足跡をたどるボク
ピーピー、ガー、ガー……パチッ!
「ム……朝、で――」
「ロボットさん、ロボットさんってば!」
いつもと違う音で目を覚ましました。目の前には満面の笑みを浮かべたさくらがいます。
「さくら、朝、です。おはよう、です」
「大変、大変なの! 無線、つながっちゃった!」
瞬間、ボクの目の前は真っ暗になりました。
「朝一番にね、突然、わたしの母国語で呼びかけられて、それで助けてって言ったら、すぐに救助隊に連絡してくれたって!」
「そう、なの、です、か」
うれしさを爆発させるさくらと裏腹に、ボクは嫌な感じでいっぱいでした。さくらに何を言われても、ボクはただ「そう、なの、です、か」と繰り返すだけでした。
不意に、海のほうから大きな音が聞こえてきました。レンズを凝らして海のほうを見ると、大きな船が停泊しているのがわかりました。
「あ、もう来てくれた! やった、わたし、帰れる!」
「行か……そう、なの、です、か」
ボクは出かけた「行かないで、ほしい、です」という言葉を抑えました。
こんなの、ボクのわがままです。
さくらは、さくらの国で人間として幸せに暮らせばいいのです。
さくらは、ロボットと同じ生活を一生この島で続ける必要なんてないのです。
そう思って「おめでとう、ござい、ます」と言おうとしたところでした。
「さくら様、さくらさまーっ!」
近くでニンゲンの声が聞こえました。さくらははっとして「こっちー!」と大声で叫びました。ボクはそこにいてはいけないような気がして、戦闘機の陰に隠れてしまいました。
まもなく大柄の若い男がやってきました。戦闘機の影からだと見づらいですが、動きやすそうな服を着ていました。あの服装には見覚えがあります。どこかの国の軍人が来ている制服です。
「さくら様、よくご無事で!」
「ううん、わざわざむかえに来てくれてありがとう」
「さくら様が生きておられるとわかって、国民一同、心から喜んでいます」
男はさくらに歩み寄ってきました。そのままさくらを抱きかかえます。
「さあ、早く我が国に帰りましょう。国民はみな、さくら様のご存命を祝う祭りの準備をしております」
「あ、ちょっと、待って」
「どうかされましたか?」
「ロボットさんにお礼を言わないと」
「ロボット?」
「はい、この島での暮らしを助けてくれたの」
さくらは目線でボクを見つけて「おーい」と声をかけました。
ここまでされて身を隠しているわけにはいきません。ボクは戦闘機の陰から出ました。
「さくら様、これは……?」
「このロボットさんが、助けてくれたの」
「……こんにちは、です。ロボット、です」
なにか言わないと、と考えてとりあえず挨拶をしました。男も気が抜けたように「はぁ……どうも」と返事をするだけでした。
「不思議でしょう? こんな無人島でロボットがサバイバル生活って、聞いたことない」
「サバイバル、違い、ます。偶然、壊れて、いない、だけ」
律儀に訂正したのがおもしろかったのか、男は「はは」と笑った。
「しかし、さくら様の命の恩人とあれば、ここに放っておくことはできないですね」
「恩人、では、ありま、せん。人と、違い、ます」
「いや、人云々はともかく……。うん、わたしもそう思っていたの。できれば……命の恩人として、一緒に国に帰りたいと思うんだけれど……」
「型番がわかれば、製造国もわかりますよ」
「じゃあ、そうしてくれるかな?」
男はボクに近づいてきて、背中のあたりに触れ始めました。型番号……ボク自身もどこにあるかは知りません。ロボットは基本的に自分の出身がどの国か教えられないからです。わかったらスパイとして活用されてしまいます。だからそれを知るためには隠れた場所にある「型番」を調べないと、できないのです。
やがて男は、ボクの型番を見つけたようでした。「ありましたよ」と言って読み上げてくれる。
「えーっと……。ちょっとかすれて読みにくいですが……。M78-527ですか。機械に詳しい仲間に連絡をとってみます」
そう言って彼は、無線で誰かと連絡を始めました。
ボクはというと、少しスッキリした感じでした。自分の名前を始めて知ったのですから、当然のことかもしれません。
なにより、さくらがボクを一緒に連れて行ってくれるというのが一番うれしいです。突然与えられたその幸運に、心から感謝したくなりました。
「よかったね。これで国に帰れるよ!」
