0戦目 戦火の足音
親愛なる我が息子シャルル・アダムへ
イギリスでの大学生活は慣れたか?史学の勉強はどうだい?フランスは今日も母さんの飯が旨いぞ。イタリア人の先生から習ったらしいピザを焼いてくれてな。旨かったには旨かったんだが、少し黒焦げだったのは内緒だ。
さて、今日はこんな与太話の為にお前に手紙を書いたわけじゃない。あることを話したくてな。
お前にはいつかこの話をしようと思っていたが、結局出来ずじまいでいた。手紙でしか伝えられず、申し訳ない。
だが、どちらにせよこのことを伝えれて私は嬉しく思う。
これから話すのは、私と母さんの出会いの話だが、それだけが目的ではない。私の本当の目的は『この体験や惨事を風化させないこと』にある。長くなるが、読んでくれると嬉しく思う。
それは今からもう何十年も前の話だ…
時は1929年、激動の時代が幕を開ける年である。世界の中心である各列強は一つの国をきっかけに大きな転換期を迎えていた。
『アメリカ合衆国』。各列強の転換期をもたらす発端となった国である。1929年10月24日…『暗黒の木曜日』と呼ばれる株価の大暴落が勃発した。更に立て続けに28日、29日には壊滅的大暴落が起きた。この一連の株価大暴落は『ウォール街大暴落』と呼ばれている。この暴落は瞬く間に世界中に広がり、『世界恐慌』と化した。しかし時の大統領『ハーバード・フーヴァー』は「景気はすぐに回復する」と世界恐慌を軽視しており、更に彼の講じた対策は景気を悪化させることにしかならなかった。これによりフーヴァーは次期大統領選に歴史的大敗を遂げ、大統領生活に幕を閉じる。代わって登場した『フランクリン・ローズヴェルト』は『ニューディール政策』を実施。経済暴落を一応落ち着かせることに成功した。
『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国』並びに『大英帝国』各国は、10年前に勃発した第一次世界大戦によってかつての栄光を完全に失っていた。世界一の座はアメリカに取られ、更に植民地、自治領でも独立運動が活発化してきていた。そんな中世界恐慌が起こる。大恐慌に騒然とする国内だったが、『マクドナルド内閣』は挙国一致内閣を形成し、『金本位制の放棄』や自治領との対等な関係を持つために『ウエストミンスター憲章』を制定する。それを基にイギリス連邦を構築し、連邦内での貿易を優越するという『ブロック経済体制』を築くことでなんとか収束してきた。このブロック経済による世界恐慌打破は『フランス共和国』でも行われた。
『大日本帝国』では、『関東大震災』などで以前より起きていた恐慌にさらなる拍車をかけるが如く世界恐慌の波が襲いかかった。『昭和恐慌』と呼ばれる大恐慌である。日本も英仏に習い『円ブロック経済』を形成するが、英仏ほどの植民地は持ち合わせておらず失敗する。これを機に、大日本帝国は植民地拡大による経済打破を求めるようになる。
しかし、恐慌の波を受けなかった国もある。社会主義国の親玉『ソヴィエト社会主義共和国連邦』だ。ソヴィエト連邦は、共産党指導のもと『五カ年計画』が行われた。これは大成功を収め、世界恐慌で揺らぐ世界の中唯一成長を続けたのだ。
そんな中、一番被害の大きかった国が『ドイツ国 ヴァイマル共和政』だ。前身であった『ドイツ帝国』は第一次世界大戦に敗北し、長きにわたる帝政を終了させた。これにより新たに『ヴァイマル憲法』と呼ばれる世界初の民主的憲法が制定されるなど民主主義化がはかられていく。しかし、第一次世界大戦の連合国陣営からの多額の賠償金を支払う事態に陥り(ドイツ第三帝国時代に支払っていなかったこともあるが、それでも終戦から92年後の2010年にようやく支払いが完了するほどこの多額であった)、そのためにスーパーインフレを引き起こしてしまった。しかも1923年にはフランスが支払いの滞りを「共和政ドイツが故意にやっているものである」と断定し、1月4日、フランス大統領『レモン・ポアンカレ』はルール地方占領を声明し、ドイツが生産する石炭の73%、鉄鋼の83%を産出するドイツ経済の心臓部であるルール地方をフランスの支配下においた。その上でこの世界恐慌である。ただ事では済まなかった。共和政ドイツは崩壊寸前にまで堕落してしまう。そして、ドイツ内ではあの男が動き始めていた…
1939年8月24日フランスポワトゥー=シャラント地域圏 ポワチエ
───Bonjour! お昼のニュースです。今日のお天気は、フランス全土では晴れますが、南部及びイタリア、スペインの方では昼から曇りとなるでしょう。また、アルプス山脈付近では雷雨の可能性があるので御注意を!では本日のニュースで…えっ?
