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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第一章 崩壊した世界
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1-10 緊張

 しばらくすると、隼人は落ち着きを取り戻した。過去の光景を頭の奥底に封じ込め、意識を現在に集中させる。すると、呼吸が整った。


 隼人は大きく深呼吸すると、出口に向かって歩き出した。右脚のホルダーから拳銃を抜き、肩の高さで両手に持つ。足音を立てないよう慎重に歩みを進め、夕日の差し込む場所へと近づいていく。


 突き当りに差し掛かる直前、隼人は壁に寄りかかり、左側を覗き込んだ。そこには一直線の坂があった。コンクリートで出来ており、片道一車線。外へと通ずるこの坂は、沈みかけの太陽によって照らされ、赤みを帯びている。


 昼間よりは気温が低くなっているが、やはり直射日光の力は強く、隼人の腕からはじんわりと汗がにじみ出てきた。だが、隼人は太陽の光を見られることに幸せを感じていた。地下に隠れて暮らしている自警団の中では、日光に当たることは見張りにだけ許された特権のようなものだった。


 もしもの時に迅速に対応できるよう、隼人は拳銃を構えたまま外を見続けた。


(もう、本当は地下に隠れる必要はないんだけどな。この辺りは安全地帯と言っても間違いではないし、ここは中継拠点としての役割を失いつつある。ただ、ごくまれに、白コートが防衛線を抜けてここまでやってくることもあるから、気を抜くわけにはいかない。この地下駐車場以外にろくな施設はないし、下手に地上へ出れば白コートの攻撃に対応できない)


 隼人は外に目を向けたまま、時間が過ぎるのを待つ。


(片岡自警団の壊滅で、今の北東エリアは混乱状態だ。ここから五十キロ離れた場所の出来事だが、この自警団と無関係というわけではない。むしろ警戒すべきだ。白コート相手じゃ、何が起こっても不思議じゃない)


 目を細め、隼人は敵の姿を思い浮かべた。


(白コート。防弾性・防刃性に優れた白い長コートをまとったヒト型の生命体。見た目は人間の女とほとんど変わらないが、驚異的な身体能力を持ち、武器を扱える知能がある。その正体は不明だが、宇宙人説が濃厚。地球を支配するために人類を攻撃し続けている……か)


 隼人は小さく笑う。


(宇宙人の侵略とか、どこの古典SFだよ、まったく。だが、白コートというヒト型の生命体が人間を殺し続けているのは確かだ。あいつらが何者なのかなんて、考えるだけ無駄だ。俺たちは、目の前の敵に集中しなければ死んでしまう)


 再び表情を引き締めた隼人は、その場から見えるすべての場所に注意を向け続けた。たまに風が入り込んできて隼人の汗を乾かしていくが、それ以外の変化は見られない。何事もないのが隼人にとっても一番うれしいことだった。


 今日の見張りも、このまま何も起こらずに終わって欲しい。

 隼人はそう祈った。


 しかし、彼の願いはすぐに打ち砕かれてしまう。


 きれいだと思っていた夕日の景色の中に、何者かの姿が入り込んできたのだ。それは、足首のあたりまである丈の長い白いコートをはためかせて歩いている一人の女性だった。姿形は日本人の平均程度で、コートはウエストの部分で白いベルトによって浅く留められており、下半身が自由に動かせるようになっていた。


 隼人は物音をたてずに、外を覗き込める限界まで身を引いた。

 周囲一帯の空気が張り詰める。

 あれは、間違いない。


(まずい、白コートだ。防衛線を抜けてきたのか? そして、他の自警団と中央第四部隊を無視してここまで来たのか? いずれにせよ、白コートがこっちまで来るのは、十分に起こりうることだ。焦るな、とにかく様子を見るんだ)


 白コートに見つからないよう細心の注意を払いながら、隼人は敵の姿を観察し続けた。この地下駐車場付近の地上はアスファルトの道路で平坦。白コートは拠点の入り口付近でゆっくりと歩きながら、周囲を見渡している。一直線に歩いているわけではないようで、隼人の視界から出たり入ったりを繰り返していた。