さくらも祝福してくれます。手を叩いてぴょんぴょん跳ね回って、喜びを表しているみたいでした。
「ありがとう、ござい、ます。一緒に、行っても、いいの、です、か?」
「当然だよ。だって、ロボットくんがいなかったら、わたし死んでたもん」
ほめられた途端に、エンジン音が加速してきました。ただ、そこにさくらがいてくれるというのが、とてもうれしいです。
「はい……はい……わかりました、了解しました……。さくら様」
男が連絡を終えたようです。
「なに?」
「非常に残念なことがわかりました。そのロボットから離れてください」
男がこちらを振り向きます。振り向きざまに見えた表情は……とても怖い顔をしていました。
ふと、数か月前に見た光景を思い出しました。野生のオオカミがウサギを見つけてとびかかる瞬間の、ぎらぎらとした肉食動物の目つき。
「おい、ロボット! さくら様から離れろ!」
「なん、ですか? なにが、あった、ですか? 危ない、です」
男は唐突に口調を荒げたかと思うと、ポケットから銃らしきものを取り出し、ボクにその先端を向けました。訓練で見たことがあるタイプの銃――本物です。弾が当たれば、簡単にボクを大破させることができます。
一番驚いていたのはさくらです。大柄の男の手を掴み、抗議を始めました。
「ちょ、ちょっと! あなた、なに物騒なことを! 命の恩人よ!」
「さくら様。調べた結果、そのロボット――M78-527は……」
男は、狙いをボクから外さず、ボクよりも機械的に事実を言いました。
「敵国の軍事パイロット型、自動制御ロボットです」
敵国――その呼び方に、やっと気が付きました。
同時に、さくらもはっとしたような表情になります。
三年前、ボクのいた国の敵国が。
ボクが殺したニンゲンたちの国が。
ボクを殺戮兵器と恐れていた国が。
まさか、さくらの国だったなんて。
男は吐き捨てるようにその先を続けました。
「まあ大方、さくら様に気に入られて、あわよくば我が国に入った後で、内部から殺戮を行うつもりだったんだろが……。本性がバレたな、このロボットが」
ボクは……なにも言えませんでした。
男の言っていることは誤解だらけですが、そう見えたって仕方ない状況です。
ボクは三年前、さくらの国の人が乗った飛行機を撃ち落とし、パイロットを殺してきました。疑問を抱くことはあっても銃口を向けることは止めず、ただただ回路の赴くままに弾を撃ってきました。
それを今更、もう人殺しなんてしないと言ったって、誰が信じてくれるでしょうか?
「きっと、お前の後ろにある戦闘機も、お前が乗っていたんだろう? 何の理由もなく、俺たちの仲間を殺してきた、残虐な無機物め! スクラップにしてやるよ!」
男が持っている銃の撃鉄を下しました。引き金に指をかけます。
その瞬間――
「やめてっ!」
さくらがボクをかばうように、男の前に立ちふさがりました。
「このロボットさんは、わたしを助けてくれた! どんな意図があったとしても、それは変わらない! ロボットさんを撃つなら……。わたしも死ぬ!」
さくらの勢いに押されてでしょうか。男はしぶしぶ銃をおろしました。しかしなおも口調は攻撃的なままで、さくらに向かって口を開きます。
「しかし! こいつが我が国の同胞を殺したというのも、変わらない事実! だとすれば我が国にこいつを連れて行くわけにはいきません!」
その言葉に、さくらは声をつまらせました。当然だと思いました。
命を助けた――ただそれだけで許されるほど、ボクの罪は軽くありません。助けた命の何倍も、ボクは奪ってきたのです。
「さくら、もう、いい、です」
ボクは口を開きました。
「その人の、言っている、ことは、本当、です。人を、殺した、のは、ボク。戦闘機、乗ったの、ボク。悪い、のは、ボク、です」
ボクがそう認めてしまえばいい。その事実を変えることができない以上、その話をしなかったボクがすべて悪いのです。
さくらはボクが言うのを聞いて、信じられない、という表情を浮かべました。
「……さくら様、行きましょう」
「……で、でも!」
男がさくらの手をつかんでせかします。それでもさくらは渋ります。
「ボクは、さくらの、敵、です。仲良く、する、ダメ、です」
「でも、助けてくれた! わたしのこと、見捨てなかった!」
さくらは必死にボクに語りかけます。これまで見た中で、一番真剣な表情でした。
