2-5 団長との対面
第三層に入る直前、隼人は立ち止まって大きく声を上げた。
「中川隼人だ! 第三層への立ち入りを許可してくれ!」
「許可する! 迎撃態勢は全層で解除した!」
第二層のときと同じように奥から立ち入り許可の声が届いてくると、隼人とクロは第三層に入っていった。
「団長! 居るか!?」
「ここだ!」
隼人が第三層全域に向けて尋ねると、奥のほうから団長の声が返ってきた。その方向に目を向けると、団長が大きく手を振っているのが見える。
隼人はクロを引き連れて団長のもとへ駆けつけた。
「隼人。無事でよかった」
団長の微笑みに、隼人もつられて口元を上げる。
「心配かけた。とりあえず報告する。第一層に白コートが一体侵入してきたが、なんとかして倒すことに成功した。今は、宮本英志・本多勇樹・相馬和希の三人が見張りについている。第二層は異常なし。報告は以上だ」
「わかった」
「あと、白コートが侵入してきたときに警報を鳴らさなかったのは、すまなかった。それと、無線機の受け取りを怠った。悪い」
隼人は苦い表情をして頭を下げた。それに対して団長は困惑したように目を見開いたが、すぐに息を吐きながら目を閉じた。
「それくらいかまわないよ。銃声が警報の代わりになったんだ。誰も犠牲になってないんだから、結果オーライじゃないか」
隼人はその言葉に顔を上げて団長の顔を覗いた。とても穏やかな笑みを浮かべている。自分のミスを許してくれたことが非常に有難く思えて、隼人はもう一度頭を下げた。
「ありがとうございます、松永さん」
「なに、礼を言うのはこっちのほうさ。うちの自警団は隼人に五回も助けられているんだ。よくやった。だからほら、頭を上げろ」
「……はい」
隼人は団長に言われたようにしたが、その次の言葉が出てこなかった。団長と隼人の間に沈黙が生まれる。
言わなければならない案件があるが、隼人は団長から聞かれるのを待とうと思った。だが、隼人はその思いを振り切って沈黙を破った。
「それで団長。一つ、頼みたいことがあるんだが」
隼人が少し小さめの声でそう切り出すと、団長は表情を明るくしてクロに視線を向けた。
「ああ、その女の子のこと?」
「そうだ。さっきの白コートに追われて、ここに逃げ込んできたんだ。白コートもこいつと倒した。記憶を失くしているみたいだが、この装備だから中央の部隊の一員じゃないかと思う。記憶が戻るまでは、こいつをこの自警団に置いてくれないか?」
隼人の説明のほとんどは虚偽の内容だ。おそらく、勘の鋭い団長はそのことに気づいているだろう。
団長は隼人とクロの顔を交互に見返しながら眉をひそめている。クロはこのようなときでも覇気のない表情をしていたが、隼人は険しい顔つきだった。
隼人とクロの顔を三回往復して見たところで、団長の表情が緩んだ。
「本来なら、中央の隊員が自警団の世話になる場合は、中央に報告しなければならないんだけど、その女の子は記憶を失くしているんだろう? それに、中央の隊員だという証拠もない。だから、ここでゆっくりしていく分には問題ないよ」
非公式ではありながらもクロの入団が認められ、隼人は安堵のため息をついた。
「だってよ。よかったな、クロ」
「あ、うん」
強弱のない声を上げたクロだったが、先ほどまでと比べて口元とまぶたがわずかに上がっていた。彼女は嬉しいのだが、どう反応すればよいのかわからなかった。
クロの戸惑いに気づいた隼人は、彼女の左耳に顔を近づけ、
「こういうときは、ありがとうって言うんだ」
団長に聞えないほどの小さな声でアドバイスをした。
「あ、うん。その……ありがとう」
クロは団長と向き合っていたが、自信なさげにうつむいていた。彼女の様子を見かねた団長は歯を見せながら。
「おう。俺はこの自警団の団長をやっている松永純っていうんだ。団長と呼んでくれていい。よろしくな。えーと、クロちゃん?」
と明るい調子で自己紹介をしてクロに右手を差し出した。
「う、うん、よろしく? 団長?」
団長のフレンドリーな接し方でクロは気分が楽になり、顔を上げて団長と目を合わせた。しかし、右手を差し出すという彼の行動の意図が掴めず、首をかしげる。
隼人は再び耳打ちした。
「これは握手っていって、自分と相手が互いに信頼し合っている証拠みたいなものだ。ほら、右手で団長の右手を軽く握るんだ。いいか、ほんの少しだぞ」
そう言う隼人の声は震えていた。クロの身体能力の高さは隼人が一番よく分かっている。もし彼女が団長の手を全力で握り返したりしたら、団長の右手は跡形もなく潰れてしまう。それだけは絶対に避けたい。
隼人に念を押され、クロは少し表情を引きつらせながら頷いた。
「うん、わかった」
クロは右手で団長の手を取った。
「よろしく」
団長と視線を交わしながら、クロは軽く握り返した。
ごく普通に握手が行われたことに安心し、隼人はクロに気づかれないよう静かに息を吐いた。




