女性用品店――6
クロと戯れるカガチ――案の定、クロは迷惑そうな顔をしているが大人しくしている。この女に甘い性格は誰に似たんだ? ――を横目に見ながら、俺は自らの失策を悟った。
アリサとネリウムの装いが変わっている。
いや、変わっていることには、再会してすぐに気がついていた。ただ、それにまるで触れていなかったことに思い当たったのだ。
「女性の服装には注意を払い。褒めるのが礼儀」らしい。これはアリサとネリウムに教わったことだ。
その教訓を、教えてくれた当人達へ適用しないのだから……へそを曲げられても仕方がない。
そのアリサだが……上にビスチェを着ていた。下は長くもなく、短くもないスカート。そのさらに下は俺が視た通りに、膝上丈のストッキングにストッキング止め。全体的にシンプルだったが、さりげなくレースもあしらってあったりして悪くない。
イメージ通りだったし、想像以上に綺麗だった。可愛さが綺麗さに昇華していく、そんな瞬間を切り取ったみたいだ。
特徴的なのは羽織っているケープのような、ごく短いマントのような上着だろう。
ビスチェはチューブトップだから露出が多すぎる。それを隠す目的もあるのだろうが、その襟が特徴的だった。
なんというか……魔女の襟だ。立ててある襟が、魔法使いの襟としか言いようがない感じになっていた。
合わせるようにちょこんと頭にのせた鍔広の三角帽。これまた魔女定番の、あの帽子がモチーフだ。
おそらくコンセプトは『女魔法使い』、つまりは『魔女』だろう。アリサにも、この世界にも良く似合っていた。少しだけ露出が多い気がするが……まあ、こんど長めの手袋でもプレゼントするか。
そこまで観察して思い出した!
こんな風なプロデュースを、俺がしなけりゃ駄目だったんだ! ぐずぐずしている内に、先生方からの宿題をやり損ねてしまった。
だが、それはそれとして……アリサは可愛く仕上がっている。褒めるのがマナーというものらしいし、そうするべきだろう。
「に、似合っているぜ。それを仕立ててたから、時間かかったんだな」
「……ごめんなさい。前から頼んでいたものですから……」
やや、まだつんけんした感じ。それに待たせたのを非難したとも取られてしまった。
「い、いや……違うんだぜ。す、少しだけ肌が見えすぎるけど……か、可愛いと思うぜ?」
「あ、ありがとうございます」
そういって、アリサは軽くケープをかき寄せる。顔を赤くして俯いてしまったし……軽くセクハラになってしまったか? ふと気がつくと――
ネリウムがニヨニヨと笑いながら見ていた! 失礼な人だな!
それに「今度は私の番です」とばかりに、せかすように手を動かす。……いや、褒めても良いですけど、強要されるのはなぁ。
そのネリウムはシンプルに『チェインメイル』を装備していた。
女性には不人気だが、『僧侶』定番の鎧ではある。その上に真っ白なマントを羽織り……『猊下』と尊称をつけたくなるくらいだ。
ごくシンプルな感じ。まあ、ネリウムはゲーマーでもあるからなんだろうと思ったところで……実に異常な『チェインメイル』であることに気がついた。
『チェインメイル』は簡単に説明すると、メインとなる部分は鎖で作られたシャツ状になっている。
装備の重さが全て肩にかかるなどの問題点もあるが……ファッション的にも、ある問題点があった。
胸板が厚いと、その太さのままズトンとしたシルエットになってしまう。そしてたいていの女性には胸囲がある。
つまり女性が『チェインメイル』を装備すると、酷く寸胴で太って見えるのだ。それも胸囲が驚異的な女性ほど。
しかし、ネリウムの『チェインメイル』は身体にぴったりした作りになっていた。さぞかし採寸に手間がかかったことだろうし……伝説の装備とも言える。
そう、伝説の乳袋だ。
この『チェインメイル』は乳袋付きの特注品に他ならない!
しかし、それを俺が褒めたり、話題にして良いのかなぁ?
「あー……論評は控えようかと。とにかく、こんなところで『伝説の品』を拝見できるとは思いませんでした」
「さすがにタケルさんは、物が判ってます。……リーくんにも判ると良いのですが」
悩ましげに、そんなことを言うが……まあ、リルフィーの奴じゃ気がつかないだろう。それどころか褒めるという発想すら怪しい。
先回りして忠告しておいてやろうかとも思ったが、止めて置くことにした。
たぶん、このことでリルフィーは折檻されるだろうが……それで二人の仲が悪くなったりしないだろう。口を挟むのは……たぶん、馬に蹴られる類の野暮だ。折檻されるまでが二人のコミュニケーションなのだろうから。
「よし、とにかく移動しましよ……う?」
無駄に注目を浴びてしまっていたし、ここにいても厄介ごとは片付かない。そう思って提案したのだが……また、アリサの様子がおかしくなっていた。
「やっぱり、大きいほうが………………そうだ! 専用のお部屋を用意して……私と二人だけの世界で――」
「おーい? アリサ? 聞いてたか?」
「はい! 私、がんばってお世話します! 決して不自由な思いは……閉じ込められていると感じるようなことは!」
……閉じ込める? 大丈夫かな?
