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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第二章 クロと自警団
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2-2 黒コート vs 白コート

 外から銃声が聞こえてくる。あの黒衣の少女が追っ手の白コートと戦い始めたのだろう。隼人は出口の坂を駆け上がる。そして、地上付近の壁に体を密着させて銃声のする方向を覗き込んだ。

 そこで、隼人は驚愕の光景を目の当たりにする。


 黒コートの少女が、荒れた市街地を縦横無尽に駆け巡りながら発砲を続けている。人間離れした高速移動と二丁拳銃による銃撃で白コートの集団をかく乱し、それらを一体ずつ分散させていた。


 少女と戦闘している白コートは四体。すでに一体は撃破したようで、出口から少し離れた場所に白コートがうつ伏せに倒れていた。

 その死体よりさらに離れたところで、黒の少女と白コートが激闘を繰り広げていた。


 少女は標的の白コートに接近しながら、右の拳銃から銃弾を放った。

 白コートは左に小さく跳ぶことでその弾丸を躱す。その直後、少女の左の拳銃が火を噴いた。白コートは右肩に被弾し、小さくのけぞる。黒の少女はすかさず右の引き金を引き、白コートの眉間に銃弾を撃ち込んだ。そして白コートの左側面に回り込み、こめかみに向けて左の拳銃から弾丸を放つ。頭部に二発の銃撃を受けた白コートは、吹き飛ぶように倒れた。


 残り三体。


 少女は急激な方向転換をし、猛スピードで駆け出した。標的は、他の二体とやや離れた場所に位置している白コート。彼女は先ほどと同じように一発目を囮として使い、白コートに小さな隙を作らせる。二発目を体に撃ち込んでひるませた後、三発目で頭部に致命傷を与える。そして、急接近後の四発目でとどめを刺した。


 ここで右の拳銃が弾切れを起こす。

 黒の少女は空の拳銃を右足のホルダーに差し、百八十度回転して走り始めた。白コートは残り二体。彼女は標的に向かいながら、左の拳銃でもう一体を牽制する。標的となった仲間に合流しようとしていた白コートだったが、三発の銃撃によって足止めをくらってしまう。


 その隙に少女は標的へ接近し、引き金を引いた。標的の白コートは射線を見極めてその銃弾を回避。その直後、少女へ右拳を突き出した。


 黒の少女はその打撃を左のサイドステップで躱す。それと同時に、白コートから伸ばされた右腕を右手で掴んで引き込んだ。彼女は相手の勢いを利用し、白コートの体を流す。少女は体を右に回転させながら左の拳銃を構え始めた。そして、彼女が右手を離したときには白コートの後頭部に銃口が向けられている状態となった。少女は容赦なく弾丸を放つ。


 後頭部を撃たれた白コートは前のめりに吹き飛ばされ、地面に胸を打ち付けた。

 ここで左の拳銃の弾が切れる。


 その瞬間、白コートの最後の一体が黒の少女に肉迫した。少女はそれを左目で捉える。白コートは彼女に向けて、右拳を水平に振り込んだ。彼女は体を左にねじりながら身を屈めることで、白コートの右フックを回避。そのまま右の脇下を通り抜けて白コートの背後に回り込み、白コートの頭を両手で捕える。その直後、黒の少女は白コートの頭を豪速でねじった。


