沈黙の街
天に高く昇った太陽が容赦なく照りつける。アスファルトやコンクリートは日光の熱を反射し、金属は触れると火傷してしまうほどの熱を帯びている。
夏のにおいに誘われてどこからともなくやって来た虫たちが、それぞれの思うように宙を飛び回り、あらゆる所へ移動していく。
草木は互いに争うようにして緑色の葉を天に差し出し、太陽が放出する莫大なエネルギーの恩恵を受けている。
そのようななか、少女は一人、街を歩いていた。
そびえ立つビル群。汚れた看板。何一つ映し出さない電光掲示板。瓦礫やひび割れなどで荒れたアスファルトの道路。建物の中はおろか、大通りにさえも人の気配はない。
この街はもはや人間の支配地ではなかった。
誰もいない。
静寂に包まれている。
少女は歩き続けた。彼女は全体的に線が細く、かなり整った顔立ちをしていた。つやのある彼女の黒髪は彼女の足首まで伸びていて、彼女が動きを見せるたびに揺れている。炎天下であるにもかかわらず、彼女は生地が厚く肌に密着する衣服を身に着けていた。その衣服の上に足首まで届くコートを羽織っていて、さらに手袋まではめている。両足には堅そうなブーツ。
その少女を包むものはすべて黒色で、彼女の白い肌を際立たせていた。
歩みを進めるなか、黒い少女は口を開いた。
「ここは……どこだろう」
弱々しく、
「誰も、いないのかな……」
彼女は呟く。そして右手を額に当てた。
「わたしの名前、なんだっけ……」
数秒後、少女はため息をついて右手を下げた。そして首を左右に振る。
「だめだ。思い、出せない」
彼女はそう言った後、独り言をやめた。ゆっくりと前へ進んでいく彼女の衣服には、よく見ると、至る所に赤い汚れが付着していることがわかる。
少女は無表情だった。
汗の量も少ない。
やがて、彼女は片側一車線の道路へと入っていった。これまで歩いていた大通りとは違って狭く感じる。やはりここにも人の気配はなかった。
彼女は歩く速度を変えない。
しばらく歩いたところで、少女の後ろから足音のようなものが聞こえた。彼女はそれに反応して後ろを振り向く。
彼女の目に入ったのは、ヒト型のなにか。どちらかといえば女。髪は肩にかかるほどの長さで、白色のコートで体を包んでいる。
明らかに夏の服装ではなかった。
二人の目線が合う。黒い少女が「あなたは……」と言葉を発した途端、白服の女が少女めがけて駆け出した。二人の距離は十メートル以上あったが、白い女は一瞬のうちにして少女のもとへとたどり着いた。
女はそのまま少女に向けて右拳を突き出したが、少女はそれを避けるようにして女の後ろへと回り込んだ。彼女は女の頭を両手で掴み、首を限界以上にひねった。鈍い音がした後、白服の女は顔を後ろに向けたまま崩れるように倒れ込み、そのまま動かなくなった。
一瞬の出来事だった。
二人の動きは人間のレベルを遥かに超えていた。
黒い少女は女の息の根を止めた後、アスファルトの道路に転がった女の死体を眺めていた。
「また、こいつらか……」
彼女は無表情なまま、
「銃、持ってなくて……よかった」
そう呟いた。
そして、首の骨が折れた死体に背中を向けて、少女は歩き出した。
ちょうど、日が一番高いところまで登った時のことだった。