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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第二章 クロと自警団
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2-1 敵か味方か

 これまでにない事態に、隼人は困惑したまま立ちつくしていた。目の前の黒コートの女に問いかけられたが、それに答える余裕などない。


(なんなんだ、こいつは? あの動きは人間のものじゃない。白コートの仲間と考えるのが妥当だが、こいつは白コートを殺した。……白コートの味方ではない? だとしたら、こいつは人間側の味方か? それとも、どちらの味方でもないのか?)


 何度考えても同じことしか思い浮かんでこない。


 隼人は目の前の女をもう一度よく見る。非常によく整った顔立ちで、どことなく幼さがある。年齢は十六くらいだろうか。背は美佳よりほんの少し高い。


 黒いコートを身に纏い、その下には黒いジャケットを着ていて、チャックは首元まで閉められている。黒コートは黒いベルトによってウエストで浅く留められており、腰から下は開いた状態。コートの背中側は、腰から下には中心に切れ目が入っており、左右に別れている。そのため、足首まで丈があっても、動きやすい設計になっていた。長ズボンの上から短めのブーツを履いており、両手にはグローブ。


 少女の服はすべて黒く、特殊な材質で出来ていた。おそらく、白コートのものと同等かそれ以上の防弾性・防刃性を持っているに違いない。

 そして、足首まで伸びた黒髪が、彼女の不気味さをより一層際立てていた。


 黒衣の少女は、隼人に銃口を向けたままでいる。彼の返答を待っているのだろうが、隼人には言葉を発する意思がなかった。


「もう一度、訊く。あなたは、人間? それとも、この、白いのと、同じ? どっち?」


 少女のその言葉で隼人は我に返る。


「見てわからないか? 俺は人間だ」


 隼人は顔つきを険しくしてそう答えた。この少女はわずかながらではあるが、隼人に向けて殺気を放っている。返答次第では撃ち殺されるかもしれない。だが、隼人のそんな心配も、彼自身の思考で打ち消される。白コートが敵に向けて言葉を発するわけがない、奴らは敵と認識した瞬間に襲い掛かってくる。


 黒コートの少女が引き金を引かないことを確信しながら、隼人は彼女の目を見据えた。敵意のないことを示すために、拳銃を右足のホルダーに差し込む。そのまま、少女から殺気が消えるのを待った。


 少女は拳銃を構えたまま隼人を見つめていたが、ふと、隼人の肩越しに白コートが仰向けに倒れているのを見て目を細めた。


「そう。確かに、わたしに、攻撃して、こないし、人間で、いい、の、かな」


 彼女の表情が穏やかになる。その双眸からは殺気が完全に失われていて、どこか気の抜けた雰囲気が漂ってくる。

 だが、依然として銃口は隼人の顔に向けられたままだ。


 いくら撃つ気がなくなったとはいえ、殺傷能力のあるものを突き付けられていると落ち着かない。

 隼人は顔から力を抜き、息を吐いた。


「そうだ、俺は人間だ。わかったなら、銃を下ろしてくれ」

「あ、うん、わかった」


 隼人の頼み通り、少女は拳銃を持った右手を下ろした。隼人は少しだけ安堵する。少女が隼人に右半身を向けたまま、数秒の静寂が訪れた。

 それを破ったのは隼人だった。


「それで、お前は何者なんだ? 白コートの仲間ではないことは確かだが」

「さあ? わから、ない」

「わからないって。お前、まさか自分が誰なのかってこともわからないのか?」

「うん。起きて、からの、ことしか、覚えて、ない。それより、前の、ことは、わから、ない」


「記憶喪失ってやつか。どこで目覚めたんだ?」

「機械が、たくさん、ある、ところ。起きたら、箱みたいな、ものに、入ってた。裸だった」

「なるほどな。それで、その服はどこで手に入れた?」

「起きた、部屋の、中に、あった」

「そうか」


(もしかして、こいつ、白コートの特別個体とかそういうやつなのか?)