「確かに、わたしたちの国は敵対しているよ。十年前から今まで、ずっと。でも、わたしたちは敵なんかじゃない!」
うれしいです。さくらそう言ってくれたことが、国なんて関係ないと言ってくれたことが、本当にうれしいです。でも、ボクにはその言葉だけで十分です。
「さよう、なら。さくら」
ボクはさくらに背を向けました。
さくらはさくらの国に帰って、みんなに祝福されて生きていけばいい。
たった一体のロボットのことで、さくらが迷ったり、傷ついたりする必要はないのです。
じっとしていると、後ろからすすり泣く声が聞こえてきました。
「おい、ロボット。さくら様に免じて、壊すのは勘弁してやるよ」
男の声が聞こえた後、二人の足音がボクから遠ざかっていく音が聞こえました。
これで、よかったのです。ボクが「さくらと、一緒に、いたい」と言わなければそれですべてが丸く収まります。この島で起きたことをすべてなかったことにして、お互いにいつも通りの生活がで――
「ロボットさん! わたし、信じないから!」
大きな声で呼ばれました。誰が呼んだか考える必要はありません。さくらです。
「ロボットさんが人を殺したとか、わたしを殺すつもりだったとか、絶対に信じないから! ロボットさんは悪いことなんてなにもしてない! 誰がなんて言おうと、わたしはそう思ってる! だから――」
さくらは息を大きく吸い込んで、続きを言いました。
「また、ここに来る! ロボットさんに、会いに来る!」
思わずボクは、振り向いてしまいました。ボクのレンズがさくらの姿をとらえます。最初にあった時と変わらない、いつものさくらでした。
「だから! また会う! その時まで! 壊れたらダメ! ばいばい!」
「さくら……」
言葉につまる。それはボクにとって初めての経験でした。
ボクはいったい、なにを言いたいのでしょう。
ボクはさくらにどうしてほしいのでしょう。
なに一つ、わかりませんでした。
そして、さくらは見えなくなってしまいました。
それからまもなくして、海の方に見えた船が、島から離れていきました。
ボクは砂浜にいました。海水が飛んでこない位置で座りこみ、海の向こうを見ています。
ずっと潮風にあたっているからでしょう。サビが少しずつにまわってきました。最初はサビた部分だけを削り取ればよかったのですが、腕関節が錆びてしまうとそれも満足にできなくなり、今ではかなり動きが鈍くなってしまいました。油を差す頻度も少なくなったので、コンディションも悪くなる一方です。
壊れるのも、時間の問題でしょう。
壊れる、ということはすんなりと受け入れられました。もともとボクは、墜落した時に壊れているべき存在だったのです。存在自体が、奇跡みたいなものでしたから、今更なにも未練なんてありません。
ただ、あまり動けなくなってしまった今、活動できた時よりもずっと暇です。
退屈でしかたない時、ボクはさくらのことを思い出します。
結局さくらは、あれから三年たった今も、この島に戻ってきていません。それもそうです。敵国の軍事ロボットが人助けをしたなどと、誰も信じるわけがありません。さくらは必ずまた来ると言っていましたが、そんなこと、誰も許さないでしょう。
そもそも、ボクのような殺戮ロボットが、少しでもニンゲンと仲良くしようと思っていたのが間違いだったのです。ロボットとニンゲン。お互いに分かり合えるはずはありません。ニンゲンはロボットを生み出し、生み出されたロボットは壊れるまで使役される。それが自然な関係です。
自然、ということは、それが一番良い関係にあるということです。その先に間違ってでも踏み込もうとすれば、しなくていい期待をして、最終的に全部なくして絶望するのです。
自然に反するのは、愚か者がすることです。そう、ボクみたいな愚か者が。
ボクが壊れるのは自然なことです。誰のせいでもありませんし、誰のせいにするつもりもありません。もともと使い捨てですし、壊れることが前提で造られました。ニンゲンがニンゲンを殺すことに耐えられなくなったため、ボクたちロボットが生まれました。そんな、邪道な存在は使い捨てでも、この世界にいられただけで幸せだったのです。
断言できます。さくらは来ません。
だから、ボクがいつ壊れたって、ボクは一向に構いません。さくらが最後に言った「壊れたらダメ!」という言葉に従うことはないのです。
それでもボクは、さくらとまた会うことをあきらめきれませんでした。
