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足跡をつける君

  ニンゲンと会話をするのはずいぶん久しぶりでした。会話はぎこちなくなってしまいましたが、彼女をボクの拠点――ただの洞窟に連れてくることができました。彼女の名前は「さくら」というようです。

 さくらは驚きを隠せないといった表情で、拠点に座りこみました。その表情の対象は、アナログなロボットであるボクか、それとも、こんな無人島でボクが生活していることか、わかりませんでした。

 ボクは近くから拾ってきた木切れを集めて、いつものように火を起こしました。いつものように、というのは、木から出る油を純化させるためにいつも火を使っているからです。

 さくらはボクが慣れた手つきで火を起こすのをとても不思議そうに見つめていました。最初は無言でしたが、火で温まると少し気持ちに余裕が出てきたのか、話しかけてきました。

「ロボットさんは……ここで暮らしているの?」

「……暮らしては、いません。ただ、壊れていないだけ、です」

 さくらはボクの答えにくす、と笑いました。なにか面白いことを言ったでしょうか?

「さくら、ようこそ、いらっしゃい、ました」

「来たくて来たわけじゃないんだよ。ただ海に落ちて死ななかっただけ」

「死ななくて、よかった、ですね」

「そうとも言えないよ。この島に食べ物なかったら死ぬし」

「お気の毒、です」

 そこまでいって、会話が途切れました。さくらは小川から汲んできた水を少しだけ飲みました。飲み水があることがわかって、少し安心したようです。

「さくらは、どこから、来ました、か?」

「近くの国から。と言っても、船から落ちたから、距離感は全然ないけれどね」

 まだ、国というまとまりがあることは意外でした。十年間ニンゲンと会っていませんでしたから、もうとっくに滅びたのかもしれないとも思っていました。

 とにかく、さくらの他にもニンゲンは多くいるようです。

 それからボクとさくらで話し合って、しばらくここで生活しないといけないという結論に行き当たりました。

 さしあたっての目標は、さくらの衣食住をなんとかすることです。

 

 

 ボクはニンゲンではないので、さくらの食べられるものはわかりません。しかし、ボクのほうがこの島に詳しいことも事実です。そして、この島には危険な動物がいます。オオカミ、毒蛇、毒グモ、スズメバチ。機械の体を持つボクはともかく、生身のニンゲンは素手でこれらの動物に敵いません。ボクはニンゲンによって造られたのに、ニンゲンの方が弱いというのは皮肉なことです。

  そういうことを考慮して、ボクはさくらにじっとしているように言い、近場から適当に植物や木の実を取って来ました。本当に適当です。

「たんと、お食べ、なさい」

「はい、いただきます」

 さくらは、色の派手なものだけを取り分けていきます。

「派手な、色が、好き、ですか?」

「ううん、こういう派手な色の食べ物には毒が入っているかもしれないから」

 初めて聞きました。今度からそういう物はとってこないほうがいいでしょう。

 やがてさくらは、明日の分の油を火にかけるボクを呼んで、この果物と植物はおいしいと教えてくれました。ボクはその形と色を回路にインプットします。

「明日、これ、採って、きます」

「ありがとう。あと、川ってここから近い?」

「二〇メートル先、です。近いと、思い、ます」

「本当? じゃあその場所も覚えておきたいな」

「お供、します」

 飲み水の管理も必要なようです。予備の油を入れるボトルを渡しました。ニンゲンが生きていくには、ロボットが生きていくよりもずっと、多くのものが必要なようです。もしボクがニンゲンだったら、とっくの昔に壊れ――死んでいたでしょう。

 さくらをよく観察していると、いろんなことがわかりました。

 さくらはかなり身体能力が高いです。最初はケガがあってうまく動けないようでしたが、回復してからはボクと一緒に遠出もするようになりました。木登りもしますし、毒蛇やクモを見つけた時にはとりわけ速く走ります。ロボットとは違って水に強く、川や海で上手に泳ぎます。自ら望んで水を浴びることもあります。

  また、明るい性格をしています。無人島での生活を余儀なくされたニンゲンを見るのは初めてのことですが、元気すぎるような気がするのです。ボクは戦争で、ニンゲンには絶望や苦しみがあるということを十分知っていましたが、さくらはそれらとはあまり関係なさそうに見えます。

 不思議に思って、一度聞いたことがあります。

「恐く、ない、ですか?」

 さくらは自分で捕まえた魚を火にかけながら、意外そうな顔をしました。ロボットにそんなことを聞かれるのは珍しいことなのでしょうか。

「なんでそんなこと聞くの?」

「ボクは、昔、ニンゲンと、一緒に、いたこと、あります。みんな、一人になる、恐いと、言って、いました」

 戦闘機に乗っていたことは言いませんでした。言ったら怖がらせてしまう気がしたからです。

 さくらは笑いながら答えました。

「恐くはないけれど……。ちょっと寂しいかもしれないね」

「寂しい、って、なん、ですか?」

 言葉の意味はわかります。でも、どういう時に「寂しい」と言うのか、ロボットのボクにはいまいちわかりませんでした。

「わからない、です。どんな、気持ち、ですか?」

「一人になるのがイヤ、もしくは恐いってこと」

 ますますわからなくなってしまいました。恐いというのはわかります。ボクが水を見たときに感じる嫌な感じです。ボクは一人でいることが恐いと思ったことはありません。それはきっと、ボクたちロボットが、単独行動をするようにできているからでしょう。

