2-7 団欒
隼人は頬杖をつき目を閉じていた。眠ってはいないが、他にやることもない。時間が過ぎるのをただ待つだけだった。
美佳とクロが奥の生活スペースに向かってから一時間ほど経った頃、すぐ近くに二人分の気配を感じて隼人は目を開けた。
「隼人さん、おまたせ」
「おまた、せ」
隼人が顔を上げると、美佳とクロが見下ろしているのが視界に入った。美佳は隼人と目を合わせて口を開いた。
「見て見て。クロちゃんの髪を切ってみたんだけど、どう? 似合ってる?」
朗らかに笑いながら隼人に問いかける美佳。隼人は頬杖をついたまま、美佳の左隣に立つクロへ視線を移動させた。
(ああ、なんだ。何をしてるのかと思ったら、髪を切ってたのか。確かにあの長さじゃ邪魔だからな。今でも十分に長いけど)
美佳の言った通り、クロの足首まであった黒髪は腰を少し通り過ぎるくらいのところまでの長さになっていた。髪のボリュームが落とされており、重力に従ってまっすぐ伸びている。また、顔が見える程度には前髪が切られていて、清潔感のある姿になっていた。
「ああ、よく似合ってるよ」
隼人が視線を美佳に戻してそう言うと、美佳は目を輝かせた。
「ほんと!? よかった。すっごい長かったから短くしちゃうのがもったいなくて、腰のあたりまでしか切れなかったんだよ。それで、髪の量を減らしていろいろ整えたら、クロちゃん、とってもかわいいの」
「そ、そうだな」
上機嫌になった美佳は早口でカットの説明をしたが、隼人は身をわずかに引いて苦笑しながら頷くだけだった。
正直なところ、クロの髪をどうこうしようが隼人にはあまり関心のないことだった。だが、美佳の機嫌を損ねると後になって面倒くさいので、隼人は興味を示そうと努めた。
話したいことを話し終え、美佳はクロに顔を向けて微笑んだ。
「定期的に切ってあげるからね、クロちゃん」
「うん、ありがと」
クロも美佳と顔を合わせ、口角をわずかに上げた。
「じゃあ、髪も切ったし、後は第五層を案内するね」
美佳がそう言って隼人に背を向けて歩き出そうとしたとき、クロは美佳の左手首を軽く掴んで彼女を引き止めた。
「あ、あの」
「どうしたの?」
うつむいているクロに美佳が問いかける。クロは何も言わなかった。しかしその直後、クロの腹がとてつもなく大きな音を立てて彼女の空腹を知らせる。
美佳は力を抜くように笑う。
「ははは。その前にご飯にしようか」
「あ。こいつが腹減ってること、すっかり忘れてた」
呆けた顔をしてそう呟いた隼人に、クロの冷たい視線が突き刺さった。
美佳が調理場へと向かった後、クロは隼人の向かい側に座って美佳の帰りを待った。二人の間には会話はなく、周りに団員もいないため静かな時が流れた。
やがて、美佳がカレーライスを盛り付けた皿を持って調理場から現れた。右手に皿を、左手にスプーンと水の入ったプラスチックのコップを運び、彼女はクロの前にそれらを置いた。
「はい、おまたせ」
「美佳。これ、なに?」
クロがカレーライスを指差して尋ねる。
「ああ、これはね、カレーライスっていうんだよ。おいしいから食べてみて」
「ほんと? なんか、汚い」
クロは机に両手を置き、茶色のカレーライスを見下ろしながら眉をひそめた。クロが何を考えているのかは隼人でもわかる。
「汚くねえよ。とりあえず食ってみろ!」
隼人はそう言うとクロの顎を左手で押さえ、彼女の口を開いたままにさせた。
「え? え?」
隼人の行動にクロは困惑しているが隼人はそれを気にも留めず、スプーンでカレーのルーと白米をすくい上げた。
邪悪な笑みを浮かべてスプーンを構える隼人。そんな彼に、クロは顎を震わせることしかできなかった。
「おとなしくしてろよ」
隼人はそう言って、クロの口へスプーンを優しめに突っ込んだ。
「ん!?」
クロは口を閉じ、顔を強張らせる。が、すぐに表情が緩んだ。隼人が彼女の口からそっとスプーンを抜くと、クロは口の中のカレーライスをゆっくりと咀嚼し始めた。
「うまいか?」
隼人が穏やかな笑みで尋ねる。クロは緩みきった表情で口の中のものを呑み込み、数秒間黙って隼人を眺めていた。
「……おいしい」
彼女は呟くように言うと、目を見開いた。
「それ、貸して!」
クロは隼人からスプーンを奪い取り、顔を皿に近づけてカレーライスを口の中にかき込み始めた。
隼人はその様子を微笑ましそうに眺める。
「おいおい、ちゃんと噛んで食えよ」
「ん! ん! ん!」
「言ったそばからこれかよ」
「クロちゃん、お水飲んで!」
カレーライスをのどに詰まらせて自分の胸を叩いているクロ。そんな彼女に、美佳は焦ったようにコップを手渡した。
クロはコップをすばやく受け取って口に付ける。
「んぐ、んぐ、んぐ。ぷはあ!」
彼女は水を一気に飲み干し、コップを机に置く。のどに詰まったものを胃に流し込んだクロは、再びカレーライスにがっつき始めた。
そして、あっという間に完食。
「もっと、もっと、食べたい」
クロはきれいに平らげられた皿を持って美佳に差し出した。皿を突き出してくるクロに、美佳は息を吐きながら笑いかけた。
「そういうときは、おかわりって言うんだよ」
「お、おかわり!」
「はーい」
美佳はクロから皿とコップを受け取り、調理場へと歩いていった。




