」


 団長はわずかな間を置いて団員の名前を呼び始めた。

 池田宏和、斎藤光孝、相馬和希、谷岡雄一、中川隼人、本多勇樹、松岡英明、宮本英志、和田拓真、クロ、そして小笠原直也。

 彼らは名前を呼ばれた直後、叫ぶように声を上げた。


 第二層警備長の池田宏和と副団長の小笠原直也と見張り役九人で構成された、まさに松永自警団の精鋭部隊だった。


「以上! 拠点奪還作戦、松永自警団派遣部隊、総勢十一名! 君たちの健闘を祈る!」


 点呼を終えた団長は激を飛ばし、一呼吸置いた。


「解散!」

「おう!」


 ここで団長室の熱気は最高潮に達する。団員は異常なほどに気分を高揚させ、言葉にならない声を上げている。だが、隼人とクロはその雰囲気に馴染めないでいた。

 団員たちは騒ぎながら団長室から食堂へ向かい始める。


「いやあ、腕が鳴るっすよー」

「二百人以上いるし、二歩隊もいる。白コートなんざ敵じゃねえぜ!」

「まあ、こっちには死神がいますし、十分気をつけましょうよ」


 そういった声が聞こえてきたが、それらに反応する気力が隼人にはなかった。笑い声が響いているはずなのに、それがやけに遠く感じる。他人に構う余裕を隼人は持っていなかった。


 やがて団員たちは団長室からいなくなり、扉が閉められる。

 団長、副団長、隼人、クロの四人が団長室に残された。沈黙のなか、団長と副団長は悲しげな表情を浮かべ、クロはいつもと変わらない気の抜けた顔をし、隼人は目を見開いて床を睨みつけていた。


「隼人、お前は食堂に行かないのか?」


 団長がそう尋ねると、隼人は我に返ったように表情を引き締めて顔を上げた。


「ああ、そのうち行く」


 隼人はそう言ったものの、行動に移すことができなかった。


(今は怖くて動けないんだよ。どうしてあいつらは、あんなに平然としていられるんだ? 白コートの巣に行くんだぞ? 怖くないのか?)


 隼人は再び視線を落としてしまう。隼人の隣に立っているクロは、彼の手が震えていることに気づいた。隼人のことが心配になったクロは、彼の顔を覗きこんだ。


「隼人、大丈夫?」


 クロの声で思考を打ち切り、隼人は震えを止めるために両手を握り締めた。他人の前で怖がってどうするんだ。隼人はそう思い、クロに向かって得意げな笑みを浮かべてみせた。


「なんのことだ?」


 隼人は強がり、自分の不安をクロに伝染させないようにした。

 しかし。


(大丈夫なわけがないだろ。出撃する前になるといつもこうだ。怖くてたまらない。部下が死ぬかもしれない。だが、俺が怯える姿を見せるわけにはいかない。自分を落ち着かせるので精一杯なんだ。怖い)


 過去の戦場での記憶が隼人の脳裏に浮かび上がり、隼人は恐怖を隠し切れなくなってきた。それでも彼はその感情を抑えつけようとする。

 そして、そんな彼の様子を見ていられなくなった副団長が、小さくため息をついた。


「隼人。お前はもう、二歩隊の隊長じゃない。部下なんていない。隼人は自分の心配だけをしてろ。そういう思いをするのは、俺と純だけでいいんだ」


 自分の葛藤を副団長に悟られて驚きつつも、隼人はどこか気が楽になっていくのを感じた。隼人は手から力を抜き、穏やかな笑みを浮かべた。


「そうだな、悪い。一年経っても二歩隊の頃の癖が抜けていないんだな」

「すまないな。隼人に頼ってしまって」


 団長が頭を小さく下げるが、隼人はゆっくりと首を左右に振った。


「いや、いいんだ。もう落ち着いたから。だが、あんまり過信しないでくれよ。いくら死神と呼ばれていても、俺はただの人間だ。銃弾を避けることなんてできないし、白コートとの肉弾戦で勝つこともできない。運が悪ければすぐに死んでしまうんだ」


 隼人はつばを飲み込む。


「だから、本当に頼るべきはクロのほうなんだ。今の俺は、こいつの世話係でしかない」


 隼人が小さな声でそう言い終えると、クロは自信ありげに自分の胸を叩いた。


「うん、任せて。危ないときは、わたしが、助ける」

「お前たちがいてくれるだけで、本当に心強いよ」

「ああ、ありがとう。でも、また、みっともないところを見せてしまったな」

「別にいいんだ。これくらい」


 副団長はそう言うと、隼人とクロに近づいた。そして二人の肩に手を置いて、扉のほうへ方向転換させた。


「ほら、お前たちも行ってこい。美佳が待ってるぞ」

「副団長と団長は?」

「俺たちは、後でこっそり加わるから」

「そういうことだから、隼人とクロは早く行っておいで」


 副団長に続き、団長も二人の食堂行きを促す。副団長に背中を押された隼人とクロは、おとなしく扉へ向かって歩き始めた。

 二人が後ろを一瞥すると、団長と副団長がニヤッとした顔で手を振っているのが見えた。


「いったいなんなんだ、あの人たちは……」


 隼人があきれた声でそう呟くと、クロは口元を上げて応える。


「優しい、人たち、かな」

「そう、だな」


 隼人は優しい笑みを浮かべると、扉を開けてクロと共に食堂へ向かった。





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