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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第二章 クロと自警団
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2-9 全裸

 隼人は今夜も夢を見る。

 家族が目の前で血を噴いて倒れる。

 武装した大人たちが白コートに次々と殺されていく。

 血にまみれた女性が、隼人の腕の中で微笑みながら息を引き取る。

 自分を信じて従ってくれた少年少女たちが白コートを道連れにして死んでいく。

 最愛の少女が、あと一歩のところで息絶え、隼人とともに坂から転げ落ちる。


 それらの光景がすべて鮮明に映る。

 彼が見る夢はいつも、過去の記憶だった。




 隼人は目を覚まして上半身を起こし、机の目覚まし時計に顔を向けた。時刻は六時。まだ眠っていてもいい時間だが、これからもう一度寝付ける気がしない。隼人は仕方なくベッドから下りると、装備を整えて部屋から出た。


 ニオイに顔をしかめながらトイレで用を足し、水で顔を洗って口をゆすいだ後、第五層へと向かった。


 この時間帯の拠点内は静かだ。上層で警備についている団員以外はほとんど自室で眠りについている。警備中でも平気で眠りにつく団員もいるが、それは隼人にとってはどうでもよいことだった。死にたければ寝ているといい。それくらいにしか思っていなかった。


 第五層に下りると、調理場のほうから物音が聞こえてきた。

 こんな朝早くから働いているのは美佳くらいだろう。彼女から水を貰うために隼人は調理場へ歩いていく。


 すると、隼人の足音に気づいたのか、一人の少女がカウンター越しにひょっこりと顔を出し、隼人の姿を見ると立ち上がった。


「あ、隼人さん、おはようございます」


 隼人に挨拶をしてきたその少女は、中学生くらいの雰囲気を出している。ショートカットの黒髪と大きな目が特徴的で、年相応のかわいらしさがある。全体的に線は細く、身長は美佳よりやや低い程度。


 予想していたものとは違う人物が出てきたので、隼人は少々驚いたそぶりを見せ、彼女に挨拶を返す。


「なんだ、真由美か。おはよう」


 隼人がそう言うと、真由美と呼ばれた少女は調理場から出て隼人に歩み寄った。


「なんだとはなんですかー?」

「はは、悪い悪い。てっきり美佳が出てくるものだと思ってたから」


 ふくれ面で見上げてくる真由美に、隼人は少し申し訳なさそうな顔を向ける。彼女は本心から怒っているわけではなかったので、隼人の言葉で顔から力を抜いて笑った。


「それで、美佳はまだ起きてないのか?」


 隼人がそう尋ねると、真由美は奥の生活スペースに目を向けた。


「もう起きてるんですけど、クロさんの部屋に行ったきり出てきません」

「そうか、わかった。ありがとな、真由美」

「いえいえ。それより、隼人さんはお水いりますか?」

「ああ、頼む」

「かしこまりましたー」


 真由美は軽快な返事をして調理場へ歩いていった。そして、すぐに隼人のもとに戻り、水の入ったコップを彼に差し出した。


「はいどうぞ」

「お、ありがとう」


 隼人は真由美からコップを受け取ると、喉を鳴らしながら水を飲み干し、近くの机にコップを置いた。


「ふう、美味かった。毎日こんな時間から働いて、真由美は偉いな」


 隼人はそう言っていたずらな笑みを浮かべ、真由美の頭を優しく撫でた。真由美は嬉しそうに頬を緩ませるが、すぐに眉をひそめる。


「もう、子ども扱いしないでください。ワタシは自分の仕事をきちんとやってるだけですから」

「そうか。それは悪かった」


 隼人は真由美の頭から手を離した。真由美は機嫌を損ねたのか、口を突き出して隼人を睨み付けている。

 これ以上会話を続けると、時間的な面で調理場の仕事に支障が出るかもしれない。そう考えた隼人はこの場から離れることにした。


「それじゃあ、俺はクロの様子を見てくる」

「美佳さんに怒られても知りませんよ」

「ちゃんと入る前に許可取るから大丈夫だろ」

「ほんとにそうですかねえ」

「たぶんな」


 二ヤついている真由美へ自信なさげに笑みを向けると、隼人は奥の生活スペースに歩いていった。真由美はその場で隼人の様子を眺めることにした。

 クロの部屋の前に着いた隼人は扉を三回ノックした。


「おーい、クロー、美佳―。お前ら何やってるんだー?」

「あ、隼人だ」

「ちょ!? クロちゃん! 今出ちゃだめだって!」

「な、なんだ?」


 なにやら部屋の中が騒がしいと思った途端、扉が開いた。扉を押し開けて現れたのは、相変わらず気の抜けた表情をしたクロだった。


「隼人、おはよう」

「ああ、おはよう。朝の挨拶は覚えたんだな」

「うん。さっき、美佳に、教えて、もらった」

「そうか」


 挨拶を交わし、何気ない会話をしていたが、隼人はここで妙な違和感を覚えた。


 ……黒色が少ない?


