2-16 一人前
日が沈んでしばらく経った頃、第一層に三人の団員が上がってきた。
長髪の英志、少し小さい体格でやや髪の長い勇樹、勇樹と似た体つきで短髪眼鏡の和希。隼人と同じ十八歳の三人組だ。
隼人が三人組に視線を向けると英志が口を開いた。
「隼人、交代しに来たよ」
「もう四時間経ったのか、わかった。これまで異常なし。後は頼んだ」
隼人がそう言って英志に通信機を手渡すと、英志は誇らしげに頷いた。
「うん、任せて。あ、クロちゃんも見張り役になったの?」
英志はクロを一瞥して尋ねた。その質問に対し、隼人は首を横に振った。
「役割はまだ決まっていない。今回は、案内のついでに見張りを手伝ってもらったんだ。クロはそれなりに強いからな」
「そうだったんだ」
英志がそう言うと、その場に沈黙が訪れた。隼人は勇樹と和希に目を向けたが、二人には話そうとする様子がなかったので、引継ぎは終了したものと判断した。
「それじゃ、俺たちは下に行く。クロ、ついてこい」
「うん」
隼人はクロを引き連れて下の層へと続く通路に足を踏み入れた。隼人はそのまま歩いていたが、クロは通路へ入る直前、後ろを振り返った。
「交代、ありがとう」
彼女はそう言って三人組に手を振る。英志、勇樹、和希の三人は笑みを浮かべながら手を振り返した。クロにとって、彼らの行為はとても嬉しいものだった。
クロは口元をわずかに上げると、方向転換をして隼人の後を追った。
見張りを終えた隼人とクロが第五層に下りたときには、食堂に居る団員はほんの数人になっていた。夕食の後片付けも終わったようで、調理場にも人はいない。食堂の椅子に座っている団員の中には美佳の姿もあった。
美佳は隼人とクロに気づき、二人に笑顔を向けて手を振った。
「隼人さん、クロちゃん。おかえりなさい」
「ただいま」
「ただい、ま」
隼人とクロは美佳に挨拶を返し、彼女のもとに歩み寄った。隼人は立ったまま目線を下げ、美佳と目を合わせる。
「なあ、美佳」
「なに? 隼人さん」
美佳は座ったまま隼人の発言を促す。隼人は左隣のクロを横目で見た後、美佳に視線を戻して話し始めた。
「クロは物覚えがいいから、だいたいのことはもう頭に入ってる。俺たちが張り付いて面倒を見る必要は、もうないと思うんだけど」
隼人の言葉に、美佳は真面目な顔をして頷く。
「確かに、最低限のことはもう大丈夫だとは思う。でも、まだ役割が決まってないから、松永さんとお父さんに相談してみようよ」
「そうだな」
美佳の提案を受け入れ、隼人はクロに顔を向けた。
「クロ、今から団長室に行くから、一緒に来てくれるか?」
「いいよ」
「じゃあ、そうと決まったら行きましょう」
クロが団長室へ行くことを了承すると、美佳が立ち上がった。そして、隼人、クロ、美佳の三人は団長室へ向かった。
団長室の前に立つと、隼人は扉をノックした。すると、扉の向こうから声が返ってくる。
「はーい」
「隼人だ。クロのことについて話があるんだが、今は忙しいか?」
「いや、大丈夫だ。入ってくれ」
対応しているのは副団長だろう。隼人は両隣のクロと美佳に視線を向けて頷き合うと、ドアノブを回して扉を引いた。
「失礼する」
「入るよー」
「ん」
まず隼人が部屋に入り、彼に続いて美佳とクロも団長室に足を踏み入れた。クロは扉を閉めると、物珍しそうに部屋の中を見渡す。部屋の中央には正方形の机があり、それを挟むようにして団長と副団長の机が壁に接している。中央の机より奥にはホワイトボードがあり、その向こうには通信機器のような机が設置されていた。
副団長は体を机に向けたまま首を曲げ、三人の姿を確認して小さく笑みを浮かべた。
「なんだ。美佳とクロちゃんも一緒だったのか」
「なにお父さん? わたしがいちゃいけないの?」
「いやいや、そんなことは決してないぞ」
「ふーん。それならいいけど」
少し不機嫌そうになった美佳に対し、副団長は怯えたように否定した。美佳の表情が元に戻って安心した後、副団長は隼人と目を合わせた。
「で、隼人。話って何だ?」
副団長にそう尋ねられ、隼人は表情を引き締めた。
「この二日間クロの世話をしていたんだが、こいつ物覚えが良くてな。基本的なことはもう全部覚えてしまったんだ。だから、クロにも何かの役割を与えてもいいんじゃないかと思っているんだ」
「なるほど。別にいいんじゃねえか」
隼人の報告に副団長が軽い調子で答えると、団長も、
「少し早い気もするけど、隼人と美佳がそう考えているなら、クロちゃんの役割を決めてもいいと思うよ」
と、隼人の言葉を肯定した。
それを聞いた美佳は、クロと視線を合わせて微笑んだ。
「だって。クロちゃん、よかったね」
「うん。これで、一人前」
そう言うクロも、頬を緩ませていた。




