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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第二章 クロと自警団
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2-3 命名

 隼人は坂の壁にもたれて少女の帰りを待っていた。少女の姿が見えなくなってからまだ十分ほどしか経っていないが、見張りを開始してからは一時間くらい経っただろうか。日差しは弱まり、少しずつ薄暗くなってきた。西の空だけはまだ赤いが、日没も近いだろう。風が夏の夜特有の心地良さを運んできてくれる。


 新たな白コートが現れないか。そう警戒しながら周囲を見渡していると、黒衣の少女の姿が視界に入った。彼女はこちらに向けて歩いてきている。

 遠くから見ると、黒い塊が近づいてきているようにしか見えない。


 隼人は壁から背中を離し、地上に上がった。ガラスが残っていないほどにビルは荒れ、道の両端には瓦礫の山ができている。アスファルトの道路は、自動車がかろうじて通行できる程度には整備されている。そのことが、この辺りが人間の領地であることを主張している。

 少女はまっすぐ歩き、隼人のそばで立ち止まった。


「隠して、きたよ」

「おつかれさん」


 隼人はすぐにねぎらいの言葉をかけた。六つもの死体を運んで建物内に隠すという重労働を終えたのだ。それくらいはしておかねばならない。しかし、当の少女には疲れた様子などなく、ただ気の抜けた顔で隼人を見つめるだけだった。

 隼人は咳払いをし、新しい話題を切り出す。


「それより、自警団に入るなら、お前の呼び方を決めておいたほうがいいな。全身黒い格好だし、クロでいいか」

「なんか、テキトー。……でも、いいや」

「いいのかよ」


 隼人はガクッと頭を下げた。ほとんど考えずに見たままの感覚で安直につけた呼び名なのだ。否定されるかと思っていたが、彼女はあっさりと受け入れた。

 しかも。


「クロ、ふふふ、クロ」


(なんか嬉しそうだな、こいつ)


 この少女の人柄というか性質が掴めず、隼人はあきれたように笑うしかなかった。


「で、あなたは?」

「あ? あ、ああ。……俺は隼人、中川隼人。よろしくな」

「うん、隼人」




 少しの沈黙の後、隼人とクロは坂を下って第一層に戻った。交代の見張りが来るまで第一層の奥で待機することにしようと考えた隼人は、クロと横に並んで歩き、第二層への通路口に向かった。

 そこで、通路口から三人の若い男が駆け上がってきた。


「隼人! 大丈夫!?」


 最初に声を出したのは、耳が隠れるほど髪の長い少年だった。体格は隼人と比べるとわずかに小さい。


 三人は隼人の姿が見えた途端、安心したように表情を緩ませて立ち止まった。下の層から急いで来たようで、両手を膝に乗せて息を切らしている。

 隼人は口元を上げて彼らのもとへ歩み寄った。


「英志、勇樹、和希の三人か。心配してくれてありがとな。で、お前ら、どうしたんだ?」


 隼人がそう尋ねると、髪の長い少年は荒い呼吸のまま隼人を見上げた。


「銃声が聞こえたから、第二層から第四層までは戦闘態勢をとっていたんだけど、警報も鳴らないし、無線も内線もこないし、白コートも下りてこないから、様子を見に来たんだ。でも、必要なかったね。さすが隼人だよ」

「おい英志、変に持ち上げるのはよせ」


 息を切らした状態で笑いかけてくる少年に、隼人は居心地の悪そうな顔を向けた。しかしその直後、隼人はその英志という少年に対し、力を抜くように笑った。


「まあ、英志たちのほうこそ、第一層に来るのは怖かっただろ。よくやったよ」


 隼人は英志と他の二人に対してのねぎらいの言葉をかける。すると、英志は体を起こし、照れくさそうに頭を掻いた。


「そんな。僕たちはただ、団長の命令に従っただけだよ」


 英志の言葉に続くように、後ろの二人も微笑みを浮かべて小さく笑った。隼人は彼らの謙虚さに頬を緩める。


「そうか」


 隼人がそう言った後、数秒間の沈黙が訪れた。それを破ったのは、男性の平均より少し体格が小さく、やや髪の長い少年だった。


「ところで、その女の子はどうしたんだ?」


 その少年がそう問いかけると、隼人は彼に視線を向けた。


「ああ、こいつのことか? 勇樹」


 隼人が親指で自分の背中側を指すと、彼の背中に隠れていたクロがひょっこりと顔を出した。彼女は三人を見渡した後、静かに隼人の右隣へ移動した。

 勇樹と呼ばれた少年は隼人の言葉に頷く。

 隼人は少し間を置いて考えた後、口を開いた。


「俺が見張りをしているときに、ここへ逃げてきたんだ。その白コートに追われてきたみたいでな。この装備だし、中央の部隊の一員だとは思うんだが、どうも記憶を失くしてしまったみたいで。それで、記憶が戻るまでは、ここに置いてやろうと思っていた」


 隼人は後ろに転がっている白コートの死体を指差しながら、簡単にクロの紹介を終わらせた。もちろん嘘が大半の説明だったのだが、三人は納得したような様子だった。


「なるほどな。で、その子の名前は?」


 勇樹とほぼ同じ体格で、眼鏡をかけた短髪の和希がそう尋ねる。すると、クロは和希を眺めながらゆっくりと声を出した。


「……クロ、です」


 彼女がそう言うと、三人はクロの体を上から下まで見渡しながら、


「クロちゃんね」

「仮の名前っぽいね……」

「少なくとも本名じゃないだろ」


 と、それぞれ思い思いに呟いた。

 隼人は安直なネーミングに若干後悔しつつ、この少女が気に入ったのだから良いだろうと自分を励ます。


 とにかく、あまり長居をしている場合ではない。

 隼人は咳払いをした。


「そういうことだ、これから団長のところに連れていくから。英志、勇樹、和希。お前らは、俺と見張りを交代してくれるか?」

「僕たちでいいの?」


 英志は自信なさげに問いかけてくるが、隼人は力強く頷いた。


「もちろんだ」


 英志にとって、隼人の肯定が励ましになった。英志は表情を引き締め、隼人の目をまっすぐに見つめる。


「わかった。任せて。隼人はクロちゃんを団長のところまで案内してあげて」


 彼が芯の通った声でそう言うと、後ろの勇樹と和希は不敵な笑みを浮かべた。


「見張りは任せろ」

「早く団長に紹介してやれ」


 三人の言葉を聞いて、隼人は目を閉じながら笑った。


「助かる」


 隼人はそう言って三人に見張りを任せ、クロとともに第二層に続く通路へ入っていった。




「あれも、人間?」


 通路を少し下ったところで、隼人の顔を覗き込みながらクロが尋ねた。隼人は歩きながらクロに顔を向ける。


「あれって、さっきの三人のことか?」

「うん」


 隼人の問い返しにクロは小さく頷いた。隼人は英志と勇樹と和希のことを思い浮かべながら穏やかな笑みを浮かべる。


「ああ、人間だ。俺たちの仲間で、頼りになるやつらだよ。ちなみに、三人とも俺と同じ十八歳だ」

「ふーん」


 クロは抑揚のない声でそう言って前を向いた。声だけ聴くとクロは隼人の言葉に無関心のようにも思えたので、隼人はムッとしてクロの横顔を見た。だが、それも思い違いだったようで、クロはわずかながらも口元を上げていた。




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