無駄なことだってわかっています。自分をみじめにするだけの行為だとわかっています。
けれど、毎日ボクはさくらの足跡を眺めています。そして、風や波で消えそうになる度にその上を歩き、たどります。それだけには消えてほしくないのです。
愚かなことだと思いますが、たどっていった先にさくらがいてくれて、「遅くなってごめんね」と謝る、そんな希望を捨てられませんでした。
でも、いつまでたっても希望は希望のままです。足跡はいつも砂浜と海の境界線で途切れています。ボクはその先に行けません。
寂しい。
その言葉の意味がはっきりとわかりました。
一人になるのがこんなに辛いことだなんて、ボクは知らなかったのです。
人はこれを後悔、と言うのでしょう。手の届かない過去を悔やむロボットなんて、聞いたことがありません。昔、上官が言ったように、ボクはバグにやられていたのかもしれません。
ボクは決心しました。背中のカバーを外します。そして慎重に配線をかき分け、大事なボタンに触れます。自殺ボタンと呼ばれているものです。誤って敵国に捕まった場合、研究されるのを防ぐためすべてのロボットに内蔵されています。これを押した瞬間、ボクは二度と自分の力で起きられなくなります。上官は「いざという時になったら使え」と言っていました。まさかロボットのわたしが自殺を選ぶなんて想像もしていませんでした。
遠い海の先を見つめ、空を見上げて、しばらく留守にしていた拠点の洞穴にありがとうと言ってから、ボクは自殺スイッチを押しました。
途端に力が抜けていきます。コンピューターの中に黒い影が入り込んできました。
記憶データがだんだん黒く染まっていきます。戦争に参加していた時のこと、人間と触れ合っていたこと、この無人島で過ごしてきた日々。それでもやっぱり、さくらのことは中々消えていきませんでした。やがてそのさくらの姿も少しずつおぼろげになっていきます。
最後の力を振りしぼって、ボクは消えていきそうなさくらに声をかけました。
「さくら、サクラ……。マタ、アイタ、カッタ……」
さくらの笑顔がゆっくりと消えていき、ボクのコンピューターは完全に止まりました。
ピーピーピーピーピー
ガー、ガー、ガー、ガー、ガー、ガー、ガー、ガー、ブチンッ
嫌な音で目が覚めました。砂粒がついて汚れたレンズがあの砂浜を映し始めます。頭脳コンピューターはしばらく低速回転を続けていましたが、やがてボク自身が壊れかけであることを思い出させてくれました。壊れているのがなにかの衝撃で偶然、起動を始めたのでしょう。
たちあがろうとすると、足に違和感がありました。ぴくりとも動きません。腕も全く動きません。ギイギイと擦れるような音。どうやら体中サビきってしまったみたいです。まあ、遅かれ早かれボクも完全に壊れるのでしょう。生きるのを諦めたボクにはどうでもいいことです。
動けないボクに今できるのは目の前の砂浜をぼんやりと眺めるだけです。流れ着いた木の枝、どこかの国から運ばれて来た空き缶、盛り上がった砂の山。ボクが最後に見た時と随分変わっていました。
ただ、砂浜の奥の方がはっきり見えるようになると、意外な物が残っていることに気づきました。さくらの足跡です。なぜかそれだけが変わらずに残っています。
でも、その足跡は記憶データにあった足跡と少し違う気がします。あんなにくっきりと残っていたでしょうか? そもそも妙な話です。いくらこの海が穏やかで、滅多に荒れないとしても、砂浜に何年も足跡が残っているなんて。
不思議に思って、点々と続く足跡を目で追っていきます。それはだんだんと海に近くなっていって……。
――と。
足跡の先で、誰かが立っていることに気が付きました。
最初に見えたのは、なにもはいていない裸足。壊れかけのレンズが少しずつ焦点を合わせていきます。そしてそのニンゲンの顔は――
「……ぁ、……ぅ、るぁ……。……さぁ、く……、……らぁ」
声を絞り出しました。音声プログラムはかすれた音しか出しません。
それでも、ニンゲンの耳には聞こえたみたいです。
振り返った彼女はうれしそうに笑って、ボクに近寄ってきました。
深い、表情でした。たくさんの犠牲を払って、いろんな苦労を経て、ここに来たということがよくわかる笑顔です。その姿に昔の面影を見つけ、少しだけうれしくなりました。
「遅くなってごめんね。戦争終わらせて、帰って来たよ」
ボクが待ちに待った足跡が、砂浜に刻まれました。