「さくらは、今、寂しい、ですか?」

「うん、本当に少しだけ、ね。ロボットくんも心強いし」

「心強い、って、なん、ですか?」

「一緒にいてくれて安心するってこと」

「安心、とは、なん、ですか?」

 さくらを質問攻めにしながら、昔の出来事を思い出しました。

  戦闘機のパイロットになった時のことです。ボクはずっと疑問に思っていたことを上官に質問しました。

「なぜ、人を、撃ちます、か?」

  すると上官は顔をまっ赤にして「ロボットが質問なんてするんじゃない!」と怒鳴りました。それからボクにはバグがあるのではと疑いをかけられて、出動を半年ほど延期されてしまいました。バグなんかではありません。ボクの同僚であるほかのロボットもそう考えていたはずです。それを口に出したか出さなかったかの問題であって、それをバグや研究者のせいにするのは間違っている。ボクはその時初めて、理不尽を知りました。そして、もうニンゲンに質問するのはやめようと決めました。ロボットが人間に質問するなんて、この世界ではあってはならないことです。

  でもさくらは、そんなことは気にしていないみたいです。ボクのする質問ひとつひとつに対して、丁寧に答えてくれました。時々ユーモアも混ぜてくれるので、とてもおもしろいです。ボクが笑うことはありませんが、楽しくなるとエンジン音が大きくなるので、さくらにもボクの考えが伝わります。

  少しだけ、ニンゲンに対する見方が変わったような気がしました。

 

 

  ピーピー、ガー、ガー……パチッ!

「ム……朝、です」

「うん、おはよう、ロボットさん」

 独り言だったボクの声に返事が返ってくるようになってから、二〇日が経ちました。

 ボクは木から抽出した油を体にさし、さくらは昨日採った果物と焼いたカニを食べます。

  何年も前に見た、朝の風景を思い出すことはなくなりました。昔のことを思い出さなくても、さくらがいてくれれば十分だからです。

「今日の、油も、おいしかった、です」

「今日の、果物は、微妙だった、です」

  便宜上言ったボクに続いて、さくらが本心を口にしました。エンジンの回転数が上がるのを感じます。

「今日は、さくらを、奥の、山に、連れて行き、ます」

「え、なんで?」

 突然のことに、さくらは目を丸くします。

「役に立つ、物が、あるかも、しれません」

「役に立つ物?」

「ついて、きて、ください。ちょっと、遠い、です」

  先に立って、ボクは歩き始めます。その少し後ろを、さくらがついてきます。さくらを襲う動物、毒虫には注意しつつ、途中で休憩もはさみます。

  そして、日が真上に上がった頃、ボクとさくらは目的地に到着しました。

「これって……」

 目の前の光景が信じられないかのように、さくらは目を丸くしました。

 さくらの目線の先には、墜落した戦闘機の残骸があります。十年前までボクが乗っていて、戦闘の末にこの島に墜落した、あの戦闘機です。この場所に来るのは久しぶりだったので、まだ残骸が残っているか心配でしたが、残骸は残骸のまま残っていました。

「昔、落ちてきた、戦闘機、です」

 結局、ボクが戦闘機のパイロットであることは言えませんでした。嘘は言っていません。

 さくらは次の瞬間、目を輝かせて喜びました。

「やった! 無線が壊れていなかったら、連絡くらいとれるかも!」

 それを聞いた瞬間、急にボクは嫌な感じになりました。連絡が取れれば、さくらは自分の国に帰ってしまうかもしれません。

「ロボットさん、これって、どこから入れる?」

 さっそく、さくらは戦闘機の中を探り始めます。ボクは慌てて言います。

「でも、無線は、使えない、でした。壊れている、かも、しれない、です」

「大丈夫、わたし、機械の修理は得意なの!」

 そう言われると、ボクはなにも反論ができませんでした。記憶データを引っ張り出して、無線のある位置を指示します。

「コックピットの、下の、黄色い、箱の、中、に……」

 メインコンピューターの回路が熱くなります。原因は明快です。ボクはさくらにいなくなってほしくないのです。でも、笑顔を浮かべながら機械をいじるさくらを見ていると「いかないで、ほしい、です」とは言えませんでした。

 それは……ボクのわがままです。

 ボクにできることといえば、さくらの手伝いをすることだけでした。

 

 

 無線の修理は、予想以上に早く終わってしまいました。もともとボクも機械のことはよくわかっていたので、さくらの技術があれば修理自体はすんなりと終わりました。

 問題は電波のほうで、誰かがキャッチしてくれないとどうしようもありません。何度も試しているうちに、すぐ夜になってしまいました。

「さくら、もう、夜、です。オオカミが、出て、きます」

「うん……あと、もう一回だけ……」

 さくらは、時間をあけて、休みなくずっと電波を送り続けていました。声から察するに疲れているようです。

 ボクはその間、ずっと落ち着かない感じでした。もしつながってしまったら……。そう考えただけで、妙にエンジン回転が不規則になるのです。

「さくら、夜、です。ヘビも、活動、始めます」

「……………………」

 ついに返事が返ってこなくなりました。コックピットを覗き込むと、さくらは寝ているようでした。疲れてしまったのでしょう。声をかけただけでは起きそうにありません。

 動物たちがさくらを襲わないように、コックピットの扉を閉めます。ボクは扉を背にして、地面に寝ころびました。

「今日は、野宿、です」

 誰が聞いているわけでもないのに、今までだってずっと野宿だったのに、ボクはそう言いました。

 無線がつながらなかったことに安心していたのかもしれません。

 我ながら、本当に醜い思考コンピューターだと思いました。

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