イベント――1
なんとかここまで漕ぎ着けた。一緒に行進する『RSS騎士団』のメンバーを見ながら軽く感慨に……耽れなかった。
なんというか、整然としていない。少なくとも軍隊の行進とはいえなかった。
いや、『RSS騎士団』は軍隊ではないのだから、多少は緩くてもいいのだが……遠足の小学生のほうが、よほど規律は取れていただろう。
……まあ良いか。これもうちのギルドの味だ……たぶん。
「……行進の訓練方法を調べておきますか?」
やや不機嫌そうにカイが話しかけてくる。おそらく、この行進の体たらくに我慢できないに違いない。
「まあ良いんじゃないか? 別に行進するのが目的じゃねえし」
その程度に流しておく。放っておいたら行進の特訓を企画しかねない。
俺達はいま、砦の区画へ向かっている最中だ。可能な限りのメンバーを動員し、ギルドホールで集合して、街を練り歩くように行進……その道中となる。
この行進を目撃した一般のプレイヤー達は、一様に驚いていた。
曲がりなりにも統一された装備を身に纏い、多少でも行進らしさを残して進む集団は……それだけで強烈なインパクトがあっただろう。
それに、これでも自他共に認める、この世界最強の武力集団だ。多少は畏怖も感じさせたはずだ……たぶん。
こんなことをしているのには理由があった。イベントの告知があったのだ。
それは『第一回・砦争奪戦』とシンプルな名称だった。しかし、それだけで内容は十分に理解できる。
ついに来たか。それが慣れているプレイヤー達の感想なはずだ。
砦周辺の区画はそれ用――戦争用にしか思えなかっただろうし、予想通りだっただろう。
まあ、一般プレイヤーはその程度の感想でも良かった。だが、俺のようなギルド運営側の人間にとっては、デスマーチ開幕の合図となる。
とにかく急いでギルドの方針を決める必要があった。それは『RSS騎士団』のようなイケイケのギルドから、非抗争永世中立を謳うノンポリなギルドまで同じだ。
例えば『自由の翼』のようなノンポリなギルドの動きを予想してみよう。
おそらく、かなり初期の段階で『ギルドとしては戦争には不参加』と決めるはずだ。そこまでは間違いない。
だが、ギルドメンバー個人での参加はどう扱うか?
そちらもおそらく『ギルドに揉め事を持ち込まない範囲での活動を認める』となるはずだ。参加禁止まではしない。そうしなければ、戦争に興味があるメンバーの脱退を招く。
つまり、どこの勢力にも組していない戦争に興味があるプレイヤーというのが、一定数生まれることになる。
それらはギルド単位での参戦を表明した集団にヘルプ――傭兵として雇われるかもしれない。
もう一つの方法として、戦時だけ機能するギルド――チームに属するかもしれない。
細かくは色々となるだろうが、自分の所属ギルドが戦争参加せずとも、個人での参戦は可能ということだ。
ただ、これは不思議な現象を引き起こす。
昨日まで仲良く同じギルドで冒険していた仲間が、今日は敵として相手の軍勢にいる。
もしくは昨日は戦争で必死にやりあった相手が、今日は同じギルドメンバーとして仲良く共同作業。
……中々に複雑な気持ちになることだろう。
シドウさんみたいなスポーツマンは全く気にならないらしいが、俺にはそうは思えない。多少は気まずくなるのが普通じゃないだろうか。
もしかしたら『自由の翼』ほどに大きなギルドなら、自主系列の戦争チームを立ち上げるぐらいはするかもしれない。
そのチームに戦争をしたいギルドメンバーを所属させれば、ギルド内に微妙な空気を持ちこまれないで済む。あそこのギルドマスターのクエンスは、そんな誤魔化しが嫌いそうだが……参謀役の『お笑い』――ジンあたりは企てそうだ。
とにかく、ギルドとして参戦を決めようと、チームでだろうと、個人でフリーランスの傭兵となろうと……それまでの人間関係は無視できない。多少は配慮しないと駄目だ。
すでに親しい者や有力な個人の動向、新しく作られたチームの評価などが、街のあちこちで話題となっている。
また個人レベルと同じように、ギルド単位でも動きは活発化していた。
戦争参加を決めたギルドは、すでに当日を見据えた同盟などを模索しているし……どうあがいても敵となる勢力の情報収集にも熱心だ。
チームを作る奴はメンバー集めに奔走しているし……そこでも色々な駆け引きが展開されている。
『RSS騎士団』にだって同盟や専属ヘルプ契約、共同でのチーム設立などの打診が何件も来ていた。
そう、もう戦争は始まっている。
まだ細かなルールも、勝利者に与えられる報酬も不明なのにだ。
戦争に関わらないことにしようと、世界のほうが変動すれば無関係とはいかない。
すでに消耗品の類はジリジリと値上がり始め、戦争参加を検討しているプレイヤーはピリピリしているし……俺のような裏方は滅茶苦茶に忙しく駆けずり回っている。
この熱気に当てられない奴はいないだろう。
ようするに、誰も彼もが当事者だ。
珍しく告知から実施までに、一ヶ月という長めの猶予を取ってくれて助かった。それが全てのプレイヤーに共通した感想だったと思う。
「それでその……決闘を持ちかけてきたリア充はどうしたんです?」
「うん? 軽く捻ってやった。あまり歯ごたえのない奴だったな」
少し前を行くシドウさんが、事の顛末を教えてくれる。
……率先して雑談なんてしちゃっているんだから、行進にケチをつける資格はないかもしれない。
「……PKKのリア充なのか? いつだかの……『闇の剣・なんとか』みたいな?」
「女連れでPKKしますかね?」
俺の言葉にカイが疑問を呈する。
それもそうか。集団でPKKというのもあるが、どうもそれとは違う感じがする。
話題になっているのは奇妙なリア充の番――なぜか向こうからパトロールしていたシドウさんに近づいてきて、これまたなぜか決闘を申し込んできた奴らだ。
いままで追い回したことはあっても、向こうから挑まれたことはない。どうしたことだろう?
「それで女の方はどうしたんです?」
「それは……喧嘩は嫌だというから……その……いや、ちゃんと反省はさせたぞ?」
珍しく歯切れ悪くシドウさんが答える。
なんとなく事情が解った。武力行使はせずに済ましたのだろう。
俺はゲームの世界では男女差なんてないと思っているが、さすがに相手が無抵抗の場合は躊躇することもある。それが男だろうと、女だろうとだ。
逃げもせず、かといって抗いもせず……それでいて素直に会話を応じる。そんな相手には特にだ。そんなのは説教で済ますしかない。
「いえ、そっちの方は心配してません。でも……うーん……なんだか意味不明ですね」
「深く考えることはないと思うぞ? 俺なんて奴らの考えが理解できた例がない!」
そう言ってシドウさんは豪快に笑った。
……まあ、シドウさんの言う通りか。相手は頭の中がお花畑な上に、恋愛などという架空概念を信奉する輩だ。俺達と理解し会えるはずもない。
ちょうどそう結論付けたところで、砦の区画へ到着した。