 白コートと黒の少女の目が合う。白コートの目にはすでに光が宿っていない。彼女が両手を離すと、首の骨が折れた白コートは崩れ落ちるように倒れた。




「嘘……だろ?」


 黒衣の少女と白コートの殺し合いを遠くから覗いていた隼人は目を見開き、驚愕したように声を漏らした。


「平地で五体もいれば、武装した五十人があっさりと皆殺しに合うのに、あの黒コートの女、たった一人で、しかも一瞬で、五体全部片付けやがった」


 彼には目の前の光景が信じられなかった。しかし、それは紛れもない事実だった。


「あいつ、本当に何者なんだ?」


 隼人は声を震わせる。

 少女が歩いてこちらに向かってくる。しかし、隼人は困惑で動けない。あの黒い怪物に対して恐怖は感じないが、安堵の念も抱けなかった。


 彼が先ほどの戦闘を事実として飲みこもうとしているうちに、黒コートの少女は隼人のすぐそばまで戻ってきていた。

 少女は隼人の正面に立ち、口を開いた。


「はい、全部、倒してきた、から、約束。銃は返す。って、あれ? どうしたの?」


 隼人の反応が見られないことに、彼女は首をかしげた。

 彼は怯えたようにゆっくりと顔を上げると、少女の双眸を睨みつけた。


「なあ、お前。今まで白コートを何体殺したんだ?」


 隼人が低い声でそう尋ねると、少女は頭を小さく左右に振った。


「覚えてない」

「だいたいでいい」

「んー。二十、くらい?」


 彼女の口から出た数字に、隼人は力なく笑った。


「二十体か。めちゃくちゃだな、お前」

「そう?」

「本当に何者なんだ、お前は」

「わからない」


 少女は再び首を振った。


「そう言うと思った」


 隼人はため息ををついて頭を垂れた。


「で、銃は、いらない、の?」

「あ、ああ、返してくれ」

「はい」


 少女の問いかけで隼人は顔を上げ、差し出された拳銃を受け取った。自分のイニシャルがスライドに刻み込まれていることに隼人は安堵する。そして、防弾チョッキのポケットから予備のマガジンを取り出し、拳銃のものと交換した。


「ねえ、あなた。自警団、っていうのに、入ってるんだ、よね?」

「ああ、それがどうしたんだ?」


 少女の質問に、隼人は右脚のホルダーに拳銃を差し込みながら答えた。すると、彼女は何かを迷うかのように目線を泳がせ始めた。話す内容を考えているのか、それとも口にするのを躊躇っているのか。

 数秒間の沈黙の後、少女は小さく口を開いた。


「あの……わたしも、そこに、入りたい」

「……どういう理由で?」


 隼人は眉をひそめつつも、彼女に尋ねた。


「あの、白いやつらから、隠れたい。それと、休む場所と、それと……」


 彼女は自警団に加入したい理由を淡々と述べるが、途中で口を閉ざしてしまった。腹部を両手で押さえ、視線を落としている。

 最後の理由はよほど言いにくいことなのだろうか。隼人はそう思って彼女の顔を眺めていると、目の前の腹が急に盛大な音を立てた。


 腹が鳴った直後、少女はうつむいたまま顔を真っ赤にしてそのまま黙り込んでしまった。彼女の言おうとしたことが判明し、隼人はあきれたように表情を緩めた。


 飯が欲しいと言うことくらい、そんなに恥ずかしがることでもないだろうに。隼人はそう考えたが、この少女にも人間らしい部分があると知った。そして、彼女に対する警戒心が薄れたことで、隼人は脱力したような笑みを浮かべた。


「ああー、わかったわかった。お前が何者なのかはわからないが、白コートの敵だってことははっきりしているしな。それに、俺たち人間の敵ではないみたいだし、断る理由なんてない」


 隼人がそう言うと、少女の表情が急激に明るくなった。


「じゃ、じゃあ!」

「お前を仲間に入れてもらえるよう、団長と副団長に話をしてみる。ただし、それには条件がある」

「条件?」


 少女は気の抜けた顔で首をかしげた。そのしぐさが小動物のようにも思えて笑いそうになってしまったが、隼人は表情を引き締めて答える。


「お前の身体能力を俺以外の奴に見せるな。俺より早く移動したり、高く跳んだり、早く反応したりするな。それが条件だ」

「白いのと、戦わない、とき、以外は、いいけど。どうして?」


「お前の身体能力の高さが他の団員に知られたら、お前は間違いなく白コートの仲間として見られるからだ。そうなると、お前は自警団に居られない」

「なるほどー。うん、わかった」


 少女は口元をわずかに上げ、首を小さく縦に振った。


「あと、もう一つ条件がある」


 隼人はそう言って人差し指を立てた。


「なに?」

「白コートの死体、お前が殺した分は他の団員に見つからないように、外のどこかに隠してきてくれ。死体が多すぎて、見つかると後々面倒なんだ」

「よく、わからない。けど、わかった。隠して、くる」


 少女は答えると坂道を下りていき、壁にもたれかかっている白コートの死体へと歩いていった。そして、それを右腕で軽々と持ち上げて肩に担ぎ、出口の坂を悠々と上っていった。彼女はそのまま白コートの死体を肩に積み上げていき、六体を抱えたまま廃ビル群へと入っていった。

 彼女の姿が見えなくなると、隼人は右手を額に当ててため息をついた。


「面倒なことになってしまったな」


 彼は右手を下ろし、少女が入っていったビル群に向かって目を細める。


「あの黒い女、いざという時には役に立つだろうが、白コートの仲間であるという可能性も捨てきれない。記憶を失って、裏切り者扱いされているだけなのかもしれない。なんにせよ、警戒は必要だな」



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