 隼人は眉をひそめる。


(何をやっているんだ、あれは? 何かを探しているのか? それにしても変な動きをしているな。普通はまっすぐこっちに来るんだが。一体だけだし、もしこっちに来るようなことがあれば倒すまでだ。ここの連中の手を借りるまでもない)


 拳銃を支えている両手に力が入る。全身が熱くなり、体中の血が沸騰しているかのような感覚に陥る。彼の目からは、鋭さ以外のものが消え失せていた。

 戦闘が迫っていることを察知し、体が興奮する。しかし、隼人の精神は落ち着いていた。何があろうと、冷静さを欠いてはならない。


(できれば通り過ぎて欲しいんだが……。とにかく、あの四人が引き下がってからでよかった。交代がもう少し遅れていたら、誰かがあれに殺されていたかもしれない)


 隼人はタイミングの良さに感謝しながら、白コートに「早くどこかへ行け」と念を送り続けた。隼人だってむやみに命を危険にさらすようなことはしない。夢に出てきた白いコートの女たちと同じものなのだ。できれば相手にしたくはなかった。


 息を殺し、様子をうかがい続ける。


 どれだけの時間が経過したのだろう。非常に長く感じるが、夕日はまだ沈んでいないことから、実際はそんなに経っていないと思われる。

 だが、体感的な時間は無限のようにも思えた。いつこちらに向かってくるともわからない怪物が、目の前をうろついているのだ。隼人の体は緊張しっぱなしだった。


 しかし、その緊張が解かれる瞬間がやってきた。

 白コートが通り過ぎ、二分が経過した。


 隼人の視界には敵の姿はない。こんなにも長く、白コートが入り口付近から遠ざかったことはない。おそらく別の場所へ行ったのだろう。

 隼人は緊張を保ったまま、ほんの少しだけ胸をなでおろした。


(過ぎ去ったか……。とりあえず、白コートを発見したことだけは団長に報告しないとな。防衛圏に敵が入り込んでいるんだ。東南エリア全域に知らせないと)


 そう思いながら、隼人は通信機を取ろうとして腰に手を当てた。しかし、そこにはウエストポーチがあるだけで、目当てのものはなかった。

 隼人は小さく舌打ちをした。


(クソが。あの四人、通信機を渡すのを忘れていきやがったな。……まあ、受け取るのを忘れていた俺も悪いが)


 隼人は自らの失敗を悔やみながら顔をしかめた。


(とにかく、白コートのことは第二層の団員に知らせるべきだ。一度、下に降りて報告しよう。団長への報告は第二層にやらせて、俺はもう一度見張りにつけばいい)


 そう考え、隼人が出口から離れようとしたとき、彼の目に最悪の光景が映った。

 先ほどの白コートが戻って来たのだ。


 そして、地下駐車場の入り口に顔を向けてきた。隼人は急いで顔をひっこめる。白コートの目がこちらを向く前に対応できたため、見つかってはいないはずだ。だが、敵がわざわざ戻ってきたのには、何か理由があるはずだ。おそらく、この拠点を調べようとしている。足音はしないため、白コートは入り口付近で立ち止まっているのだろう。


 隼人は必死で気配を殺そうと努める。

 頼む。来るな。でないと戦うことになる。


 だが、隼人のそんな祈りもすぐに見捨てられた。敵が動き出したのだ。足音が徐々に大きくなっている。こちらに近づいてきている。


(まずい! こっちに向かってくる!)


 隼人は心の中で悲鳴を上げた。できれば戦いたくなかった。数えきれないほどの白コートと対峙してきた隼人だが、相手は怪物そのものだ。何度相手にしても恐怖はぬぐいきれない。たとえ、自分一人で撃退できるとしても。


 白コートの歩調はおそろしく穏やかだった。だが、それに対応するかのように、隼人の鼓動は激しさを増していく。心臓の収縮音が耳に届き、脈拍を全身で感じてしまう。


 足音から察するに、白コートは入口の坂のちょうど中央に差し掛かったようだ。歩行が止まる様子もない。もはや、戦いは避けられない。


(……やるしかないか!)


 隼人は目を閉じ、一瞬で全身の神経を研ぎ澄ませる。そして、目を見開くと、身を乗り出し、すばやく銃口を白コートへ向けた。




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