アリサなりに、カガチの問題に解決を考えていてくれたのだろうが……それはちょっとアレだし、上手くいかない。穴がある。
「とにかく、ガイアさんのところへ行こう」
「へっ? なんでいきなりガイアさんの名前が? 私、一人でも上手く……タケルさんにご満足いただける部屋を――」
「元々、ガイアさんに頼まれた件で――ガイアさんも心配していたんだし、俺じゃ上手く対処できん」
事情の理解できてない二人に説明をする。
それでようやく完全に、アリサは独りの世界から戻ってきてくれたようだ。なぜかばつが悪そうな顔もしている。
……気に病むことはないのに。説明してなかった俺が悪いのだから。
「意外ですね。てっきりタケルさんは……その……引退を勧めると思ったのですが」
考え込みながらネリウムは言う。後半は声を潜めて、目だけでカガチを指し示している。
そのカガチは大興奮でクロと遊び続けていた。多少、発育が良さそうに見えはするが……やはり子供だ。
「いや、その予想であってますよ。落ち着いたらその方向で説得するつもりですけど……最終手段は取りたくないんで」
GMに報告しても、おそらく対処してくれないはずだ。
誰かが規約違反している『かも』では、運営は絶対に動かない。それがプレイヤーからの報告だったら尚更だ。
理由はひどく簡単で……そんな前例があったら、あっという間に中傷誹謗の密告合戦が開始されてしまう。
ライバルや敵を簡単な報告で処理できるのなら、こんな楽な方法はない。駄目で元々程度の気楽さで、多くのプレイヤーが試すことだろう。運営の処理能力はあっという間にパンクだ。
仮に運営が調査に乗り出してくれたところで、カガチが「自分は十八歳以上である」と主張するだけで嫌疑は晴れる。
そんな訳で、プレイヤーがプレイヤーを引退させるのは……まあ、相手がゲームを嫌になるよう仕向けるしかない。
つまり、粘着PKしたり、支配下勢力で村八分にしたりと陰湿な方法に頼るわけだが……それをカガチに――子供にするのは躊躇われた。
「それにカガチには、いますぐ後見人か保護者が必要でしょう。灯の悪名が消えるまで――カガチが被害者であると知れ渡るまでは。……いますぐ引退してくれないのなら」
現時点で引退するようにカガチを説得したら、下手したら逃げ出してしまうだろう。それ以後、俺に見つからないよう立ち回るはずだ。
そんなややこしいことになるくらいなら、目の届く場所で監視した方がマシだが……俺が後見人を買って出るわけにもいかない。
日常的にカガチを連れ回すことになったら……考えただけで気がめいりそうだ。
ここは悪いがガイアさんに後見人となってもらいつつ、平行してカガチを地道に説得する。それが安全策だろう。カガチにとっても、俺にとっても。
「なるほど。……慣れますね、小さな女の子の扱いが?」
そう言ったネリウムは、決して感心した風ではなかった。むしろ批判的な……軽蔑すら含まれている感じだ。……ロリコン疑惑はまだ晴れていないのか?
「……妹がいるんですよ。言ってませんでしたっけ? たぶん、カガチは妹と一つか二つ年下ぐらいです」
「なんと! タケルさんは小姑までいるのですか! さすが……私が見込んだだけはあります! 聞きましたか、アリサ? 小姑です! なんとも期待に胸躍r――将来の懸念になりそうではありませんか!」
もの凄く嬉しそうにネリウムがいう。
いや、男として小姑付き物件というのは、かなりのマイナス要素とは聞いているが……なんだって大喜びなんだ? というか、ネリウムには全く関係ないよな?
「………………えっ? タ、タケルさんの妹さんなら……私……が、がんばって仲良く――」
なぜかアリサは沈痛な顔で変なことを言い出すし……いや、妹と仲良くしてくれるのなら、それはそれで「ありがとう」だが……いまする話じゃないよな?
「とにかく! ガイアさんのとこへ行きますよ! 俺はすごく忙しいんですから!」
そういって、三人と一匹を引き連れて移動を開始する。ただ移動するだけで大騒ぎだ。
何でこうなったんだ? ……灯――カガチの問題を長く放置していた俺が悪いのか? だが、厄介ごとばかりがやってくる気分になってしまう。
それに『女性用品店』の調査報告もまだ聞いてなかった。これだけ時間を掛けて、何一つ問題が片付いていない!
イベントのことで、もの凄く忙しいんだけどなぁ……。