 隼人は黒衣の少女と会話をすることで、彼女の正体を探ろうとする。喋る速度は極めて遅いが、言葉自体はしっかりしている。だが、それで謎が深まってしまう。日本語を話す、白コートと色違いの服装、白コート以上の身体能力、記憶喪失。聞けば聞くほど、この少女のことがわからなくなってしまう。

 それでも、情報を得るために隼人は質問を続けた。


「服を着た後は、どうしたんだ?」

「階段を、上がったら、外に、出た。建物が、いっぱい、あった。一日、歩いたら、ここに、ついた」


「なるほど。それで、お前は、この白いコートのやつらとはどういう関係なんだ?」

「どういう、関係、って?」

「お前にとって、白コートは敵なのかそうじゃないのかってことだ」

「たぶん、敵。こいつら、全員、わたしに、攻撃、してくる、から」


 その言葉を聞いて、隼人は少女のコートを注意深く観察した。コートが黒色だからわからなかったが、よく見るとあらゆるところに赤黒いものが付着している。おそらく、白コートの血液だろう。


「それで、お前は遭遇した白コートを全部倒してきたってことか」

「そう。でも、今は、逃げてる。そろそろ、見つかる、かも、しれない」

「逃げてるって……お前が逃げるくらいだから相手は三体くらいか?」

「ううん、五体」

「ごっ!?」


 黒衣の少女が首を横に振って放った言葉に、隼人は愕然とした。


「おい! そんなに攻めてきたら、ここの自警団は終わってしまう!」


 隼人が焦ったように言うと、少女は首をかしげた。


「あなたの、他にも、ここに、誰か、いるの?」

「ああ、百人くらいはいる」

「なるほど。じゃあ、その拳銃、貸して」

「別にいいが、どうするつもりだ」

「白いのを、全部、倒して、くる」


「やれんのかよ?」

「銃が、二つ、あれば、できる。それ、あと、何発、残ってる?」

「十五発だ」

「うん、大丈夫、いける」


 隼人はもちろんのこと、少女のほうも焦っているようで、二人の会話は言葉をぶつけ合うかのように、間を置かずに行われた。一連の会話で、隼人は少女を信用し、右手に持った銃を差し出した。少女はそれを左手で受け取る。

 彼女は顔の高さで手の角度を変えながら、隼人の拳銃を見始めた。


「お前、自分が誰かもわからないうえに、見ず知らずの俺たちまで助けてくれるのかよ?」


 隼人がそう尋ねると、少女は拳銃のグリップを軽く握って左手を下げた。


「うん、だって、わたしは、たぶん、人間の、味方、だから。それに、あそこに、倒れてる、白いのも、わたしが、殺した、これも、わたしを、狙って、きたもの、だから」


 黒衣の少女は一呼吸置いて、険しい表情を浮かべる。


「あなたたちが、死んだら、全部、わたしの、せいになる」


 彼女はそう言うと、黒いコートをひるがえしながら百八十度回転し、出口を一瞬で駆けあがっていった。少女の声は相変わらず平坦だった。しかし、その芯には恐ろしいほどの闘志が潜んでいた。


「おい! 待て!」


 隼人は黒衣の少女が外へ飛び出した直後、反射的にそう叫んだ。だが、それが無駄であったことを悟り、右手で髪をかき乱す。


「クソッ! あいつ一人でやる気かよ!」


 隼人は仰向けで倒れている白コートのもとへと走り、その死体の右手に収まっている拳銃を拾い上げた。敵の死体に触って武器を奪うのは気分の悪いことだったが、今はそのようなことを気にしている場合ではない。


 防弾チョッキのポケットから予備の弾倉を取り出し、拾い上げた『K.T.』の拳銃のものと交換する。

 そして踵を返し、出口へと急いだ。


「何が起こっているのかさっぱりわからない。だが、やれるだけのことは俺にもやらせてもらうぞ!」




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