街角に流れるラジオの声が唐突に止まった。ラジオの前でそれを聞いていた男の子が首をかしげる。ラジオの先からは困惑の声が入り乱れていた。
「まったく、これだからメディアというものは…」
ラジオの前の道端に座る男の子があきれた様子で言う。それを見ていた周りの大人たちがくすりと笑った。
しかし、直後ラジオから流れてきたのは、そんな空気を一蹴するようなニュースだった。
───えー、ただいま緊急速報が入りました。緊急速報です。本日未明、ナチス・ドイツと、ソヴィエト連邦が不可侵条約を締結したことを両政府が発表しました。繰り返します。ナチス・ドイツとソヴィエト連邦が不可侵条約を締結したということです。ベルリン・ローマ枢軸とソ連のコミュニズムは相反するものであり、これまで犬猿の仲とまで呼ばれた二国でしたが…詳しい情報が入り次第、再びお伝えします。
ラジオの前の街角は動揺に包まれた。それもそうだ。フランスの『アルベール・ルブラン大統領』や、イギリスの『ネヴィル・チェンバレン首相』たちは口を揃えて「独ソの協調などあり得ない」と言っていたからだ。
「あのファシズムと共産主義どもが協調…?」
「ドイツイタリア日本は三国防共協定を結んだのではなかったのか?」
「きな臭いな、何かあるぞ」
周りの大人たちは漠然とした答えしか出せなかったが、一人だけある答えを出している者がいた。
「フランソワ!フランソワ!」
向こうから名前を呼びながらかけつけてくる男性がいた。それを聞くと、男の子は「父さん!」と言ってそちらへ向かう。彼の名はシャルル・フランソワ。「父さん」と呼ばれていたのは、フランソワの父、フランス軍参謀本部員シャルル・ベルナールである。フランソワは父に似たピカイチの頭を持っていた。
「フランソワ聞いたか?」
「勿論聞いたさ。独ソのことだろう?」
「私もさっきパン屋のラジオで聞いてな。あの二国が手を結ぶとは…世界がより平和になった証拠だといいがな」
ベルナールは笑顔で言った。が、フランソワは喜ぼうともしない。
「ちょっと…」
フランソワはベルナールの手をを引いて路地裏へと連れ込んだ。
「どうした?」
「大きい声じゃ言えないけど、おそらく父さんの考えは真逆だよ。」
「ふっ、父さんを甘く見るなよフランソワ」
父ベルナールは笑顔でいう。しかし、こういう時のベルナールの笑顔は少し薄暗いものがあることをフランソワは知っていた。
「ドイツは反共、反ソ主義を貫いていた。参謀本部では結構議論されてきた話なんだが、これはおそらく英仏の関心を得るためのプロパガンダだ。そしてこの前、ドイツはポーランドとの不可侵条約を破棄して、ポーランド回廊の返還を要求した。それはお前も知ってるだろう?」
独波は1934年に不可侵条約を締結していたが、39年4月28日にこれを破棄。ヴェルサイユ条約によってポーランドに割譲した『ダンツィヒを含むポーランド回廊』の返還を要求している。
「勿論、誰の息子なんだか。」
ベルナールはにっこりと笑う。
「つまり、奴らの狙いは独ソの間…ポーランドの占領だ。そしてポーランドといえば英仏と相互防衛条約を結んだばかり。つまり、英仏に狙いを定めたということだ。」
「…世界レベルの戦争が始まるってことだね…」
どうも!kaisho.と申します。今回第二次世界大戦の少年兵を描いた小説を出すことにしました!ただ、なにぶん仕事が遅い人間+第二次大戦の相当濃い部分も描いていくつもりですので投稿はめちゃくちゃ遅いです多分!
遅くても気長に待っていただければ幸いです…
さて、この後書きでは登場してきた実在人物の紹介を簡単にしますよ〜
アメリカ合衆国
○ハーバード・フーヴァー…第31代アメリカ大統領。共和党員。
○ フランクリン・ローズヴェルト…第32代アメリカ大統領。民主党員。
グレートブリテン
○ジェームズ・ラムゼイ・マクドナルド…第58代首相。元労働党員。国家労働機構員。
フランス共和国
○レモン・ポアンカレ…第10代フランス大統領。民主同盟員。
○アルベール・ルブラン…第15代フランス大統領。民主同盟員。