1-12 黒衣の来訪者
隼人は白コートの死体を眺めながら、防弾チョッキのポケットから予備の弾倉を取り出し、空の弾倉と交換して拳銃のリロードを終えた。拳銃から外した空の弾倉は防弾チョッキのポケットにしまい、大きく息を吐き出した。
「今回もギリギリだったな。たった一体で、しかも武器を持っていなかった。俺もつくづく運がいいな。これが二体か、武器持ちだったら、俺は今頃死んで、自警団も壊滅状態だろうな。あんまり無茶するものじゃないな。やっぱり、信頼できるパートナーが欲しい。この自警団には美佳くらいしかいないが、副団長がアレだしな」
白コートの額からは血液が流れ出しており、頭部の辺りには小さな血だまりができている。その光景を見て、隼人は小さく舌打ちをする。
「掃除するの、めんどくせえな」
銃声は下の階にも届いているはずだが、第一層に他の団員が来る気配はない。おそらく、第二層から第五層は警戒態勢に入っているはず。今は無線機を持っていないため、白コート撃破の報告は下に降りて直接言う以外に方法がない。
隼人は第二層に向けて歩みを進めようとした。
そのとき、背後から物音が聞こえた。
どこか鈍い音だった。まるで、人体がコンクリートに打ち付けられたかのような音だった。しかし、それにしては大きすぎる。
「誰だ?」
不審に思った隼人は、後ろに素早く振り向き、両手で銃を構えた。
そして、彼の目に入ってきたのは異様な光景だった。出口と向かい合う壁に背中をもたれさせて、腰を床につけている白コートが一体。腕は力なく垂れており、頭はうなだれている。苦しそうに咳き込み、わずかではあるが血を吐き出していた。
隼人はその白コートに銃口を向け、様子をうかがう。
だが、見れば見るほど奇妙だった。
(なんだあれは? まるで何かに吹き飛ばされたかのような状態じゃないか。それに、こんな短時間に白コートが二体も現れるのは異常だ。いったい、外で何が起きている?)
隼人は眉をひそめつつ、手負いの白コートとの距離をじわじわと詰めていく。正確に頭を撃ち抜ける所まで近づく必要があった。本来ならば、迅速に接近し、白コートが動き出す前にとどめを刺すところだが、隼人にはそれができなかった。
なにか、嫌な予感がする。
冷たい汗が隼人の頬を伝っていく。
弱点を狙える位置までは来たが、隼人は白コートを注意深く見ることに専念した。白コートは立ち上がろうとしているが、その目に隼人は映っていないようだった。出口を見上げ、その先を見つめている。
隼人はつばを飲み込んだ。
白コートからは、隼人以外への殺気を感じる。だが、いつまでも敵を生かしたまま拠点に入れておくわけにはいかない。自分を標的にしていなくても、敵は敵。脅威であることには変わりなかった。
白コートの腰が浮き上がる。
これ以上様子を見る必要はない。
隼人は敵の息の根を止めようと、引き金を引こうとした。
その瞬間、黒い何かが目にも留まらぬ速さで出口から入り込み、白コートに接近した。引き金に当てていた隼人の指が止まる。
黒い何かの動きが止まってから、その姿を認識することができた。ヒトの女の形をしている。身長は美佳と同じくらいだろうか。体の線は細い。足首まで伸びた艶やかな黒い髪。白コートが着ているものを、そのまますべて黒色に塗り替えたような服装。髪の隙間から見える、きめ細やかな白い肌。そして、両手にはコートと同じ材質で出来た黒いグローブがはめられており、右手には拳銃が握られていた。
その黒いコートの何者かはしゃがみ込み、肩まで伸びた白コートの黒髪を左手で掴み上げると、白コートの開いた口に右手の拳銃を差し込んだ。
そして、なんのためらいもなく引き金を引いた。
超至近距離で放たれた銃弾が白コートの脳を蹂躙し、後頭部から突き抜ける。それと同時に赤黒い血が飛び散り、白コートがもたれていた壁に付着した。
白コートの腕が垂れ下がる。それを確認すると、黒コートの女は口から拳銃を抜き出し、掴んでいた髪を静かに離した。
そして、ゆっくりと息を吐き出した。
この光景に、隼人は呆気にとられ、銃を下ろしてしまう。
あの女は飛び込むようにして入り込んできた。だが、あのスピードは明らかに人間を越えていた。その姿形からは白コートの仲間のようにも思える。しかし、白コートを始末したのは、あの黒いコートの女だ。おそらく、その白コートを吹き飛ばしたのも奴なのだろう。そして、死んでいないことに気づいて、とどめを刺しに来たのだろう。目の前で起きたことから、黒いコートの女は白コートの敵であることはわかった。
だが。
――あの黒いコートの女は、いったい何者なんだ?
隼人が高速で思考を巡らせていると、その女は隼人に気づいたのか、顔をわずかにこちらへ向けてきた。その直後、黒いコートをはためかせながら一瞬で立ち上がり、拳銃を右手で構えて銃口を隼人に突きつけた。
とてつもなく長い髪の間から、その女の顔が見える。切れ長の目、よく通った鼻筋、薄い唇。そのすべてが恐ろしいほどの調和をとり、これ以上にないほどの美しさを作り出していた。整いすぎているその顔は、無表情に近かった。
出口から差し込む夕日を背中に浴びながら、その黒いコートの女は口を開いた。
「あなたは、人間? それとも、敵?」
抑揚のない声で放たれたその言葉に、隼人は答えることができず、ただ、目の前の黒コートの女を見つめることしかできなかった。