 隼人はその疑問を確かめるために視線を下ろす。


「てかお前、裸じゃねえか」


 隼人は冷静に指摘した。違和感の正体は、クロの全裸だった。脂肪は少なく、見た目的には程よい筋肉質。垂れた髪で胸は隠されているが、平坦に近いことは確かだった。


 部屋の中では、美佳が濡れた水色のタオルを握り締めたままクロの背中を見て固まっている。しかし、クロは平然としていた。

 クロは状況説明をしようとして口を開いた。


「今、美佳に、体を、拭いて、もらって」

「隼人さんは見ちゃだめー!」

「ぐえっ!?」


 しかし、突如動き出した美佳によってクロの言葉は遮られる。突き出された美佳の両手が隼人の胸に直撃。美佳はそのまま手のひらで隼人を押し飛ばすと、クロの左手首を掴んだ。


「ほらクロちゃん! 部屋に戻るよ」

「あ、うん」


 突き飛ばされて背中から着地した隼人は、ゆっくりと顔を上げる。すると、非常に険しい顔つきをした美佳が鋭い視線を向けてきた。


「隼人さんも、女の生活スペースに入ってきちゃだめだよ!」

「あ、ああ。悪かった」


 隼人がそう言った直後、美佳によって扉が閉められた。


「男の人に裸なんて見せちゃだめだよ、クロちゃん」

「そう、なの?」

「そう! でもまあ、説明してなかったわたしも悪いんだけどね。男の人って言うより、自分の部屋以外で裸になっちゃいけない決まりがあるの」

「ふーん、なんで?」

「他の人の裸を見たくない人もいるからだよ」

「へえー。うん、わかった」


 隼人は仰向けに倒れたまま、クロの部屋で繰り広げられている会話を聞きながら天井を眺めていた。

 すると、真由美が隼人に歩み寄り、彼を見下ろした。


「ほら、だから言ったのに」


 あきれ顔で両手を腰に当てている真由美。隼人は彼女の目を一瞥すると、目を閉じて笑い声を小さく上げた。


「ああ、真由美の言う通りだったな。すげえな、お前」

「はいはい。てか、そろそろ立ちましょうよ。床はワタシが毎日掃除してますけど、それでも汚いんですよ」


 だるそうに言う真由美だが、その声色とは裏腹に、彼女は寝転がっている隼人へ右手を差し伸べた。


「ああ、わかった。ありがとな」


 隼人はそう言って真由美の手を掴んで立ち上がり、背中の埃を軽くはたき下ろした。その後、真由美は隼人を見上げた。


「それにしても、クロさんの筋肉、すごかったですね」

「ああ。一応、中央の精鋭だろうからな」

「二歩隊ですかね?」

「一年前にはあんなやつはいなかった。二歩隊だとしても、おそらく新入りだろうな」

「へえ。二歩隊に入れるとかすごい」

「まあ、あくまでも憶測だから、あんまり信じるな」

「りょうかいです」


 真由美は満面の笑みで敬礼の真似事をすると、隼人に背中を向けた。


「では、ワタシは朝ごはんの準備をしてきますねー」

「おう、頑張れよ」

「はーい」


 真由美は明るく返事をし、小走りで調理場へと向かっていった。

 隼人は彼女の背中を見送りながら、鼻から息を出して笑う。


「……中央の精鋭だなんて、まったくの嘘なんだがな。クロは、白コートと敵対する、第三のバケモンだよ」


 隼人は眉間にしわを寄せて天井を仰ぎ見た。


「なあ、蒼司。今の二歩隊の隊長であるお前なら、クロのことをどう思う?」


 隼人はある少年の顔を思い浮かべながら尋ねる。しかし、隼人のその問いに答えてくれる者は誰一人としていなかった。




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