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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第二章 クロと自警団
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2-11 お箸

「で、わたしはいつまでお盆を持っていればいいのかしら?」


 美佳は顔を引きつらせた。三人分の朝食を持ったまま立たされ、自分が会話に入りにくくなるような雰囲気がその場にある。生活面指導係の自分がのけ者にされたような感じがして、美佳はたいそうご立腹だった。


 隼人とクロは何気ない顔で美佳を見上げた。


「いや、普通に座ればいいだろ」

「ごはん、早く、カレー」

「ああ、もう! 二人ともムカつくなあ。はい、どうぞ!」


 美佳はやけになって三人分のお椀をテーブルに置いた。この二人から謝りの一言を期待していたのだが、そもそも悪気のない人間が謝罪するはずもない。美佳は自分がバカらしく思えてきて、怒りがほとんど吹き飛んでしまった。

 美佳が箸とスプーンを食卓に並べ終えたとき、お椀の中身を見ていたクロが首をかしげた。


「あれ? カレー、じゃない」

「毎回カレーだったら飽きるだろ」


 隼人が目を細めてそう言うと、美佳は得意げな顔をして両手を腰に当てた。


「今日の朝ごはんは、サツマイモの味噌汁。キャベツも入ってるよ」


 彼女は意気揚々と朝食の紹介をするが、クロは不安そうに眉をひそめていた。


「美佳。これ、食べれる、の?」

「食べれるから出してるんだよ。とりあえず食べてみて」


 美佳は歯を見せてクロに笑いかける。美佳がそう言うので、クロは小さく頷く。そして、湯気の立ち上るやや大きめの汁椀と真正面から向き合い、顔の前で両手を合わせた。


「いただき、ます」


 クロは目の前に置かれていたスプーンを手に取り、お椀の中から小さくカットされたサツマイモをすくい上げた。それは味噌スープをふんだんに吸い込み黄金色に輝いている。クロはサツマイモを数秒間見つめると、おそるおそるスプーンを口に差し込んだ。


 数回噛んだとき、クロの目が見開かれる。彼女は口の中のモノを呑み込むと、美佳を見上げて表情を明るくさせた。


「うん、おいしい!」


 それを聞いた美佳は穏やかな笑みを浮かべる。


「お口に合うみたいでよかった」


 彼女は嬉しそうにそう言って歩き出し、クロの左隣に座った。クロがスプーンの扱いに悪戦苦闘しているのを見ながら、隼人と美佳は箸を使ってサツマイモの味噌汁を食べ始めた。


 料理自体は質素でありながら、その味は絶品。合わせ味噌と醤油の塩気を含んだ風味が、サツマイモの甘みと絶妙にマッチしている。短冊状に切られたキャベツにはちょうどよい歯ごたえがあり、食感の面でも飽きのこない一品だ。


 隼人と美佳は背筋を伸ばして行儀よく食べているが、クロはまるで犬のような食べ方をしていた。背中を曲げ、汁椀に顔を近づけて口にかき込もうとしている。しかし、スプーンではなかなか上手くいかない。

 クロは手を止め、しょんぼりした顔で左を向いた。


「美佳、食べにくい」

「あ、やっぱり? じゃあ、お箸を使おうか」


 美佳は申し訳なさそうに笑い、隼人とクロの間に置いてあった箸を掴んでクロに差し出した。クロは箸を受け取るが、それを見つめながら首をかしげてしまう。


「……どうやって、使うの? これ」

「お箸の使い方も忘れちゃってるのかー。わかった。わたしが教えるから、ちゃんと見ててね」


 美佳はそう言って、箸の持ち方と動かし方を実際に見せながらクロに教え、その後に汁椀のサツマイモを箸で掴んでみせた。

 美佳の動作を一通り見終わったクロは小さく頷いた。


「なんとなく、わかった。やってみる」


 クロはそう意気込んで右手に箸を構え、味噌汁と対峙する。周囲の空気が張り詰めた。隼人も食事を一時停止してクロを見守る。持ち方は完璧。クロは箸先をゆっくりと汁椀の中に入れていく。そして、見事サツマイモは持ち上がった。


「できた。簡単」

「すごい、一回で出来ちゃった……」

「物覚え良すぎだろお前……」


 わずかに口元を上げているクロだが、隼人と美佳は彼女の習得の速さに驚きを隠せなかった。隼人にとっては、箸を使ったことのないヒト型の生命体が、その使い方を一瞬でマスターしたという光景。美佳にとっては、記憶喪失の少女が、箸の使い方をすぐに思い出したという出来事。


 クロを茫然と眺める隼人と美佳。クロは二人に向けて力の抜けたような笑みを浮かべた。


「えへへ、クロ、天才」




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